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by Alichen6
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ちょっと似てる言葉


 ここのところ、また連日バタバタしております・・・。せっかくお立ち寄りいただきましたのに、ショボい日記なんてお見せしちゃいましてすみません。今日、たまたま2種類の言い回しを目にしました。日本語と全く同じというわけではないのですが、発想が似ているような気がしたのでブログに書いちゃいます。

その1)

日本語で「ツケを払う」とか「ツケが回ってくる」とか言いますよね。「怠けていたツケ」とか、「サボったツケが回ってくる」とか。今日、「Quittung(領収書)」という言葉が似たような意味で使われているのを発見。今まで知らなかったのが恥ずかしいのですが、ほほぉ~っと思ってしまいましたので書いちゃいます。小学館の独和大辞典の例文を引用しますと:

Das ist die Quittung für dein Benehmen. (これが君の振る舞いに対する領収書だ → 君の振る舞いに対する報いだ)

 怠けたり、ふざけた態度を取ってたりすると、日本語ではツケや請求書が回ってくるのですが、ドイツ語では領収書が回ってくるんですね。ちょっと違うけど、でも似てる。

その2)

自分のことを、実際以上に大きく見せたり、知ったかぶりして大法螺(←漢字で書くとリアルでスゴい)を吹いたりするのをドイツ語では Hochstapelei と言うんだそ~です。「高く積み上げること」。日本語ですと似た意味に(同じではないですが)「大風呂敷」がありますが、向こうは高く積み上げるイメージなんですね・・・。

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…皆様ご存じでしたら、今さらですみません。
by Alichen6 | 2009-05-30 20:33 | ドイツ語 | Comments(11)

Purpur (紫&緋色)


 Purpur と聞くと、ワタシは必ず「紫色」を連想いたします。つい最近まで紫だと信じて疑っておりませんでした。英語でいう「パープル」。が、ドイツ語でも英語でも、この言葉は「緋色」つまり深紅を意味することもあるんですね・・・。ビックリです。知らなかったのは私だけ?厳密に言うと Purpur (purple) は普通の紫というよりは赤紫を指すものなんだそうです。でも赤紫は赤紫であって深紅とは違うじゃん、と思っちゃう。なんでPurpur は深紅まで含めるんだろう…。

 パープルってもともと、貝から採れる染料のことを指していたんだそうですね。1個の貝から採れる染料の量はとっても少なく、それゆえに古代ローマではこの染料で染めた布というのは最高級品だったとか。古代ローマ以降もこの布を身にまとうことができるのは皇帝や国王、高位聖職者のみ。ゆえに「パープル=権威」というイメージなんだとか。原料は違いますが日本でも紫って高貴な色でしたよね。以下、横着してウィキの「紫」の項から引用させてくださいっ:

『「紫色」の英語に相当する語句が"purple"である。もともとこの単語は、巻貝の一種"purpura"(ラテン語、プールプラ)に由来する。この巻貝の出す分泌液が染色の原料とされ、結果としてできた色もpurpuraと呼ばれた。この染色法を発明したのは現代のイスラエルやレバノンの地域に住んでいた古代のカナーン人であるといわれる。巻貝1個から出る分泌液はわずかであったためこの染色布が貴重なものであり、ローマ帝国のころより西洋では高貴な身分の者が身に着けていた。この染色によって彩られた紫は若干赤みが勝っていたようである。(以上、引用終わり)』

 カトリックの世界では枢機卿のみがこの色を身にまとうことが許され、その色を Kardinalpurpur を呼ぶそうなのですが、これは赤紫なんかではなく、ど~見ても緋色。Purpur と緋色の関係はまた改めて調べてみようと思います・・(スミマセン、私ったらいい加減)

 ついでに思い出したのですが、先日ちょこっとご紹介しました悪名高きナチ時代の裁判官、フライスラーも真っ赤な法服をまとっていたそうです。あれは最高権威の象徴という意味だったんでしょか?
 
by Alichen6 | 2009-05-25 17:42 | ドイツ語 | Comments(10)

Jungferleder


*5月22日追記:すみません!私の原稿は Jungferleder という綴りだったのですが、調べてみますと「Jungfernleder」という風に「n」がついておりました。元の原稿が誤植だったんですね。もっとも、最近はあいまい検索をしてくれるので、「n」がない綴りで入力しても正しい綴りで検索はしてくれていましたので、結果は同じだったのですが・・・。

 このところ、プチ・バタバタ状態。「ウィーンのバラ」「ウィンナー・ローズ」で有名なヘレンドとアウガルテンの関係とかも調べたいな~と思うのですがなかなか時間がなくて。(検索すればたくさん情報は出てくるのですが、せっかくだから公式HPなどで窯の歴史などを読んで確認したいな~と思ったり)。お立ち寄りいただいた皆様、ショボい日記なんてお見せしちゃってすみません。
 
 ところで昨日、古い歌詞を調べておりましたら、「Jungferleder」なる食べ物に遭遇。口に出すのもはばかられますが、直訳しますと「若い娘の皮」または「処女の皮」。後者はアダルト系のタイトルになりそうな言葉だな~。若くてピチピチでお風呂に入ると水をはじいたりするシロモノ?

 手元にある辞書や百科事典(現代のものやらワイマール時代のものやら)を片っ端から引いてみたのですが載ってません。ネットで検索しても、そのものズバリは出てこないのです。

 ・・・が!ドイツのとあるフォーラムでこの「若い娘の皮」がテーマになってスレが立っているのを発見。「歌に出てくるこの「若い娘の皮」ってなぁに?」という質問でした。レスを書いていらっしゃる方々もよく分からない模様。スレを読み進めると、あるレスが目に留まりました。その方はライン地方に住むお母さんに尋ねたそうです。でもってそのお母さんが記憶を頼りにググってくれたらしく、その結果が書かれておりました。

 なんでも、咳止めのアメの一種で、硬質ゴムみたいに弾力があるものらしい・・・。ラクリッツみたいなものだろうなぁと私は勝手に想像しています。「咳止めグミ」って訳はマズいかなあ?でもなぜに「若い娘の皮」?「中年女の皮」「老婆の皮」じゃダメ?弾力がなく、干し柿みたいにシワシワだって言いたいのかい?え?013.gif

 ・・・もっとも、フォーラムのやりとりを見て訳を当てるのも危険ですな。要相談ではありますが、ドイツのフォーラムでのスレッドを読むのって楽しいことに気づいてしまいました。
 
by Alichen6 | 2009-05-19 16:10 | ドイツ語 | Comments(13)

ウィーンのバラ



詳しいブログ → コチラ
by Alichen6 | 2009-05-19 10:36 | ドイツのこと | Comments(0)

アウガルテンとマインル


 小さなネタで失礼いたします。数年前に買った薄いピンクのミニバラが大きくなったので、昨年一まわり大きい鉢に植え替えました。今年も花をつけたのですが、開いたらビックリ。色が昨年よりかなり濃くなった・・・

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 以前は淡~いピンクだったんです、ホントに。土の質が変わって色が濃くなったのかいな?思わずアウガルテンのウィンナー・ローズを思い出してしまったのであります。マリア・テレジアゆかりの工房です。

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アウガルテンってナンジャラホイ? → ウィキから引用させていただきます。
『1718年にデュ・パキエが「ウィーン磁器工房」(あるいはパキエ磁器工房 Manufaktur Du Paquie)として創設。マイセン磁器工房に継ぐヨーロッパで2番目に造られた磁器工房であり、世界初の磁器によるコーヒーカップを作ったといわれる。
1744年、マリア・テレジアによって皇室直属の磁器窯となる。このときよりハプスブルク家の盾型の紋章を商標として使用するようになった。現在の製品にはすべてこの紋章が刻印される。』(以上、引用終わり)

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e0141754_14253318.jpg 先日、成城●井にてマインルのコーヒーを発見。写真なんて撮っちゃってスミマセン。憧れのウィ~ンのコーシー。一瞬買おうかと思ったのですが、お値段を見てやめてしまったケチなワタシです。昨年、マインルについて日記に書いてしまいましたので、よろしければコチラを。
by Alichen6 | 2009-05-14 14:25 | ドイツのこと | Comments(4)

 「ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア」のティル・シュヴァイガーの新作が4月末からドイツで公開されているそうです。見たい、見たいわ、見たすぎる! 昨年のドイツ映画祭で公開された「Keinohrhase(耳のないウサギ)」もとっても面白かったので、本作も期待しています。どちらかというと、シリアス系なのかなぁ? できればほにゃくしたい・・・(本音)

「Phantomschmerz」は日本語では「ファントムペイン」って言いますよね。事故などで体の一部を失った人が、もうなくなってしまった部位の痛みを感じることだそうです。事故で片脚を失った主人公が感じる痛みなのでしょうか・・・。娘役に、ティルの本当の娘さんが出演しているのもちょっと楽しみかも。(予告編を見ましたが、あんまし似てないような・・・。)「ベルリン 僕らの革命」に出ていた3人組の1人、スタイプ・エルツェッグも出ています。



本国での公式HPは → コチラ

HPのティル君の表情が何とも言えませんな。悲しげな顔で・・・。見ていないのでよく分からないのですが、とにかくワタシってば期待しております。
by Alichen6 | 2009-05-11 23:21 | ドイツ映画 | Comments(11)

 昨日の続きでございます~。ガチガチのナチ・裁判官として有名だったローラント・フライスラーの裁判の様子が映像に収められておりますので、ご紹介しちゃいます。有名な映像なのでご存じの方も多いと思いますが・・・。改めて見ますと、居丈高にがなりたてる様子に絶句してしまいます・・・。フライスラーについて横着ですが引用させていただきますと:

『フライスラー:1893-1945、1942年から45年まで、ベルリンの民族裁判所(Volksgerichthof)長官。また、ユダヤ人虐殺のシナリオを練った42年のヴァンゼー会議出席者の1人としても知られている。フライスラーは法律家の資格を取得し、やがてロシアで捕虜を体験、1925年にナチ党に入党する。その後、ヒトラーお気に入りの法執行者となり、43年に「白バラ運動」のショル兄妹、そして翌年のヒトラー暗殺未遂事件(あり注:映画「ワルキューレ」で知られる7月20日の暗殺未遂事件のことですね)関与者を裁いた。彼が裁くベルリンでの公判の模様が映画に収められているが、それには大声でがなり立て、死の宣告前の囚人に対する計算し尽くされた精神的虐待を加える彼の様子が映し出されている。』(以上、三交社「ナチス第三帝国事典」より一部引用しました)

『フライスラーは真赤な法服をまとって登場し、ほとんど1人で審理を進めた。怒鳴り散らすかと思うと長広舌をぶち、被告の発言を思うままにさえぎった。とくに被告が反ナチ行動に出た動機を説明しようとすると、揚げ足をとり、皮肉を浴びせ、ついには発言を禁じた。現代の感覚でいう裁判とは似ても似つかぬもので、ひっきょうナチズム礼讃の茶番にすぎなかった』『被告たちを次々と容赦なく処刑場におくりこんでいたフライスラー自身に、運命の鉄槌がしのび寄っていたことを本人は、知るべくもなかった。45年2月3日の午後、シュラーブレンドルフに対する公判が始まろうとしたところで、空襲警報のサイレンが鳴り響き、判事、検事、被告ともぞろぞろ地下室に避難した。その直後、人民裁判所の建物が直撃弾に見舞われ、フライスラーは落ちてきた地下室の梁の下敷きになって瀕死の重傷を負い、すぐ病院に担ぎ込まれたが、死んでしまったのである』(以上、中公新書「ヒトラー暗殺計画」小林正文著 より引用しました)

↓ 当時の記録映像です。44年7月20日の総裁暗殺未遂関連の裁判のようです。英文字幕入り。


↓ こちらは入廷の様子も記録されております。

by alichen6 | 2009-05-10 10:30 | ドイツのこと | Comments(0)

e0141754_13352374.jpg 本のご紹介です。熊谷徹著「ドイツは過去とどう向き合ってきたか」。戦後の賠償問題や歴史認識について、とかくドイツと比較されがちな日本なのですが、実際ドイツがどのような形で過去と向き合ってきたのか、何となく知ってはいたものの具体的には知りませんでした(恥) これで「ドイツ語のほにゃくしてますっ」と言うのはあまりにも恥ずかしいと思い、この本を購入して読んだ次第です。学術書と違い、多くの人に分かりやすいよう、写真も多く盛り込んでコンパクト説明されておりますのでワタシでも理解できて助かります。1)政治の場で 2)教育の場で 3)司法の場で 4)民間の取り組み 5)過去との対決・今後の課題 とテーマごとに分けてあるため、様々な角度からドイツの取り組みを知ることができますです。無知をさらけ出すようで恥ずかしいのですが、3の「司法の場で」は驚きました。司法の戦争責任が全く問われていないという事実。(不当判決を下した裁判官が戦後起訴され、法廷の前に引き出されたことはあったそうですが、いずれも無罪判決を下されたとのこと。)ドイツの大半の裁判官が『公平の原則を放棄して、ヒトラーへの忠誠を誓っただけでなく、死刑判決などを通じ、反体制派やナチスの政策に従わない市民の弾圧に、重要な役割を果たした』と指摘し、大きな反響を巻き起こしたという本が同書の中で紹介されておりました。著者熊谷氏も指摘していますが、私も「白バラ」裁判でひどい判決を下したフライスラー裁判長を思い出しました。映画「白バラは死なず」や「白バラの祈り」でも描かれておりましたが、狂信的なまでにナチを崇拝する同裁判長は、人民法廷においてとても裁判とは呼べない偏った「見せしめ裁判」を行いました。被告を頭ごなしにどなりつけ、あまりに高圧的な態度は見ていて絶句しちゃいます。この裁判長は戦争中に空襲で死亡しております。でも、仮に戦後まで生きていたらどうなったのでしょうか・・・。

 これ以外にも印象深いと思ったことが2つ。1つは東ドイツ時代の取り組み。共産主義の東ドイツは、資本主義との対立を全ての尺度としてしまったため、戦争責任をすべて西側に押し付けてしまったそうです。当然、東ドイツの戦争責任はあいまいのまま。共産主義者がナチと戦ったことばかりが強調されていたため、国民1人1人が過去を心に刻むということがなされなかった模様です。

 そしてもう1つは最後の章に出てくる『ドイツ人は「被害」を語ることができるのか』の項。一(いち)ほにゃく犬が偉そうに書くのは気が引けるのですが、WW2を扱った映画やインタビューなどに触れておりますと、「ドイツの一般市民もまた、ナチの被害者だった」「赤軍の蛮行(具体的にはレイプなど)に市民は相当苦しめられた」「ドレスデンなどの空爆によって、女子供まで無差別に殺された」といった論調をたびたび耳にするような気がしておりました。「えっ いいのかな~ こんなこと言って」とよく思っておりましたが、この章を読みますと、実際にドイツ統一後は教科書でも微妙な変化が現れてきており、ドイツ人が被害を語る著書も次々と出版されている模様です。私の気のせいじゃなかったのね。同書から一部、引用させていただきますね:
『NGO「償いの証」のシュタッファ氏は、「ドイツ人が被害者でもあったと語ることは許されるべきです。だが、ドイツ人が被害を受けた原因は、ドイツが戦争を始めたことにあるということを強調するべきです」と語る。ドイツでは、世代の変化につれて、被害者論が強まる可能性がある。この流れにどう対応し、過去との対決を続けていくかは、ドイツ人が背負った大きな課題である』(以上、引用終わり)
by Alichen6 | 2009-05-09 13:35 | ドイツのこと | Comments(8)

Maus フェア


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e0141754_9462645.jpg GW はほとんど家で過ごしました(涙)。唯一出かけたのが、紀伊国屋書店の新宿南店で行われたマウスフェア。ドイツにお詳しいフランツさんのブログ「道楽ねずみ」でフェアのことを知り、ちょうどすぐ隣の東急ハンズで買わなきゃいけないものもあったので早速行ってきました。店舗の片隅にマウスコーナーを設け、絵本やDVD、グッズを販売するだけなのですが、一角はモイゼ(マウスの複数よ♪)がうじゃうじゃ。面白かったです。残念ながら私が行ったときはマウスの着ぐるみは現れず。マウスがいたら一緒に写真撮っちゃおうかな~いいトシして恥ずかしいかな~アホみたいかな~などと心配していたのですが、杞憂に終わりましたです、ハイ。

e0141754_9465782.jpg このマウス、2005/2006年の「日本におけるドイツ年」のマスコットでしたよね。あ~ あの年は楽しい仕事がたくさんあってよかった~(遠い目)。そのころ、NHKでも「だいすき!マウス」のタイトルで放映されていたそうですが、今は終了してしまった模様。残念!ドイツでは Die Sendung mit der Maus として、1971年から放映されているんだそ~です。トボけていてカワイイ。













ワタシはキ~ホルダー~と長い絵葉書を数枚購入。ボールペンやノートなどの文房具が欲しかったのですが、売ってなくて残念!腰に手を当て、サッカーボールに足を乗せてポーズを決めるマウスがク~ル。
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by Alichen6 | 2009-05-08 09:49 | ドイツのこと | Comments(6)

 先日の続きでございます。ソーセージに続いて今度はパン。オーストリアのとある農村でのパン作りが取材されておりました。放映されたのが今から24年前。この農村では当時、各農家が自家用のパンを焼いていたんだそうです。パンを焼くのはだいたい2週間に一度。この村はアルプスに近いこともあり、傾斜が多く土地もやせていたために質のいい小麦が育たず、もっぱらライ麦でパンを焼いていたんだそうです。最近(というか、このドキュメンタリーが作られたころ)では町で小麦粉も買えるようになったため、ライ麦粉と半々で焼くようになったとか。Roggenbrot (ライ麦パン)ではなく、いわゆるRoggenmischbrot(ライ麦と小麦のミッシュブロ~ト、ミックスのパン)ですね。放映から四半世紀経った現在でも農家が自家用のパンを焼いているかどうか分からないのですが、このDVDによって古くから伝えられてきた風習を垣間見たような気がしました。だから下で紹介させてくださいっっ

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 パンを焼くのは農家の主婦の仕事。分量の配合や、パン焼き窯にくべる薪の本数、そしてその薪の組み方などは各農家に秘伝の方法があるんだそ~です。このDVDで紹介されていたパンの焼き方について、下でご紹介いたしますね。

<あるオーストリアの農家のパン焼き>
1)4人家族、2週間分のパン → ライ麦粉と小麦粉半々で12キロ用意する

2)大きな桶に粉を入れ、お湯に溶いたイーストを加える(DVD では触れられていなかったのですが、いわゆる生イーストではなく、黒パンに欠かせない Sauerteig (サワー種)だと思われます。酸味が加わるんですよね)

3)種を30分間、桶の中でひたすらこね、1時間寝かせて1次発酵させる。

4)2年間乾燥させたトウヒの薪をパン焼き窯の中で組み上げ、火をつける。番組内で紹介されていたお宅では24本を組み上げるんだそうです。「何度で焼けばいいのか誰も知らないけれど、自分のかまどの中で薪を何本、どのように組めばいいのかは誰でも知っている」というナレーションが入ります。印象深い内容でした。おいしいパンを焼くための秘訣が代々伝えられてきたのでしょう。

5)パンを手で丸~く成形して二次発酵させる。

6)火をつけてから2時間経った段階で薪を崩し、かまど全体に「おき(おきび)」を散らばらせる。かまどの中の温度が均一になるようにするため。

7)トウヒで作った箒で灰や薪の燃えカスをかき出し、パンの生地を入れて余熱で1時間焼いてできあがり❤

8)切り分ける前に、パンの裏側にナイフの刃先を当てて十字を切る。感謝のしるしだそうです。

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 オーストリアの農家を取材したものだったのですが、ドイツとよく似ているな~と思ってしまいました。思い出したのは Anna Wimschneider の Herbstmilch や、ある女性写真家が撮り残したバイエルンの農家の写真で構成されている「Heimatbilder」という本。特に後者の本に出てくる、農家の主婦がパンを焼く記述がほとんど同じでした。この本は20世紀初頭のバイエルンの農家について記したものなのです。ってことは~ 地理的に近いこともあり、オーストリアとバイエルンの自家用パン焼きは似ていたということ。そして20世紀初頭の農家の風習が、少なくとも1985年までは続いていたということですな。ビックリでごじゃります。21世紀となった現在はどうなんでしょう?その後、ドイツ統一もありましたし、農家にも近代化の波が押し寄せているはずです。女性の役割も大きく変わったしなぁ・・・。「おいしいパンを焼くということは、農家の主婦にとって大切な仕事」というナレーションが入りましたし、上に挙げた本でも同様のことが書かれておりました。さすがに21世紀のドイツでは、これは受け入れられないかも・・・。

以下、Albert Bichler 著「Heimatbilder Erinnerungen an das alte Dorfleben」から一部引用させていただきます。ドイツ語だけでスミマセン:
『Das Brot wurde von den meisten Bauern selbst im eigenen Backofen gebacken. Und so war der Backtag - jeweils nach zwei bis drei Wochen - ein herausragendes Ereignis. Hier konnte die Bäuerin - oft war es auch die Grossmutter - ihr Können unter Beweis stellen.』
『Nun kam der Brotvorrat für die nächsten drei bis vier Wochen in die Speisekammer, wo die Brote stehend in eigens dafür geschaffenes Regalen, sicher gegen Mäusefrass, aufbewahrt wurden.』
『Der hohe Respekt gegenüber dem Brot gebot es auch, dass nach altem Brauch ein Laib vor dem ersten Anschnitt auf der Unterseite mit der Messerspitze bekreuzigt wurde.』
↓ パンはこうして専用の棚に立てて保存したそうです。画像はDVD「人間は何を食べてきたか」より。
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by Alichen6 | 2009-05-06 17:51 | ドイツのこと | Comments(11)