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日本にいながらドイツする♪  ドイツ・ドイツ語・ドイツ映画を愛してやまない下っ端字幕ほにゃく犬「ありちゅん」が字幕ほにゃく見習い眉毛犬「Milka」と一緒に書く日記


by Alichen6
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*某所で書いた日記の一部を転載・加筆しちゃいました~。

 いきなりですが、前からギモンに思っていたことがあるのです。「マーマレード」というと、英語圏および日本では、オレンジなどの柑橘類を砂糖で煮詰めたものを指しますが、ドイツ語の Marmelade はいわゆる「ジャム」。柑橘類じゃなくてもオッケ~。「ブルーベリーのマーマレード」もアリ。私が大好きなのは「ラズベリーのマーマレード」。不思議だな~と思っているのは私だけ?

 検索したところ、「マーマレード」「marmalade」の語源には諸説あるようです。どれが正しいのかいな?
1)ポルトガル語のマルメロ(カリンの一種)から
2)ギリシア語 melimelon (はちみつのように甘いメロン)から
3)mar-(はちみつ)+ mal (リンゴ)+ ade (…で作られたもの)から
4)船酔いしたスコットランドのメアリー女王がオレンジのマーマレードを食べて回復したんだそうです。船員たちが「Mary malade!(メアリーが病気だ!)」と言ったそうですが、そこから来てるとか…ホントか?

 オレンジ・マーマレードの起源は18世紀にさかのぼるそうです。オレンジを山積みにしたスペイン船が嵐のため、仕方なくスコットランドのダンディーという港に停泊していたそうです。嵐はなかなか収まらず、積み荷のオレンジはどんどん古くなっていく・・・。オレンジなんて南国の果物はほとんど見たことがないスコットランドの人々。ある女性が見かねてそのオレンジを砂糖で煮たんだそうです。それがあまりにも美味でみんな大喜びした、という言い伝えが残っているんだとか。(詳しくはコチラを)

 ドイツでは一般的に、いわゆる「ジャム」の総称としてMarmelade を使っていますよね。ところが1982年にEC(当時はECでしたよね~)の条例に従い、ドイツでも「Marmelade という名称は、柑橘類で作られたものにしか使わないこと。それ以外は、粒入りならフランス語由来の Konfitüre (コンフィテューレ)という名称を、粒のないゼリー状なら Gelee (ジェレー)という名称を使用する」と定められたんだそうです。 マーマレード発祥の地である英国にならったんでしょうね。

 確かに Konfitüre という単語もよく耳にします。が、一般の人たちは、粒があろうがなかろうが、柑橘類だろうがイチゴだろうが、やっぱり Marmelade と言っているような気がするんだけどなぁ。イチゴジャムなら Erdbeerkonfitüre じゃなくて、Erdbeermarmelade と呼んでいるような気もするのですが… そのあたり、どうなんでしょう?

 …ということで Wiki を見てみましたら、載ってました。2003年に規制が緩められ、中小のジャム製造業者には、国内で販売するものに限ってオレンジ以外の果物で作ったジャムにも Marmelade という名前をつけてよいとの例外が認められたそうです。これはEU議会も承認したそうで、輸出向け以外は堂々と「Himbeermarmelade」などという名称のラベルを貼ってもいいようですね。だから巷では今でも「Konfitüre」と呼ばずに「Marmelade」と呼んでいるんだ~ ナットク。

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Villeroy & Boch (ヴィレロイ・ボッホ)の小さなマルメラーデ入れ。カワイイっしょ。
by Alichen6 | 2008-02-29 10:18 | ドイツの食べ物 | Comments(8)

 年初から公開中の「ヒトラーの贋札」を見てきました。アカデミー賞の外国語映画賞を受賞したということで、さぞかし混んでいるのでは・・・と思ったのですが、朝一番の回だったこともあり、結構すいておりました。

<簡単なあらすじ>
 ユダヤ人のサリーは天才的な腕を持つ印刷工。その技術を生かして偽札や偽造パスを作り、その名を世界に知らしめていました。しかしそんなサリーもお縄となり、強制収容所送りとなります。そしてほかのユダヤ人収容者と同様、過酷な労働を強いられ、仲間が次々と死んでいく中で屈辱と恐怖の日々を送っていました。ところがある日突然、ザクセンハウゼン収容所に移送されます。偽札を流通させることで敵国の経済に打撃を与えようとする「ベルンハルト作戦」のためでした。

 同じ印刷工の収容者ブルガーはサボタージュや団結をサリーたちに呼びかけ、ナチスに抵抗しようと試みますが、サリーはおとなしく偽札を作ることで少しでも生き延びる道を選びます。彼らが収容所内の作業所で作ったポンド紙幣は見事イギリスの銀行の検査をすり抜け、その精巧さを証明することになります。次に作るのはドル紙幣。ところがブルガーのサボタージュにより、なかなか完成に至らないまま時が過ぎていきました。

 完成を急ぐナチス側はサリーたち印刷工に圧力をかけるようになります。サボタージュを続けるブルガーに賛同できないサリーでしたが、正義を全うしようとする彼の主張に多少なりとも共感を覚えるのでした。結核を患う若いユダヤ人収容者コーリャを気遣い、ほかの収容者とも仲間意識が芽生え、サリーは自分だけ生き残ればよいとは思えなくなります。しかし運命は過酷でした…

************************
 監督は「アナトミー」「アナトミー2」などで知られるシュテファン・ルツォヴィツキー。この監督はドイツ人ではなく、オーストリア人だったんですね。私ったら今回初めて知りました。てっきりドイツ人かと。主人公サリーを演じたのはオーストリアの人気俳優カール・マルコヴィッチ。実はこの俳優さんの出世作をごく最近見ることがありました。だもんでこの映画を観るのを楽しみにしていたのです。出世作となったドラマでの役柄は「お人好しで少々ヌケたところのある刑事」。このイメージが強かっただけに偽札造りの悪党には見えませんでした・・・。ブルガーを演じたのはドイツの人気若手俳優アウグスト・ディール。ちょっと神経質かつ繊細で、気難しい若者を演じさせればピカ一ではないかと思います。親衛隊将校を演じたのは、「イェラ」「厨房で逢いましょう」でも出演したデーヴィト・シュトリーゾフ。この人も最近、ちょくちょく見かけるような気がします。

 「アナトミー」のときも感じたのですが、ルツォヴィツキー監督はセットの細部までこだわる監督さんのようです。小道具一つ一つに至るまでおそらく正確な時代考証のもとに作られたのではないかと思われます。ついつい細かいところに目が行ってしまいました。ベッドのスプリングってこんなだったのね、とか、偽札の原版ってこうやって作るのね、とか。実話をもとにしているだけに話はリアリティに満ちています。収容者たちの言動に目を光らせるカポ(kapo:強制収容所でほかの囚人を監督する囚人)の非情な振る舞いに私まで腹を立て、収容者が殺されるシーンでは思わず目をおおいました。欲を言えば、主人公サリーの心情にもっと迫ってほしかったな~。精神が極限状態にある、というのがもっと伝われば、よりリアルになるんじゃないかと。何となく感情移入しきれぬまま終わってしまった感もあります。もちろん、私の個人的な感想なのですが。

 なお、ブルガーは実在の人物をモデルにしています。お年は90を超えるそうですが、ご健在とのこと。妻がアウシュヴィッツで死んだのは自分のせいだとの自責の念にかられ、過去の呪縛から立ち直るのに40年を要したとのこと。高齢ながら昨年来日を果たし、語り部としての責務を果たすべく、日本でも自らの経験を語ったそうです。この方については過去ログ → コチラを。
by Alichen6 | 2008-02-27 15:59 | ドイツ映画 | Comments(4)

ごあいさつ


 こんにちは。下っ端字幕翻訳犬「ありちゅん」です。昨年末までココログでブログを綴っておりました。ココログのブログに来てくださいました多くの方々に、改めて御礼申し上げます。最初は気分転換のつもりでブログを始めたのですが、そのうちに多くの方々が来てくださるようになり、「せっかく貴重な時間を割いて来てくださったのに、ショボい内容じゃ申し訳ない」との思いから、せっせと更新するようになりました。

 そ~なると、本業との兼ね合いもあり、しんどくなってくるんですよね。本業の息抜きが目的だったのに、本業を圧迫するようではいけない・・・と。本業で自信が持てないこともあり、「このままじゃいけない!」との焦りから更新をやめました。駄文ではありましたが、ちょこちょこ綴るのは楽しかったです。ドイツつながりで知りあいになれた方々との楽しい交流は何物にも代えがたく、つながりが切れてしまうのは悲しかったのですが、本業最優先のために仕方ないと思いました。

 …が!1月2月は楽チンでよかったのですが、やっぱり「あ、これ書きたいな~」「あ、この話題、みんなで盛り上がりたい!」ということがちょこちょこ出てきてしまい、むむむ~っと迷い始めてしまいまして。

 で、本業を圧迫しない程度にちょこちょことまた書いたりしちゃおうかな~と思ってしまったのであります。ここんところ、その日の日付で検索し、その日にドイツでは何が起きたかを調べて一人で楽しんでおりました。とりあえず、たま~に「今日は何の日?」をテーマに書いちゃおうかな~と思うようになった次第です。きっちり調べようとすると負担になるので、それこそウィキペディアから引用したり、事実だけを書いたりする程度になると思うのですが、もしご興味がありましたら、またお立ち寄りくださいませ。と言っても、大した内容が書けるわけではなく、また素人の駄文をお見せするのは申し訳ないとの思いも相変わらずあるのですが。それから、私的には絶対に外せない「食べ物ネタ」「映画ネタ」も時折ちょこっとだけ…。

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by Alichen6 | 2008-02-26 11:08 | つぶやき | Comments(18)

2月26日


 2月26日といえば、私たちが真っ先に思い出すのは二・二六事件。ドイツでの二・二六とは何じゃ?と思い、検索してみました。

1871年2月26日に、普仏戦争(Deutsch-Französischer Krieg)の仮講和条約 “Vorfrieden von Versaille(ベルサイユ仮講和条約)" が締結されておりました。その直前の1月18日にヴェルサイユ宮殿の鏡の間にてプロイセン王ヴィルヘルム1世のドイツ皇帝即位が宣言され、ドイツ帝国が成立していますよね。1月28日には休戦協定が、さらに5月10日にフランクフルトにて正式な講和条約が締結されています。

鏡の間で皇帝に即位するヴィルヘルム1世の絵は・・・ → コチラ すごく混雑してますな。

仮講和条約を国民に知らせる官報は → コチラ

左がフランス語、右がドイツ語です。冒頭だけ書き出しますと:Zwischen dem Kanzler des Deutschen Reichs, Herrn Grafen Otto v. Bismark=Schönhausen, der mit Vollmacht Seitens Seiner Majestät des Deutschen Kaisers und Königs von Preußen versehen ist, dem Staatsminister des Außeren Seiner Majestät des Königs von Bayern, Herrn Grafen Otto v. Bray=Steinburg, dem Minister der auswärtigen Angelegenheiten Seiner Majestät des Königs von Württemberg, Herrn Freiherrn August v. Wächter, dem Staatsminister, Präsidenten des Staats=Ministeriums Seiner Königslichen Hoheit des Großherzogs von Baden, Herrn Julius Jolly, ...

Reichs-Gesetzblatt とはナンジャラホイ? → 1871年から1945年まで発行されたドイツ帝国官報で、条約・法律・法規命令などが記載されたんだそうです(小学館独和大辞典参照)

5月に締結されたフランクフルト講和条約にて『フランスは東部のドイツ人居住地域であるアルザス・ロレーヌ地方3県を失い(1919年までドイツ領エルザス=ロートリンゲン州)、20億フランの賠償金の支払いを義務付けられた。またフランス領内に進駐していたプロイセン軍は1873年9月まで駐留することが決定された(ウィキペディア「普仏戦争」より引用)』 

「最後の授業」を思い出します…。拙宅の記事で恐縮ですが → 「最後の授業」が消えたわけ
by Alichen6 | 2008-02-26 08:33 | 今日は何の日? | Comments(0)

2月18日


(某所に載せた日記の転載です。もう読んでくださっている方には2度目で申し訳ないです~)

 今年に入ってから、ちょくちょく「今日は何の日ふっふ~♪(←分かる人には分かっていただけるネタ)」ってワケじゃないのですが、ちょくちょく「今日は何の日」かチェックしております。

 今日2月18日を検索してみました。結構いろいろなことが過去に起こっていたんですね。

1943年2月18日:「白バラ抵抗運動」で知られるゾフィー・ショルが兄とともにミュンヘン大学で反体制のビラをまき、逮捕された日でありました。この2人は映画「白バラの祈り ゾフィー・ショル、最期の日々」で有名になりましたが、私は1982年に製作された「白バラは死なず」も好きです。ご参考までにウィキペディアから引用させていただきますと:

『ゾフィーは兄のハンスとともに、ミュンヘン大学において白バラ抵抗運動のメンバーが起草した抵抗ビラのうち、6番目のビラを屋上からばら撒いたところを大学の職員に発覚され、ゲシュタポによってハンスと共に逮捕された。尋問においてゾフィーもハンスもビラがあったことを知らずに落としてしまったと否定していたが、ハンスの住居からハンスが所有していたビラの草案とクリストフ・プロープストの数通の手紙、8ペニヒの切手数百枚が発覚し、また若い男が住居の近くの郵便局で大量の切手を買ったことが報告されため、ビラの作成は2人で行ったものであるとしてクリストフ・プロープストから嫌疑をそらそうとしたものの、プロープストは捕えられた。

逮捕の4日後の2月22日、民族裁判所長官ローラント・フライスラーは起訴されたゾフィー、ハンス、クリストフ・プロープストを感情的に怒号しながら非難する口調で尋問をし、戦時にビラをまくことで、軍需のサボタージュと国家社会主義体制の破壊とヒトラーへの誹謗中傷を行い、利敵行為を行い、ドイツの防衛力を破壊しようと試みたとして死刑判決を下した。その際に弁護人は被告の3人を弁護するどころか恥ずべき行為をしたとして非難までした。しかし、3人とも自分たちの行為は多くのドイツ人が内心では支持しているのだとして、堂々とした口調で反論をした。

判決が下されたその日の夕方5時ミュンヘン・シュターデルハイム執行刑務所においてゾフィーはハンス、クリストフ・プロープストと共にギロチンにかけられ、21歳の短い生涯を閉じた(引用終わり)』

同じく1943年2月18日、宣伝相ヨーゼフ・ゲッベルスがシュポルトパラストにおいて演説を行い、総力戦を宣言していたんですね…。Wollt ihr den totalen Krieg? (諸君は総力戦を望むか?)という演説はドイツ人の間でも有名らしく、この口調を真似するシーンを映画で何度か見かけたことがあります。

YouTube によるゲッベルス演説の画像は → コチラ

私は戦争は断固反対ですが、こうした過去の画像を見て歴史を知ることって大切なんだな~と改めて思います。この演説、明瞭な発音で非常に聞き取りやすく、分かりやすい内容だったんですね。「洗脳」のパワーを感じます…。
by Alichen6 | 2008-02-18 13:42 | 今日は何の日? | Comments(4)