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by Alichen6
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古いお札


 シュプレー川に沿って蚤の市が立っていたので、冷やかしに覗いちゃいました。で、買ったモノ。

   表…
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   裏…
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 そー、第一次大戦後のハイパーインフレで発行されたお札です。上のお札は1923年7月25日発行の5000万マルク紙幣。なんと表だけの印刷。最初、「ニセモノちゃうかー?」と思ったりもしたのですが、家に帰って検索してみたところ、1923年7月25日に発行された紙幣は表印刷だけということが確認できました。いちおう、透かしは入っています。とにかくたくさん印刷したから両面印刷しているヒマがなかったのかも。そしてそのハイパーインフレを終息させるために発行されたレンテンマルクが下のお札で、発行は1937年1月30日。ちなみにこれは2レンテンマルク札ですね。このレンテンマルクって、インフレが収まったのちもしばらく発行されていたとのことです。安易ですがウィキから引用しちゃいますね。

『第一次世界大戦で敗戦国となったドイツは、ヴェルサイユ条約によって1,320億金マルクに上る莫大な賠償金を科せられた。1914年7月に1米ドル=4.2金マルクだった為替レートは、ルール問題の影響も受けたインフレの進行で1923年1月に1ドル=7,525マルクとなり、ライヒスバンクは次々にパピエルマルクと呼ばれる超高額紙幣を増発、地方政府や企業もノートゲルトといった臨時通貨を濫発した。その結果、対ドル為替レートは同年7月に1ドル=16万マルク、8月に462万455マルク、9月に9,886万マルク、10月に252億6,028万マルク、11月には4兆2,000億マルクにまで暴落してしまった。

当時のヒルファーディング大蔵大臣はレンテンマルクの導入を決定したが更迭され、銀行家ヒャルマル・シャハトがライヒ通貨委員となり、ドイツ・レンテン銀行(Deutsche Rentenbank, Rentenは地代、利子、年金の意)を設立した。ドイツ・レンテン銀行は国内の土地を担保として11月15日にレンテンマルクを発行する。レンテンマルクとパピエルマルクの交換レートは1:1兆と決定された。ドイツ・レンテン銀行の通貨発行量は32億レンテンマルクに制限され、国債引受高も12億レンテンマルクに制限された。レンテンマルクは法定通貨ではなく不換紙幣であり、金との交換はできなかった。しかしながらレンテンマルクは広く国民に受け入れられ、ドイツのインフレは沈静化した。このインフレの収束は「レンテンマルクの奇跡」(Wunder der Rentenmark) と呼ばれた。

翌1924年8月30日には、レンテンマルクに、新法定通貨であるライヒスマルクが追加された。レンテンマルクとライヒスマルクの交換比率は、1:1である。当初の予定では、レンテンマルクは1934年までに全てライヒスマルクに置き換えられることとなっていたが、実際にはその後もレンテンマルク紙幣が発行され、1948年まで通用している。』
(ウィキペディア「レンテンマルク」から引用いたしました)

…ナルホド。パンを買いに行くのにトランクに札束を詰めて買いに行ったり、子供たちが札束で遊んでいたりといった画像はよく見かけます。太古の昔、ドイツ系の金融機関に勤めていたのですが、とにかくドイツ人はインフレを嫌います。あの辛~い思い出がしみついているんですよね。ドイツの中央銀行であるブンデスバンクも、とにかくインフレだけは絶対に許さん!という姿勢を貫いている印象を受けました。上のウィキのデータから換算すると上の5000万マルク紙幣は、発行時は312ドル相当だったのに、9月には0.5ドル相当にまで下がり、さらに11月には0.002ドルまで暴落している計算になります。
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…コレは確かに辛い。

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by Alichen6 | 2013-08-31 11:09 | ドイツ珍道中 | Comments(4)

 今回、1日だけ貸自転車でベルリンを回っちゃいました。前から自転車で回りたいな~と思っていたのですが、なんとなくそのままにしておりました。ところが偶然、泊まったホテルで貸し出しをしていたのです。「おお!」とヒデキ感激。さっそく翌日用に借りました。それがコレだ~~
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右側からと左側から撮った写真です。ドイツの自転車が全部こうなのかは知らないのですが、とにかく借りた自転車はブレーキは前輪だけ。あとはギヤを逆に回すことで止める(ペダルをぐっと踏んで逆のほうに力を入れるのです)のです。最初は「だ、大丈夫だろうか?」と思いましたが、これは意外とすぐに慣れました。サドルは上下できるので、脚の長いドイツ人仕様から日本人仕様へとチェンジ可能(トホホ)。

 他の都市の自転車事情はよく分からないのですが、ベルリンは自転車専用のレーンがあって安心できました。ただ、一度だけキモを冷やしたことが。歩道側ではなく、道路の真ん中に自転車レーンが儲けられた道を走ったのです。自分のすぐ右をでっかいバスが通っていった時はさすがにビビりましたです、はい。三車線の真ん中を自転車で走っているようでキンチョーしましたわ。

 たった1日でしたが、街が自転車に優しい作りになっていてホントに楽しかったです。これに味を占めたワタシは、来年もやっちゃおうと密かに思っております。ホテルで借りられなくても、町の貸自転車屋さんで借りられそうだしね。ただし、夕方にはお尻が痛くなるしヒザは笑うし、降りたらへっぴり腰できちんと歩けないしで、かなりハードですが。ガハハ。

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by Alichen6 | 2013-08-30 00:02 | ドイツ珍道中 | Comments(4)

 スクラダノフスキー兄弟が初の商業上映をしたのが1895年11月1日。そして同年12月にはフランスのリュミエール兄弟が、さらに性能のいいシネマトグラフという映写機で映画を上映したんだそ~です。その後、あっという間に映画が広まったんだそうな。最初は「ヴァリエテ」という劇場で曲芸や寸劇と一緒に上映されることが多かったんだそうですが、やがて専門の映画館が作られました。ちなみにベルリンでは、1905年5月には16館、1907年には137館の映画館が存在したんだそ~です。(←Filmhaus のカタログより)その後も、雨後のタケノコ、大地のキノコ(←?)のごとく映画館が建てられていったんだとか。

 初期の映画界で2人の女優さんが活躍したと言います。一人は以前もブログでチラッと書いたことがある女性。デンマークからやって来た元祖セックスシンボル、アスタ・ニールセン。彼女については過去記事コチラを。

 そしてもう1人が清純な印象のヘンニ・ポルテン。多くの俳優が、それまで演劇界で活躍していたのに対し、彼女はいきなり銀幕でキャリアをスタートさせた数少ないスターだとか。俳優の父親について劇場に出入りしていたところ、映画女優にと白羽の矢が立ったとのことです。

 無声映画で人気を博したポルテンでしたが、最初の夫は第一次大戦で戦死、さらに戦後のインフレで資産も全部なくしてしまったとか。それにもめげず映画の出演を続け、二度目の夫とともに自身の映画会社も設立したそうです。

 ところがナチの台頭とともに、彼女の立場は苦しくなります。夫がユダヤ系だったのです。ゲッベルスに特別待遇を認めさせることで何とか生き延びたとのこと。戦後は数本の映画に出演したそうですが、最後は貧困のうちに生涯を閉じたそうです…


 ううぅ、何ともタイヘンな人生。写真で見る限り、とても品のいい女性です。ものの本によると、アスタ・ニールセンとはキャラが違うため、2人がカブることはなかったとのこと。確かに「妖婦」とは雰囲気がかなり違います。

 以前、親切な方からいただいた映画専門誌「Filmwoche」1939年2月15日号にヘンニ・ポルテンのインタビュー記事が載っておりました。ちょっとピントがボケてしまってすみません。ちなみに表紙の写真はクリスティーナ・ゼーダーバウムという人気女優さん。すっごくカワイイ!

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 …で、話が長くなってしまったのですが、彼女が最後に住んだと言われる家が、今はカフェになっているのです。それがウィーン風の Cafe Einstein Stammhaus。そこに連れていっていただき、アプフェルシュトゥルーデルをバクバクいっちゃいました。カフェのサイトは → コチラ

カフェの外観。フツーの家っぽい。入口に「つまづきの石」が埋められていました。戦争中はユダヤ人夫妻が所有する家だったそうです。ナチに没収され、自殺したそうです…。「つまづきの石」については、コチラを。
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中はウィーン風。
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ウィーン風なので、MilchkaffeeではなくMelange です。小さいほうは Kleiner Brauner Noisette という名前のコーヒー。ミルク入りエスプレッソって感じで、すっごく美味しかった。そして忘れちゃいけないアプフェルシュトゥルーデル。お約束のバニラソース添え。ウマかった。
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ヘンニ・ポルテンの写真が飾られていました。
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 なお、私の手元にある映画関連本には、ここがヘンニ・ポルテンが最後に住んだ家だとはっきり載っているのですが、Wiki では、はっきりした確証は得られていない、とありました。戦後の混乱期ですしね。住民票などもゴチャゴチャだったのかも。

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by Alichen6 | 2013-08-28 22:25 | ドイツ珍道中 | Comments(4)

新しいワンコ画像


 旅行の話をしておりましたが、ここで中断。娘がパソコンで作ってくれました。元祖ほにゃく犬「ありちゅん」と、二代目ほにゃく犬「ミルカ」がドイツの景色を背景に映っている合成画像です。これを見たとたん、ワタシは泣いちっち。ペットを飼っていらっしゃる方は皆さん同じだと思うのですが、ペットを亡くした悲しさはなかなか癒えない…。表面的には元気でも、ふと首輪やらエサ入れやらを見ると、無性に会いたくなって悲しくなっちゃう。どんなに月日が経っても、たとえ新しいワンコやニャンコが来ても、それは別。

 …なーんて、感傷的になっちゃってスミマセン。下の画像のどちらかを新しいアイコンに使おうと思います。ぐ~ちゃんが入っていないので、改めて3匹そろいぶみの画像も作ってもらおうと思います。

その1)ありちゅんとミルカ、ジーゲスゾイレ(戦勝記念塔)に圧倒されるの巻
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その2)ありちゅんとミルカ、テレビ塔に度肝を抜かれるの巻
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どっちがいいかな。やはりドイツといえば、ベルリンのテレビ塔?これはフランスのエッフェル塔的な位置づけかしら。そしてジーゲスゾイレはフランスでいう凱旋門?!? うーん、フランスのほうがオシャレなのは否めません。ドイツのほうがやっぱりダサいな…。そこがまた、いいところだけど。

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by Alichen6 | 2013-08-27 21:50 | つぶやき | Comments(0)

 前にも何度か書いてしまったのですが、世界で最初に映画の商業上映をやっちゃったのはドイツ人だったのでした。その名もスクラダノフスキー兄弟。上映を行った会場はフリードリヒ通りにあった劇場「ヴィンターガルテン(Wintergarten)」、そして映写機は「ビオスコープ(Bioskop)」というものでした。昨年のベルリン旅行でビオスコープとは対面を果たし、いたく感動したのであります。で、今年はどうしよう。実はこのスクラダノフスキー兄弟、ヴィンターガルテンで商業上映する前に別のところで実験的にプチ上映を行っていたのでありました。今年はその場所へ行こうと思い立ったわけでございます。
(もしよろしければ、ビオスコープやスクラダノフスキー兄弟については過去の日記を… コチラとかコチラとかコチラとか)

 なんでも、「その場所」とはカフェ兼ダンスホールだったそうな。そこのフロアで上映されたんだそうです。1895年の話でした。そしてその後ダンスホールは映画館になり、さらに1927年には400席の立派な映画館「Tivoli」に生まれ変わったそうです。残念ながらこの映画館は1994年に閉館となり、取り壊されてしまいました。だけど映画が誕生して100年経った記念の1995年、跡地の前にモザイクが埋め込まれたんだそうな。うん、これは実際に見たいぞ。


 ところが何でも場当たり的なこのワタシ。ちゃんと位置を調べておかなかったのです。分かっていたのは、「ベルリンの北東部にあるパンコウ地区」「ベルリーナー通り27番(Berliner Str.27)」この2つだけ。駅の案内で聞いたところ、ベルリンにはベルリーナー通りって5つもあるんだとか。でも親切な案内係のオッサンは、パンコウ地区にあるベルリーナー通りへの行き方を調べてくれました。

 ところが。炎天下の中を歩けどそれらしきものはナシ。映画館跡どころか、さびれていく一方…。オロオロしていたら、赤ん坊を連れた親切な若いイクメンが「パンコウには別のベルリーナー通りがある」と教えてくれました。うぎゃっ パンコウだけでも2本あるのか~~別の名前をつけてよ~~(ToT)

 で、折れそうになる心を奮い立たせながらバスで別のベルリーナー通りへ。


 あ、あった~~~(感涙)   ヒデキカンゲキっ

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映画館「チボリ」は取り壊され、今はチボレッテという建物になっておりました。バレエスタジオか何かみたい。
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 かつての「チボリ」の姿はこのサイトにあります → コチラ (スクロールしていただくと、真ん中あたりに載ってます)

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…というワケでした。支離滅裂な長文を読んでくださり、感謝いたします。モザイクを見に炎天下をトボトボ歩いた甲斐があったというお話でした。ちゃん、ちゃん。

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by Alichen6 | 2013-08-26 23:11 | ドイツ珍道中 | Comments(2)

 実は今回、どうしても行きたかった所があります。それはですね~ 「スターの並木道」という道路。ほら、ハリウッドにもあるでしょ。スターの名前が書かれた星形のプレートが埋め込まれた道路、あれをパクった模したものです。ガハハ。場所はポツダム広場のすぐそば、ソニーセンターの前。昨年、すぐそばまで行ったのに気付かなかったのです。それで悔しい思いをしたので、今年はリベンジと思って初日に乗り込みました。

e0141754_9245281.jpgBoulevard der Stars とはナンジャラホイ? → ハリウッドにならい、2010年に作られたもの。レッドカーペットをイメージした赤いアスファルトの上に、星形の銅板が埋め込まれています。その顔ぶれは、次のサイトに書かれております → コチラ とか コチラ

wiki から画像をお借りしちゃいました…。マズいようでしたら、ご指摘くださいませ。
ソニーセンターにあるフィルムハウスの前にあります。道の中央分離帯みたいなところが、ソレ。



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ファティ・アキン監督に…
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今は亡き、ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー監督。
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「善き人のためのソナタ」の故ウルリッヒ・ミューエに…
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ドイツ人女優といえばこの人、マレーネ・ディートリヒ。
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バイクが停めてあって上から撮れなかった…!「東ベルリンから来た女」のニーナ・ホス。
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ほかにも、HANAMI のドリス・デリエ監督、一昨年急逝した敏腕プロデューサー、ベルント・アイヒンガー、マルティナ・ゲデック、戦前活躍した俳優エーミール・ヤニングス、メトロポリスのフリッツ・ラング監督、妖婦と呼ばれた元祖セクシー女優、アスタ・ニールセン、「U・ボート」のヴォルフガング・ペーターゼン監督、ロミー・シュナイダー、ヴィム・ヴェンダーズ監督、マルチな才能を見せるティル・シュヴァイガーなど、そうそうたるメンバーの名前がプレートに刻まれておりました。一方で、八面六臂の大活躍を見せるモーリッツ・ブライプトロイの名前がないので「あれ?」と思ったりも。

なお、通りには面白い仕掛けもありました。カメラみたいなのがあちこちに立っていて、のぞくとプレートの人たちが浮き上がって見える。その横に立って写真を撮ると、スタアと並んだ写真が撮れるという仕組み。何枚かご紹介しちゃいますね。

1895年に世界で初めて映画を商業上映したスクラダノフスキー兄弟のお兄さんとビオスコープ。
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向かって左がヴィム・ヴェンダース監督、真ん中がニーナ・ホス、右側がブルーノ・ガンツ。
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追加しちゃいます。中央はティル・シュヴァイガー。
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そして左端にウルリッヒ・ミューエ氏。
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…というワケで、★という★を撮影し、のぞけるものは全部のぞき、いちいち感動してしまいましたとさ。

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by Alichen6 | 2013-08-25 00:22 | ドイツ珍道中 | Comments(10)

帰ってきました~~


 皆様、ちょっぴりご無沙汰しております。皆様、いかがお過ごしでしょうか?今日の朝、ドイツから戻ってまいりました。まだ時差ボケで眠いです。頭がちゃんと働きません。ワタクシ、濃ゆ~~~い8日間を過ごしてきました。皆様お仕事でお忙しい中、私ばかり遊び呆けてしまってホントにすみません。今回は前半をベルリン、後半をミュンヘン界隈(南ドイツ)で過ごしてきました。ベルリンでは昨年行きそこなったシュタージ博物館や、 “見残し”ていたフィルムハウス(Filmhaus)、そしてドイツの有名な映画関係者の名前が刻まれたプレートが埋め込まれた通りなどを見てきました。そして南ドイツでは革ズボンをはいて踊りまくってきた…ハズはなく、民族衣装を着てはしゃいできた…ワケでもなく、別のことをやっちまいました。そー、私がドイツにどっぷりハマるきっかけとなったマンガ「オルフェウスの窓」の舞台、レーゲンスブルクを散策しちゃったのです。そして翌日にはメルヘン王ルートヴィヒ2世が謎の死を遂げたシュタルンベルガー湖へ行ってきちゃいました。またおいおいご紹介させてくださいませ~。

 自分が食べたものをこうして写真でたくさん公開するって、なんとなく悪趣味な気もするのですが、「おお!このデカさはドイツだー」と思う写真ばかりなので、お許しくださいませ。
もぉ~~し、その特大サイズを体感(?)してみようかな~と思ってくださる方がいらっしゃいましたら、下をクリックしてね♪

画像はコチラ…
by Alichen6 | 2013-08-23 17:03 | ドイツ珍道中 | Comments(16)

 先日、またまた面白そうな本が出ました。その名も「ロシア・東欧デザイン」。モロ、私の好みじゃん!ってことで、さっそく買いました。
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 ね、表紙からしてステキでしょ。ぬゎんと、このブログでも時々ご紹介しているベルリン在住のライターさん(ブログつながりで仲良くしていただいています)と、「ニセドイツ」の伸井太一さんも執筆なさっているのです。ますます読むのが楽しみ♪

 …で、すぐに読みたいところなのですが、ここんところずっと忙しく(毎回同じことを書いていてスミマセン。)好きな本も読めずにおりました。そしてドイツ行きが明日に迫り、ハリそうじ(ハリネズミのケージの掃除)やらカメそうじ(カメの水槽の掃除)やら人間そうじ(人間の家の掃除)やらでアタフタ…。なので実はまだ画像をチラ見しただけで、本文は読めていないのです…orz.. 旅行へ持って行って、飛行機の中でじっくり読むことにいたします♡

目次だけご紹介しますね。

★時代を越えたデザインの巨匠たち
  ロドチェンコという天才が、発想したこと。
  マレーヴィッチが生み出した、未来の器。
  テクノでレトロな電子楽器、テルミンの謎。
  コルビュジエの先を行った、メ^リニコフ
★その名を歴史に刻む、建築
  チェコ・キュビニスムに見る、建築美。
  巨匠による、社会主義時代の名建築。
  キッチュさが魅力の社会主義時代の建築物。
★人々を魅了し続けるプロダクト・デザイン
  プラハ&ベルリンで、東欧デザインを探す。
  博物館で見る、社会主義時代の日常生活。
  ロシアカメラが、人々を魅了する理由。
★ロシア・東欧に学ぶエディトリアル・デザイン
  元祖エディトリアル・デザインの誕生
  プロパガンダという名の前衛ポスター
  歴史を変えた、東欧のクリエイター8人
  映画ポスターは、ポーランドが凄い。
  時代の熱を帯びた、力強いレコード・ジャケット
  再評価したいレトロな広告、カードカレンダー
  コースターは、チェコ文化の象徴だ。
  広告の機能を果たした、東ドイツのマッチラベル
  チャペックの装丁は、病みつきになる。
★いまなお現役、ロシア・東欧の乗り物たち
  伝統の名車、タトラを知っていますか?
  われわれは、なぜ東欧の車に魅了されるのか?
  そのフォルムにしびれる、ロシア・東欧の車。
  世界をリードした、旧ソ連の航空産業。
  ゆっくりとした時間が流れる、鉄道の旅。
  今なお愛される、東ドイツ製バイクの魅力。
  共産主義圏の有効と平和の象徴、自転車。
★モード界を牽引するロシア・東欧デザイン
  モード界を牽引する東欧出身デザイナーたち。

 わ~ こうして見てみると、面白そうな話題がてんこもり。画像もたくさん載っています。読み終えたら、また感想をUPいたしますね。

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by Alichen6 | 2013-08-13 22:07 | ドイツのこと | Comments(4)

「教皇」か「法王」か


 小さなネタでございます~。お仕事で Papst (Pope) が出てきました。私はどっちかというと「法王」が耳馴れている気がするのですが、世界史の授業などでは「教皇」と習いますよね。いったい、どっちがいいんだろう?

 …ってことで、検索したら一発で解決。カトリック中央協議会のサイトにありました → コチラ

以下、同サイトから引用いたしますね。

「ローマ法王」と「ローマ教皇」、どちらが正しい?
「新聞を見ると『ローマ法王』と書いてあり、教会の文書には『ローマ教皇』と書いてあります。どちらが正しい表記ですか?」 このような質問が多く寄せられます。簡単に説明します。

教会では「ローマ教皇」を使います。
以前はたしかに、日本のカトリック教会の中でも混用されていました。そこで日本の司教団は、1981年2月のヨハネ・パウロ2世の来日を機会に、「ローマ教皇」に統一することにしました。「教える」という字のほうが、教皇の職務をよく表わすからです。

その時以来、たびたびマスコミ各社に「ローマ教皇という名称を使ってください」とお願いしていますが、残念ながら実現していません。(引用終わりです)


…なるほど。だから新聞などでは、いまだに「法王」なんですね。こちらのほうが耳馴れているワケも分かりました。だけど仕事では「教皇」にしようっと。

***************

 ところで、先ほど大きなお仕事を出しました~~ ふぅ、疲れた。もう頭がスカスカです。実はワタシ、来週から8日ほど1人でドイツへ行ってまいります。お盆休みもお仕事をなさる方も多くいらっしゃると思います。ワタシばっかり遊び呆けてスミマセン。また、何か面白そうなネタを探してまいりますね。まだ荷造りもしていないし、片付けも買い物もまだ。この週末、頑張ります~~。

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by Alichen6 | 2013-08-09 14:49 | つぶやき | Comments(2)

 先日、買い物があって新宿の伊勢丹へ行きました。そこに気になるブツが…

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 そーです。バウムクーヘン。そしてお店の名は「Holländische Kakaostube」。オランダとあるけれど、綴りはどう見てもドイツ語。検索してみたところ、19世紀末に設立されたハノーファーのお菓子屋さんらしいです。そういえば昔、どこかでウワサを聞いた記憶が… そしてここのバウムクーヘンは、行列ができるくらい人気なんだとか。本国のサイトは → コチラ。日本のサイトは → コチラ
 …というワケで私は当然、買いました。ええ、迷うことなくむんずとつかみましたとも。

 紙袋の柄が可愛い。バウムクーヘンのギザギザ1つ分、つまり1ギザ分(←分かりますでしょうか?このミョ~な言い方)を買ってみました。
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 さてさて、気になるお味は…      美味しかったのですが、私個人的にはクラブハリエ(コチラ)のバウムクーヘンのほうが好きかも。もう少し、しっとり感があるといいなーなんて思ってしまいました。うぅぅぅ、ネガティブなことを書いてしまってすみませんっ


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by Alichen6 | 2013-08-07 22:16 | ドイツのお菓子 | Comments(6)