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by Alichen6
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 昨日は暑かったですね~ 皆様、お元気でお過ごしでしょうか。昨日、ワタシは渋谷まで映画を観に行ってしまいました。お忙しい日々をお過ごしの方々、ワタシばかり楽しんでしまってすみませんっっ 環境問題に直面している今こそ見なくてはいけない映画だな~と感じました。

e0141754_9592782.jpgセヴァンの
地球のなおし方


ジャン=ポール・ジョー監督
フランス語・英語・日本語
公式サイトは → コチラ








「どうやってなおすかわからないものを、壊し続けるのはもうやめてください」

 1992年にリオデジャネイロで開催された地球サミットで、12歳の少女セヴァン・スズキさんが伝説的なスピーチを行いました。大人たち相手に、上のように訴えたのです。真剣なまなざしで訴える少女の映像はとても衝撃的。そして非常に的を射た内容で、痛烈なメッセージを伝えるものでした。本作は、19年前のスピーチの映像と、大人になって新たな命を宿しているセヴァンさんの今の映像を織り交ぜつつ、当時から一向に改善されない(いや、それどころか悪化しつつある)様々な環境問題を取り上げます。「どうやってなおすかわからない」汚染の問題であるからこそ、何かをしなくてはならない。「どうか行動で示してください」というセヴァンさんの切実な訴えを通して、一人一人が真剣に環境問を考える大切さを説く内容となっております。とにかくムダな消費をやめることで悪化に歯止めをかける大切さ、そして自然の恵みに感謝し、独り占めすることなく皆で分かち合う大切さも。

 具体的には、合鴨農法で無農薬栽培に取り組む日本の農家の男性、サメの乱獲反対を訴えるフランスの13歳の少女、コルシカ島の生物多様性を保持する農法に取り組むコルシカワイン生産者、環境問題に取り組むジャーナリストなど、様々なケースが取り上げられていました。繰り返し挟まれる少女セヴァンの映像。19年前から同じことを訴え続けなくてはならない現実を突きつけられた思いです。「先祖から受け継いだこの環境を、我々の世代が汚しては次世代を担う子供たちに申し訳ない」という思いにかられました・・・。

 高級食材フカヒレを取るため、ヒレだけ切除して体を海に廃棄するシーンが映ります。つらかったです・・・。以前、長年の友人(ドイツ人)から、『日本人はサメを虐待している。そういう現実をどう思うの?』と手紙で聞かれ、それ以降関係がギクシャクしてしまった、という苦い経験があります。そんなことも思い出しながら映像を見ておりました。(それ以来、ワタシはフカヒレを食べなくなりました)。

 字幕は横井和子さんでした。とてもわかりやすく、難しい内容もかなりあったにもかかわらず、読んでいることを忘れてすんなり頭に入ってくれる素敵な字幕でした。016.gif

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e0141754_9512072.jpg もう公開はほとんど終わってしまったのですが、食の問題を扱ったアメリカのドキュメンタリー「フード・インク」も衝撃的でした。「セヴァンの~」と共通の問題も扱っていると思います。もうすぐDVDになるみたいですので、もしよろしければご覧になってみてください。これを見て以来、私はお肉を買うのが怖くなりましたです。こちらの字幕は松岡葉子さんです。


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by Alichen6 | 2011-06-30 10:03 | つぶやき | Comments(4)

二人称の er と sie


 普通「er」は「彼」、「sie」は「彼女」と解釈しますが、二人称で使うケースもあるんですねー。知らなかったのはワタシだけでしょうか?今さらでございますが、書いちゃいます。

 18世紀とか19世紀が舞台の映画で、偉い人が下僕に向かって「er」で話しかけているシーンに何回か遭遇しました。最初、「え?“彼”って誰のこと?」と面食らったのですが、どう考えても下僕に話しかけているのです。ヘンだなーと思って辞書を調べたら、「(男性への敬称として、のち下僕・職人などへの2人称として)お前」という意味があるんですねー。sie も同じ。

Wenn es schief geht..... er hat mir seinen Kopf verpfändet.
(もし計画が失敗したら・・・ お前の首をはねるからな(直訳:お前の首は預かったからな))

こーんな例がありました。最初、「だ、誰の首?彼って誰?」とか思ってしまったのでした。領主が下僕に向かって言った言葉です。「お前」だったんですねー。これって、かなり「上から」の言葉だそうです。先日ゲーテのことを調べておりましたら、「見習いとして裁判所に勤めた際、"er"で話しかけられて屈辱感を覚えた云々」というくだりがありました。領主様から er で話しかけられるなら仕方ないでしょうが、職場でそう話されるとムカつくんでしょうね。

 なーんて、知らなかったのはワタシだけでしたらずびばぜんっ 

      花を愛でるワンコ(単に、食べ物かどうか調べただけかも・・・)
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by Alichen6 | 2011-06-29 08:22 | ドイツ語 | Comments(10)

ひつじのショーン


 実はワタシ、先週が誕生日だったような気がします(都合の悪いことは忘れる037.gif)。24歳になったような記憶があるのですが、詳しいことはよく分かりません。もう何度も誕生日を迎えすぎているのですが(はっきし言って、もう誕生日は来なくてイイ)家族からプレゼントをもらってしまいました。毎度のことで大変恐縮ですが、これ見よがしにブツを見せびらかしちゃってもよろしいでしょうか?

 じゃじゃーん! ドイツかぶれの母親のために、ドイツのぬいぐるみメーカー、「NICI」のマスコットを買ってくれまぴた。(お店のサイトは → コチラ ネットでも買えます)キャラクターはワタシが大好きな、ひつじのショーン。
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 くぅぅ~ ユルくてカワイイ!!「ひつじのショーン」って元々はイギリスの番組ですよね。人形を少しずつ動かして1コマ1コマ撮るアニメ。アメリカのキャラにはない、このユルさ。顔が真っ黒のヒツジって欧米ではよく見かけますよね。かわいすぎます。ドイツでも Shaun das Schaf というタイトルで放映されているらしいです。まさか「シャウン」って発音するのか?と思ったのですが、YouTube で見てみたら、英語風に「ショーン」と発音されていました。ちなみにマスコットについていたラベルのショーン、腕組みなんかしちゃってる。いわゆる「どや顔」ってヤツでしょ~か?

 そしてもう1つ。ブンツラウ地方の特産、ブンツラウアー陶器のカフェオレボール。結構な大きさなので、これでカフェオレを飲むとがポガポになりそう。ワタシはサラダを入れたり、枝豆(笑)を盛ったりしております。量がちょうどいい♪ 以前教えていただきましたが、赤丸の隣にある緑っぽいのは蚊だそうですよ。かゆい・・・。もぉぉ~し、ブンツラウアー陶器にご興味がありましたら → コチラ とか コチラ をご覧くださいませ。
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 そのほかに・・・ 遅まきながらハマり始めた、パワーストーンのブレスレットをもらっちまいまぴた。今、パワーストーンについて勉強ちうです。


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by Alichen6 | 2011-06-28 09:48 | ドイツのモノ | Comments(6)

e0141754_1133382.jpg 6月28日にUボートに関する新しい翻訳書が出るんだそうです。(私信:なすびさん、必読の書ですよ~♪ おそるべきアマチュア様、尚休さんもご興味あるジャンルではないでしょうか~024.gif

『Uボート部隊の全貌 ドイツ海軍・狼たちの実像』
ティモシー・P・マリガン著
並木均 訳
学研パブリッシング 発行

 すっごく、すっごく専門的な書です。Uボートについて、な~んにも知らない素人の私がこうして書くのはあまりにもおこがましい・・・というか、あまりにも申し訳ないのですが、ご縁があって仲良くしていただいている翻訳者さんの本なので、是非ご紹介したいと思います。でも、仲良しのよしみで紹介するのではなく、この方の翻訳者としての真摯な姿勢をよく知っているだけに、こうした姿を是非知っていただきたいな~との思いから、ご紹介したいと思うのです。

 訳者の並木さんとは拙ブログを通じて知り合いました。本業が別におありで、翻訳に費やせる時間は夜や週末だけ。そんな中、長い間コツコツと地道な作業を積み重ね、すでに2冊の訳書を世に出しておられます。ノンフィクションのジャンルの翻訳って、私たち映像翻訳者のドキュメンタリー翻訳に似ています。ただ言葉を日本語に置き換えるだけではなく、1つ1つの裏取りが必要になります。これだけ厚い本ともなると(616ページ!)その情報も膨大な量になると思われます。丹念に検証を重ね、資料を当たり、ぴったり合う訳語を探し、さらに日本語としてこなれた文章に推敲する必要があります。これだけ専門性が高くなると、辞書もおそらく、単なる「とっかかり」にしかならないでしょうね。ううぅっ 気の遠くなりそうな作業。想像しただけで、しぇー!となるざんす。

 なお、100%マッチする訳語がない場合、ホントに困るんですよね・・・。特に専門書ともなると。訳者もあとがきで書いておられますが、『日独海軍においては軍文化が異なり、したがって語彙互換性がなく、本来であれば邦訳においても、原語をそのまま使用するのが最も正確な表記法といえる(訳者あとがきより引用)』。欧米の「横書き」文化ならそれもアリでしょうが、日本語は「縦書き」。ヒジョ~に困りますよね。それゆえ、『本書においては太平洋戦争期の大日本帝国海軍の用語に概ね準拠した訳語を当て』つつも、『正確性を担保するには原語に回帰するほかないため、独語を各所に併記した次第である(以上、訳者あとがきより引用いたしました)』 学術書などもそうですよね。訳者の苦労がしのばれます。今回の本の場合は原文が英語なので、専門語はいったんドイツ語に戻し、裏を取り、理解しやすいよう近い日本語を当てた上で完璧を期すためにドイツ語を併記したのだと想像しています。うぅっ タイヘンな作業なのだ。

 恥をしのんで打ち明けますが、ワタシは軍関係のことに疎く、なーーんにも知りませんでした。だからナチ時代を描いた作品の仕事が来ると、調べ物だけで膨大な時間がかかってしまいます。ましてやUボートとなると、もう「?*%&@#*!」状態。とあるUボート映画の仕事では並木さんに監修を引き受けていただきました。学者さんも舌を巻くと思われるほどの博識で、その後も制作会社さんから別の作品の監修依頼が来たほど。専門性の高い作品の翻訳は、こういう方に監修をしていただかない限り手を出してはならないと心から思いました。でないと作品に対する冒涜になっちゃうから。

 ずびばぜん、肝心の中身について、ワタシの貧弱な知識ではうまくご紹介できないので、各章のタイトルを書きますね。データも豊富に載っております。

第一章 運命共同体
第二章 第一世代
第三章 Uボート戦の枠組み
第四章 Uボート戦のパターン 1939~1945年
第五章 精神と魂
第六章 適材適所
第七章 量より質
第八章 「子供十字軍」?
第九章 「至高の存在」
第一〇章 人間性と必要性の狭間
第一一章 公平無私の部隊
第一二章 終局

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 Uボートがお好きな方、こちらの本もどうぞ ↓ ワタシも読みました♪ 潜水艦関係の映画を訳した直後だったので、こんな素人のワタシでも面白く拝読いたしました049.gif
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by Alichen6 | 2011-06-26 14:26 | ドイツのこと | Comments(6)

 いつも仲良くしてくださっているグラフィックデザイナーの juccoさん(またの名をずんこさん)のご主人様が、東京藝大デザイン科OB有志の方々とプロジェクトを進めていらっしゃいます。juccoさんは元々、仏英映像翻訳者すーさんのお友達でしたが、いつのまにかワタシも仲良くしていただいているのでありました。そー、私が狂喜乱舞した東ドイツの切手@額装をプレゼントしてくださった方でごじゃります。さっすがグラフィックデザイナ~さん~♪ と、その発想にいたく感激したのでありました。モロ、私のツボめがけて直球ストライク010.gif すっごくすっごく優しくて、とっても思いやりのあるデザイナーさんです058.gif ← 保証します!

 ところでサポサポproject とは、復興の支援を行う人々を支援しようという取り組みだそうです。

 サイトは → コチラ 
(開催の日時や場所、地図も載ってます~053.gif

 復興支援には多額の費用がかかるそうです。継続的に支援を行うには、それなりの資金が必要だとか。経済的な理由で支援が継続できないのは残念。また、お手伝いしたい気持ちはあっても、諸事情で支援になかなか参加できないこと、ありますよねー。そういった気持ちを繋げることはできないか?というのが企画の出発点だそうです。復興を支援する人々を、アート&デザインでサポートするプロジェクト。その第一弾として、7月1日(金)から3日(日)まで東京の代官山(←オシャレ!)にてアーティストの方々のポストカードや小作品を販売するとのこと。ワタシも土曜日の午前中に行く予定です★ 上のサイトでポストカードがチラ見できますので、是非ご覧になってくださいませ~。イロイロあって楽しいです♪

★もし、もぉぉぉ~し、プロジェクトに賛同してくださり、ポストカードを買おうかな~でも忙しくて(もしくは遠くて)なかなか行けないなぁ~」という方がいらっしゃいましたら、鍵コメかメールにてご連絡くださいませ♪ 僭越ながら、ポストカードを代わりに買ってきますので・・・。(← 出しゃばりでずびばぜんっ)

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by Alichen6 | 2011-06-24 08:25 | つぶやき | Comments(8)

e0141754_88977.jpg 先日、本屋さんに行きました。NHKのテキストコーナーを通りかかったので、何気なく(表紙のブレーツェルに惹かれて)ラジオのテキスト「いまさらまいにちドイツ語」を手に取ってぱらぱらめくったところ・・・


       おお! 面白いっ  024.gif 070.gif


 実はワタシ、以前はラジオ講座のテキストの愛読者だったのです。講座自体は一度も聴いたことがないというトンデモなヤツですが(毎日同じ時間に忘れずスイッチを入れる、ということがど~してもできない^^;)テキストは長く愛読しておりました。応用編が面白いんですよ、毎年。だけどそれも昔の話。もう20年以上、手に取ったことはありませんでした。昔に比べて、テキストのレイアウトもおしゃれになったな~ しみじみ。

 今年前半のお題は『ドイツ語が見てきたNIPPON』。日独友好150周年を記念し、江戸時代から現代に至る日独の交流の歴史を、ドイツ語で書かれたテキストを通してたどるというコンセプト。昔の文書なので、ドイツ語も古いです。言葉遣いや綴りが昔のまま。なので少々難解な部分もありますし、紙面や放送時間の関係で量も少ないですが面白いです!日本史の授業では、日本人の立場から見た歴史を習うのですが、これは逆。お雇い外国人など、日本に来たドイツ人の目を通して幕末なり明治なりの時代を見ていくのって新鮮です。気に入ってしまったので、4、5月のバックナンバーも頼んじゃおうかな~。9月まで毎月買おう!

ご参考までに6月号の目次をご紹介しますね♪

6月2日 Jacob Meckel 日本陸軍育ての親の戦争論 1885~88年
6月3日 Ottmar von Mohl 欧化に反対するお雇い外国人 1887~89年
6月9日 Edmund Naumann ナウマンゾウ発見者による辛辣な日本批判 1886年
6月10日 森鴎外 反論する鴎外:「欧州に学んで何が悪い!」 1886年
6月16日 田中正平 ドイツ皇帝を驚かせた日本人音楽学者 1890年
6月17日 Justus Brinckmann 日本工芸美を発見したハンブルクの博物館長 1889年
6月23日 Felix von Gutschmid 日独関係を一変させた三国干渉 1895年
6月24日 Erwin von Bälz 冷え切った日独関係を憂うベルツ 1904年

 すでにご存じで、欠かさず読んでおられる方がいらっしゃいましたら、今更でずびばぜんっ 

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by Alichen6 | 2011-06-23 07:55 | ドイツ語 | Comments(11)

 皆様、お元気でお過ごしでしょうか。今日の東京は暑くなるそうです・・・。夏至だもんね。節電しながら暑い夏を乗り越えないとですねー。うちも冷感グッズを買わなきゃ。先日の続きで、カール・ツァイス社の歴史をだだだーっと書いちゃいますっ 個人的な興味で長々とずびばぜん。参考にしましたのは、カールツァイスジャパンのHP(コチラ)。なんと、カールツァイスジャパンは今年で100周年なんだそうです。めでたい♪ クリックしていただくと、当時のロゴが見られます。『玉鏡眞寫』って何ぞや?「たまかがみしんしゃ?」とか思ったら、右から読むのでしたね(爆)。ZEISSが左からなのに、そのすぐ下の日本語は右から。何となく面白い。このサイトには本社のロゴの移り変わりと波瀾万丈の社史が詳しく記されています。

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 1846年5月10日、ヴァイマール生まれのカール・ツァイスという機械工が、政府当局に工房設立申請書を提出。せっかちなカールは、認可が下りる2日前にイエナで操業を開始していたんだそ~です。ちなみにビスマルクによるドイツ統一より前の時代。イエナがあったのはザクセン=ヴァイマール=アイゼナハ大公国でした。この大公国はビスマルクによる統一後はドイツ帝国の構成国の1つとなりなりつつ大公国としての地位を保持し、1918年のドイツ革命で大公が退位するまで続いたんだそ~です。知らなんだ。

e0141754_1382933.gif 近くにイエナ大学があったため、カールも聴講して知識を蓄えます。そして『眼鏡や拡大鏡やはかりを売り、大学の物理・化学実験装置の組み立てや修理をするうち、事業は順調に伸びて(HPより引用)』いったんだそうです。やがて本格的な顕微鏡製作に取りかかるようになります。最初はレンズが1枚だけの単純なもの。その成功を機にさらに開発を進め、対物レンズと接眼レンズの2枚からなる高度な顕微鏡を完成させたそうです。

 偉大な人の歴史を調べると、必ず「出会い」があるんですよねー。1人じゃなかなか偉業なんて達成できないものですが、優れた人ってやはり優れた人に出会っちゃう。カールにも劇的な出会いがありました。イエナ大学で講師をしていたアッベという優秀な物理学者&数学者と二人三脚で開発を進めることになります。また、優れたガラスの研究者とも出会い、顕微鏡には欠かせないレンズの開発も進めていったんだそ~です。

 ちなみに、炭疽菌・結核菌・コレラ菌などの発見で知られるノーベル生理学・医学賞受賞者ロベルト・コッホは、カール・ツァイス社製の顕微鏡を使って研究をしていたんだそ~です。医学の発展を支えたのが、カールの顕微鏡だったんですねー。すごすぎ。(余談ですが、ヨーロッパで大騒ぎになったO-104 のニュースになると、よくロベルト・コッホ研究所の研究員が出てきますよねー。権威のある研究所なんだそうです)

 ・・・と、医学の発展に大きな貢献を果たしたカール・ツァイス社だったのですが、そこに悲劇が・・・。終戦に伴う東西分断でした。優秀な人材や技術がソ連の手に渡るのを恐れたアメリカが、カール・ツァイス社の経営陣や技術者をアメリカ占領地域へ連れていってしまいました。一方、ソ連はソ連で、賠償金代わりにドイツの工場やら機械やら線路やらをごっそり本国に持ち帰ったのは知られていますが、カール・ツァイス社に対しても同じ。まるで追いはぎ状態。『1947年までにイエナの生産設備は94%が解体され、国外へ運び出され(HPより引用)』たんだそ~です。そして西ドイツに移った元社員たちはヴュルテンベルク地方(ドイツ南部)のオーバーコッヘンでツァイス・オプトン(オプトンはOptische Werke Oberkochen の略語)を設立しました。一方、イエナのカールツァイス社は国営企業カール・ツァイス・イエナ(VEB Carl Zeiss Jena) になりました。余談ですが、カール・ツァイス・イエナといえば、サッカーのチームで有名ですよね。

 そして壁の崩壊と東西統一。カール・ツァイス社も東西が再び1つに。経営に行き詰まっていたイエナがオーバーコッヘンに吸収される形での統合だとか。

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 な~んか、ざざ~っと乱暴に書いてしまいましたが、とにかく東西分断や再統一など、歴史に翻弄された会社だったんですねー。キザな言い方ですが、確かな技術と伝統があるからこそ、こうした激動の時代を乗り越えてこられたんだなーと改めて感心しちゃいました。

<おまけ タマゴの悲劇>

 今日は生協が配達してくれる日でした。とにかく冷凍食品と肉類を冷蔵庫に入れなきゃ~ってことで、ごそごそ冷蔵庫にしまっていたら、玄関で「ゴツン、コロコロコロ・・・」というミョ~な音が。

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 ・・・やられました。ワンコがひっくり返してくれてました。でもって、こぼれた白身をぺろぺろ・・・007.gif10個中、割れたのが4個。ちなみに昨夜はお気に入りのピアスをガジガジ噛んでくれました。外れて机の下に落ちていたのです。しゃ●せ~!! お気に入りだったのに。ピアスの被害はこれで2件目。

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              「しゃい●だなんて、お下品な・・・」

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by Alichen6 | 2011-06-22 10:07 | ドイツのこと | Comments(4)

 今朝の日経に、渋谷の五島プラネタリウムで長年解説者を務めた村松修さんの手記が載っておりました。懐かしい~五島プラネタリウム。そうでした、そうでした。あれってナマ解説でしたよね。「東の空をご覧ください。オリオン座が昇ってきました~」みたいな。実はワタシ、プラネタリウムが結構好きでして、時々行っておりました。2001年に閉館すると聞いてすっごく残念で、慌てて子供を連れて見に行ったものでした。そんな五島プラネタリウムの投影機が実はカール・ツァイス社のものだと今回知って「へぇ~」と感心。顕微鏡やカメラのレンズで有名なカール・ツァイス社はプラネタリウムの投影機でも有名だったんですね~知らなんだ。なんでも、7000万円もしたんだそうですぜ。大卒初任給が1万円の時代。高っ (開館は1957年です)

 日本でも各地のプラネタリウムがカール・ツァイスの投影機を導入したそうです。名古屋市科学館とか(←コレはワタシも見ているハズ。小学校の頃は名古屋に住んでたので。)、旭川市科学館とか、明石市立天文科学館とか。明石は日本で唯一、今もカール・ツァイス社の投影機が現役で稼働しているプラネタリウムなんだそ~です。(ウィキからの情報です)

 が!伝統あるカール・ツァイス社は戦後、東西の分断に伴い、東ドイツのカール・ツァイス・イエナと、西ドイツのカール・ツァイス・オーバーコッヘンに分かれてしまったのでした。今日の日経新聞によると、五島プラネタリウムが導入したのは西ドイツのカール・ツァイス社製。一方、ウィキによると、明石や旭川市の投影機は東のカール・ツァイス・イエナ製。うーん、日本の中でも東西のカール・ツァイス製投影機が存在したんですねー。このカール・ツァイスの社史をざざっと見ると、モロ波瀾万丈。また改めて日記に書かせてくださいっっ

<おまけ>
ツイッターで教えていただいた動画です。1989年頃の東ベルリンの地下鉄。懐かしいっ ワタシも乗りました。途中(3分39秒~)、ドアが開いたまま走っているシーンも・・・。ダ、ダイジョウブか?!?(4分45秒あたりで閉まり、なぜかホッとする(笑))  町の風景も懐かしい。看板やネオンがあふれたカラフルな西ベルリンに比べ、モロ共産圏だった東ベルリンは灰色だったんですよね・・・。モノがあふれてカラフルならいい、というワケではありませんが、当時まだ若かった私は当然、カラフルな町並みのほうがホッとしました。乗客たちの雰囲気も、当時の東ベルリンを彷彿させます・・・。nob_deさん、教えてくださりありがとうございました。



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by Alichen6 | 2011-06-20 08:27 | ドイツ語 | Comments(12)

 昨日、たまたま新宿小田急のとある売り場を通りかかったら売っていたので買っちまいました。

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            なーんだ、フツーのグミベアじゃん015.gif





 ・・・と思いきや・・・ ジャジャーン!  ど~だ!

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 ・・・ま、まいりやした。エコバッグでしたか035.gif
コレ、内ポケットが収納用の袋になっているのです。でもって、グミ柄のバッグをたたんで収納すると、まるでグミが入っているみたいに見えます。かわいいっ コレを買わずして何を買うんだ? ちょっと色は派手だけど、グミですからオッケ~です。なにしろ天然着色料しか使ってませんから。そー、ナチュラルなのだ。

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by Alichen6 | 2011-06-17 07:48 | ドイツのモノ | Comments(11)

シーボルトのピアノ


 連日、ピアノ関係の話ばかりで失礼いたします。先日ご紹介した「ピアノの歴史」に載っていたのですが、日本で現存する最古のピアノは、かのシーボルトがオランダから持ってきたピアノ(Flügel と呼ばれるグランドピアノではなく、スクエアピアノという四角いヤツ)なんだそ~です。シーボルトはドイツ人医師でしたが、オランダの東インド会社に勤め、1823年に長崎のオランダ商館にやってきたんだそ~です。これってベートーベンが第九を完成させる前年ですって。シーボルトには音楽の素養もあり、オランダに戻ったあと、「日本の旋律」と名付けた7曲のピアノ曲を出版したんだそ~です。これまた、ヨーロッパで出版された最初の日本の音楽だったそうな。このピアノはシーボルトが帰国する際、萩の豪商であった熊谷五右衛門さんに寄贈されたそうです。

 ところでこのシーボルトさん。実はドイツ人なのにオランダ人として出島にやってきたことは日本史の授業で習いました。が、なかなか面白い人だったんですねー。出典がウィキなので、100%正しいかどうか分からないのですが引用しちゃいます:

『当時決闘は常識だったとはいえ、33回の決闘をやって顔に傷も作った。江戸参府のときに商館長ステューレルが学術調査に非協力的だとの理由で彼に決闘を申し入れている。』
『東洋研究を志したシーボルトは、1822年にオランダのハーグへ赴き、国王ウィレム1世の侍医から斡旋を受け、7月にオランダ領東インド陸軍病院の外科少佐となる。9月にロッテルダムから出航し、喜望峰を経由して1823年4月にはジャワ島へ至り、6月に来日、鎖国時代の日本の対外貿易窓であった長崎の出島のオランダ商館医となる。本来はドイツ人であるシーボルトの話すオランダ語は、日本人通辞よりも発音が不正確であり、怪しまれたが、「自分はオランダ山地出身の高地オランダ人である」と偽って、その場を切り抜けた。本来は干拓によってできた国であるオランダに山地は無いが、そのような事情を知らない日本人にはこの言い訳で通用した。』
『名前は高地ドイツ語(標準ドイツ語)読みではジーボルト(ズィーボルト)である。本人は現在の南ドイツの出身であったため、自らの名を「シーボルト(スィーボルト)」と発音していた。』
(以上、引用終わり)

 33回も決闘・・・。確かに中世~近代にかけて、ヨーロッパでは決闘が多かったみたいですねー。でも33回って誰がカウントしたんでしょうか?さらに、ホントかどうか分からないけど「高地オランダ人」という咄嗟の言い逃れもウケます。Niederlande の高地オランダ人。オランダなんて行ったことのない人ばかりだったから、そう言われたら納得しちゃいますよね。

 ちなみに南部出身だったから「s」の発音が「z」じゃなくて「s」となった、というのは理解できる気がします・・・。

 ちょこちょこっと検索してみると、このシーボルトが生まれた地が「バイエルン王国のヴュルツブルク」という説明と「神聖ローマ帝国の時代の司教領ヴュルツブルク」という説明を見かけました。どっちだ?

 当時、ヴュルツブルクはどうなっていたんだろう?と思ってさらに調べると、1803年までは Fuerstbischof (領主司教・・・神聖ローマ帝国で司教に授与された称号)の領地だったんだそうです。が、1803年に帝国代表者会議主要決議(Reichsdeputationshauptschluss)が下され、帝国の『世俗化』が決定。聖職者が領地と経済的基盤、そして政治力を失うことに。ヴュルツブルクの司教領もバイエルン選帝侯領に編入されます。そのバイエルン選帝侯はナポレオンに近づいて友好条約を結び、1806年、バイエルン王国に格上げされます・・・。

 彼が生まれたのは1796年。プロイセンの台頭により神聖ローマ帝国が形骸化して風前の灯火となっていた時代。さらにナポレオンの侵攻も受け、神聖ローマ皇帝が退位して帝国が解体したのが1806年・・・。となると、ホントに大きく変化する時代に生まれたっちゅうことですね。その後、生まれ故郷は激動の時代を経てバイエルン王国の1都市となるわけですか~ ナルホド。

 なんだか説明が長くなってしまいましたが、これを見る限り、シーボルトは神聖ローマ帝国時代の司教領ヴュルツブルクで生まれたということになるんですね。ごちゃごちゃと失礼いたしました~


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by Alichen6 | 2011-06-16 07:45 | ドイツのこと | Comments(4)