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日本にいながらドイツする♪  ドイツ・ドイツ語・ドイツ映画を愛してやまない下っ端字幕ほにゃく犬「ありちゅん」が字幕ほにゃく見習い眉毛犬「Milka」と一緒に書く日記


by Alichen6
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カテゴリ:ドイツ珍道中( 105 )



 初日の大きな目標は、ぬゎんと映画博物館のハシゴ。フランクフルトとデュッセルドルフにそれぞれ映画博物館があるのですが、それを一度に見ようと思ったのです。あの日は結構暑かった…。その前の週はバイエルン州で40.3度(!)を記録したとか。私が行ったときはだいぶ下がっておりましたが、それでも暑かった~。

 市内をちょこっと見たあと、マイン川にかかる橋を渡りってフランクフルトの映画博物館へ。こんな立派な建物です。
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 中は4階までありました(日本式なら5階)。地上階は受け付け・ショップ・カフェ。1階、2階が常設展。1階は主に映画や映写機の黎明期についての展示でした。2階はCGの仕組みや実際に撮影に使われた衣装など、作品関係の展示でした。写真はフラッシュを焚かなければOK。3階と4階は特別展で、この期間はゲーム関連の展示でした。ゲームは縁がないのでパス。

 元祖映画、「パラパラ漫画」!「Bioskop」という映写機の走りみたいなのを作ったスクラダフスキーが、このパラパラ漫画でも有名だったそうです。1892年に作り始めたそうですよ。ドイツ語ですと、Daumenkino。親指映画って感じかしらn。
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 パラパラ漫画を機械仕掛けにした「Mutoscope (ドイツ語はMutoskop)(ムトスコープ)」。作ったのはアメリカ人で、1894年のことだそうです。ドイツでも、かなりポピュラーだったそうですよ。お金を入れて上から覗くと、850枚もの写真が中でパラパラ~~っとなるらしい。展示されてたポスターは、ロートレック風でこれまた素敵。
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 出た!発明王エジソンの「キネトスコープ」!お金を入れると、「動く写真」が見られる仕組み。1891年に発明されたんですって。ニッケル硬貨で見られることから、「ニッケルオデオン」と呼ばれたって何かで読みました。ウィキには「ピープ・ショー」と呼ばれたって書いてあるんですけど…(苦笑)。これじゃ「のぞき小屋」ですな。画像が反射していてすみません。左上は正面から見たところ、右は横から。左下の画像は、上に貼られていたプレートを拡大したものです。ウィキの説明は → コチラ
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 ・・・こーんな感じで、映画の黎明期に関する資料が展示されておりました。面白かった!今の映写機に近い機械が発明されるまで、みんな試行錯誤したんですねぇ…。

 そして2階へ。女優さんが着た衣装だとか、CGのためのグリーンスクリーンだとかが展示されておりましたが、いちばん感激したのは…

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うひゃーー! ブリキの太鼓だ!
                                       キィィィ~

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 結構、使いこんであって汚れていました。これを、あのオスカル様・・・じゃなかった、オスカル少年がキィィィ~と言いながら叩いたんですね。

 そして地上階のショップで絵葉書などを買い、帰ろうと思ったら…  ん?

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これは、「耳のないウサギ」ではないですか!!! ティル・シュヴァイガーが主演・監督を務めた作品です。とっても面白かったのですが、日本ではドイツ映画祭で上映されただけ。ソフト化されていないのが残念!さらに、昨年上映されて大ヒットを記録した「Honig im Kopf (直訳:頭の中にはちみつ)」のカチンコも!

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 とにかく、時差ボケを抱えながらも頑張って見に行った甲斐がありました。受け付けのお姉さんがとてもフレンドリー。マイン川沿いにあって、眺めもよかった❤ 満足です。
by Alichen6 | 2015-09-09 17:34 | ドイツ珍道中 | Comments(11)

 皆様、日曜日の夜をいかがお過ごしでしょうか?連日のように、私の旅日記をダラダラ載せてしまい、皆様ウンザリなさっているのでは…と心配だったのですが、コメント欄で励ましのお言葉をいただき(ありがとうございます~~)すっかり気をよくしたワタクシ。根が単純なので、喜んでまた続けちゃいますっっ 皆様、引き続きお付き合いくださいませ…。

 旧東ドイツ→ナチ→旧東ドイツ→ナチ…と、こってり濃厚な旅を続けたワタクシは、さらに濃ゆ~い所に行ってしまったでございます。ベルリンでマルチにご活躍の Hideko さんと素敵なカフェで待ち合わせしちゃったのです。大通り「カール・マルクス・アレー」にあるという話。地図で調べ、張り切って出かけました。

 地下鉄の駅から出てみたら、すんばらしい景観。やたらだだっぴろい通りにビックリしました。カール・マルクス・アレーはもともと Grosse Frankfurter Allee と呼ばれていたそうです。1949年にその一部が「スターリン・アレー」という名に改称。とにかく目抜き通りだけは立派に!という共産圏にありがちな見栄っ張りロード。パレードに使いますからゴージャスにしなくちゃね。通りの両側には瀟洒な建物が立ち並び、壮観でございました。なんでも、「Arbeiterpaläste(労働者の宮殿)」と呼ばれたそうで、DDR(ドイツ民主共和国)の強さや技術の高さを誇るものだったそうな。スターリンの死後は彼の批判が起きたこともあり、1961年に現在のカール・マルクス・アレーへと改称されたんだそうです。

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並木通りの出発点はアレクサンダー広場。テレビ塔も見えますね。
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ちなみに、この駅で降ります。地下鉄「Alexander Platz」駅からU5で2駅のシュトラウスベルガー・プラッツ駅。
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てくてく歩いていると、ぬゎんとトラビのオープンカーが!!!「トラビ・ワールド」というトラビのレンタカーみたいなのがあるんですよねー。その集団でした。
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そしてお友達と待ち合わせをしているカフェ・ジビレへ。なんとレトロで素敵な外観!これはもう私の大好物でございますよ。
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中はこんな感じ。レトロで素敵❤ 頼んだのはKäsekuchen (チーズケーキ)でした。チョコレートソースが見た目ほど甘くなく、美味しかったです。コーヒーは、なぜかオーストリアのマインルでしたが…ここまできたら、旧東ドイツでは一般的だった Ersatzkaffee (代用コーヒー)もオツなものかと(←本気)。
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ところで! 待ち合わせの時間より少し早く着いたので、あたりを散策しておりました。そしたら見つけちゃいましたよ!!!
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「善き人のためのソナタ」に出てきた書店だ…!!   ヒデキ感激☆

 そーです。最後の感動的なシーンで出てきた、あの書店。東西ドイツが統一したのち、自分を助けてくれたシュタージの諜報員に感謝をこめてドライマンが本を出版しますよね。その本をヴィースラー元大尉が手にするという、あの感激のシーンです。あの書店がぁぁぁぁぁ!!!!

 書店は残念ながら閉店となったそうです。今は文化財として保護されているんだとか。東西が分断していた頃、東ドイツを訪れた西側の旅行者には、1日あたり25西ドイツマルクの両替が義務付けられていました(交換レートは実勢を無視した1対1)。しかし東は物価が低い上に買いたいと思えるものが少なく、25東ドイツマルクを使い切るのは大変。だからみんな、この書店でブレヒトやクリスタ・ヴォルフなどの本を買って帰ったんだそうです(←ネット記事情報です)。また、品薄でなかなか手に入らない本がここなら買えるということで、東ドイツの国民にとっても憧れの書店だったとか…。

 思いもかけずこの書店の前を通ることができて、えらく感激いたしました。カフェも素敵だったし、わずか1~2時間という短い時間でしたが(飛行機の時間が迫ってた)DDR三昧で堪能いたしました。Hidekoさん、ありがとうございました~❤
by Alichen6 | 2015-09-06 23:35 | ドイツ珍道中 | Comments(12)

ヴァンゼーへ


 皆様、私の旅日記に付き合ってくださって、ありがとうございます。。もう飽きてしまわれたのではないでしょうか… すみませんっっ

 ドイツ人って Urlaub (バカンス)が大好きです。でもって、バカンスで大量に写真を撮ってきます。パソコンが今のように一般的ではなかった80年代のころ、みんな「Dias」にすることが多かったような…。いわゆる「スライド」ってヤツです。これをスライド映写機でカシャっカシャッと映していくんですな。こうしたスライドは子供の時に見たことがあったものの、大人になってからはほとんど見かけませんでした。ところが80年代くらいまで、ドイツの人たちはスライドが大好きだったような記憶が…。でもって、お客を招いて延々と旅の画像を見せ続けるという… トホホ。私はこの「Diaabend」が結構苦痛でした。自分が興味を持っている場所ならいざしらず、マヨルカ島の景色だとか、彼らが食べたものだとか、ホテルだとか、ビーチだとかを延々と見せられるのですから。。。

 ところが全く同じことを今、自分もやっているんですよね。ううう、すみませんっ そう思うと申し訳ない気持ちになります。

…と言いつつ、またまた皆様に旅の写真をお見せしてしまいます。あと少しですので、お許しください040.gif

さてさて、ザクセンハウゼンへ行った翌日、今度はヴァンゼーに行ってしまいました。案内してくださったのは、六草いちかさん。そーです、森鴎外の「舞姫」を突き止めたベルリン在住の作家さん(→詳しくはコチラとかコチラとかを!)。車に乗せてくださって、ありがとうございました〜010.gif そうです、1942年1月にここでナチの要人が集まり、「ユダヤ人問題の最終的解決」について話し合ったのでした…。

このヴァンゼー会議記念館の公式HPがとても充実しています。なんと、日本語版もあります → コチラ

今回は車で連れていっていただいたのですが、以前S-Bahn でヴァンゼー駅を通りがかった際、写真を撮っておりました。ベルリンの南西部に位置し、とても風光明媚なところです。
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ヴァンゼーの湖畔に鎮座していたライオン。いちかさんによると、「ヴァンゼーのマーライオン」だとか…(笑)
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記念館入口。
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ヴァンゼー会議が開かれた別荘。これが現在、記念館になっています。とても素敵な館でした。夏は樹木が鬱蒼としているので、建物も木に隠れてしまっています。
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銘板
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入ったところです。庭が一望でき、すばらしい場所でした。こんな美しい景観が望める別荘で、どうしてあんなに残忍な話し合いができたのか…
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会議の参加者。議長は国家保安本部の長官ラインハルト・ハイドリヒ親衛隊大将。そのほかには「白バラ」のショル兄妹や7月20日ヒトラー暗殺未遂事件の関係者を裁いたことで知られるローラント・フライスラー司法相次官、ゲシュタポのユダヤ人担当課長だったアドルフ・アイヒマンがおりました…。
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 こういう負の歴史を後世に語り継ごうとする努力を感じ、またまた複雑な思いに駆られたのでありました…。それに比べ、どこかのオッサンは…  

*******************

えへへ♪ お土産にいただいてしまいました♪♪ ビレロイ・ボッホの香り石。フローラルの素敵な香りがします。さすがビレロイ!いちかさん、ありがとう~~❤ 思春期のワタクシにとって、フローラルはまさにツボ!よいかほりに酔いしれております。ビレロイというのも◎!
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by Alichen6 | 2015-09-05 20:55 | ドイツ珍道中 | Comments(8)

 私の旅日記にお付き合いいただき、ありがとうございます。美しい風景満載の日記でもないのに、来ていただいて申し訳なく思います。 さてさて、ディ~プなDDR体験のあと、再びナチに戻ってしまいます。よく晴れた水曜日。ベルリン郊外にあるザクセンハウゼン強制収容所へ行ってきました。昨年はワイマール近郊のブーヘンヴァルト強制収容所へ行ったので、私にとっては2回目のKZです…。ちょっとショッキングな画像もありますので、後半は折りたたみました。ご興味のある方は、「More..」をクリックしてくださいね。

ブーヘンヴァルト強制収容所へ行った記録は → コチラ

 S-Bahn のS1でフリードリヒシュトラーセ駅から終点のオラニエンブルクまで行き、そこからバスに乗り換えればよいのです。ところが工事だか何だかで電車は途中でストップ。途中の区間だけ Ersatzverkehr (よ~するに代わりのバス)を利用しましょうってことですな(汗)。距離は大したことがないんだけど、乗り換えやら何やらで時間がかかりました。帰りはDB(ドイツ連邦鉄道)の Regionalbahn (レギオナルバーン)を利用。オラニエンブルクから中央駅まで行ってくれます。同じ切符で乗れますし、こっちのほうが速くて快適でした。klimatisiert (クーラーつき)だしね。←昔と違い、気温が高くなったドイツでは、クーラーがついているかどうかも利用のポイントとなってしまいました…。

何度か乗り換えながら、ようやくたどり着いたオラニエンブルク駅。ここからバスで数分。「Gedenkstätte」で降ります。
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「GEDENKESTÄTTE UND MUSEUM」の文字が書かれた壁。
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敷地内を進むと、強制収容所の門が見えてきます。
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アウシュヴィッツに掲げられていることで知られる、「ARBEIT MACHT FREI (働けば自由になる)」のスローガンがここにも。なんという皮肉…! ちなみに、昨年行ったブーヘンヴァルトでは「JEDEM DAS SEINE (各人にはそれぞれが応分に持つべきものを与える)」というスローガンでした。
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全体像。白くて分かりづらいですが収容所は三角形▲で、バラックは放射状に建てられておりました。
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映画「ヒトラーの贋札」でも出てきた、収容所内のバラック。
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ここから先、ご興味のある方は下をクリックしてくださいませ。

More...(よろしければクリックを)
by Alichen6 | 2015-09-02 12:05 | ドイツ珍道中 | Comments(4)

  DDR(ドイツ民主共和国、旧東ドイツ)の跡を巡るディ~プな旅は続きます。プレンツラウアーベルク界隈を闊歩したあと、夜はDDRレストランへ連れていってもらいました。いや~とにかくDDRなレストランでした…。

Osseria サイトは → コチラ
(場所は、ちょっと分かりづらいかも。プレンツラウアーベルクとヴァイセンゼーの間あたりにあります)

「オッセリア」の正面。夜はいつもビュッフェなんですねー。
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中はこんな感じ。
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ジャーン!これがメニューの表紙です。
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ビュッフェでお料理を取ってまいりました。懐かしい~~ どうですか、このDDR感は!!!メインは鶏のシュニッツェル。それに赤キャベツをグニュグニュに煮たもの、ポテト、塩茹でカリフラワー、人参とグリンピースを塩茹でしてとろみをつけただけのもの。カップに入っているのは Eintopf (アイントップフ)。野菜や肉のごった煮スープですな。赤キャベツのグニュグニュ感が、モロDDR!そして味がどれも塩っ辛かった…!昔のドイツ料理ってどれも塩がきつかったですよね。最近は健康志向も反映して塩が少なくなってきているけれど。こんなにしょっぱい料理は久しぶり~~。血圧が一気に上がりそうでよかった(こう見えてもワタシは血圧が低いのです)。
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そして店内に所狭しと飾ってあるDDRグッズ。懐かしいものばかりです。
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  …こうしてディ~プな夜は更けていったのでした。絶品ドイツ料理とは言えませんが(汗)、とっても懐かしいお味でした。アルバイト(?)の店員さんが、とってもキュートでかわいらしかった!聞いてみたら1991年生まれ。そー、DDRを知らない世代です~。
by Alichen6 | 2015-09-01 12:26 | ドイツ珍道中 | Comments(0)

 クルトゥーアブラウエライの続きです。旧東ベルリンのプレンツラウアーベルク界隈。統一前は、どってことのない地区だったそうですが、今や若者の間で人気のスポットなんだそ~です。前から昼間に行ってみたいと思っていたのですが、なかなか機会がなかったのでした(夜は昨年行ったのですが)。今回、友人が案内してくれて垣間見ることができました。私も28年前に行っているハズなのですが、ほとんど記憶に残ってない…。

エバースヴァルダー通り+シェーンハウザー・アレー+カスターニエン・アレーの3本が交わる交差点。地下鉄「エバースヴァルダー通り」駅のすぐそばです。
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ぬゎんと、ここは旧東ドイツの映画「Berlin Ecke Schönhauser」(過去の記事はコチラ)のロケ地だったのでしたー。
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プレンツラウアーベルクにあるゲッセマネ教会。
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ここは統一前、デモの活動拠点の1つだったそうです。何度も同じ画像を載せて恐縮ですが、壁崩壊直前の姿です。今も当時も横断幕は掲げられるものなんですね。
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映画のタイトルにもなった、シェーンハウザー・アレー。ま、フツ~の通りですが…
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「エバースヴァルダー通り」駅の1つ先、「シェーンハウザー・アレー」駅。地下鉄のほか、S-Bahn もあります。なんだか駅前はごちゃごちゃしていました。それが若者にはいいのかな?
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友人が「是非行こうね!」といってパンフレットをくれていた「コノプケ」の軽食スタンド。なんでも、カリーヴルストの老舗なんだとか。ところが!ほかのものに気を取られて見落としてしまった…!シェーンハウザー・アレーを線路沿いにずっと歩いていたにもかかわらず気づかなかった…!痛恨のミスです。
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このコノプケ特製、手作りマグカップが欲しかった(苦笑)!だって取っ手がソーセージとポテトなんだよ~!?!すっごくヘンだよ~!?!次に絶対リベンジするぞ!
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Konnopke's Imbiß サイトは → コチラ

…というワケで、映画のロケ地となった高架下を眺めながら、交差点のすぐそばにあるカフェ「Impala」でカプチーノと Apfeltasche (リンゴのパイです)を食べたのでした…。この時点では、コノプケのことはすっかり忘れておりました。ガックシ。
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ドイツ人に混じって埃っぽい大通りに置かれた椅子で食べていたら、すぐ近くに住んでいるというウワサの女優さん(ハイケ・マカチュ)が目の前を通った! 日本ではあまり知られていませんが、ドイツでは有名です(コチラ) 
by Alichen6 | 2015-08-31 11:23 | ドイツ珍道中 | Comments(6)

チーズ足


 話はそれますが、旅先でミョ~なブツを見つけてしまい、ついつい買っちゃいました。うっしっし。

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    チーズ足!うひゃ~~

 実はですね~ 大昔お世話になったホストファミリーのお父さんが、よく「Käsefüße」のネタでガッハッハ!と笑っていたのです。そー、「臭い足」。臭いチーズを前にしては、よく「うわっ これは足の臭いだっ」とか言ってウケていたのでした(←子供みたいですな)。

 英語でもそう言うのかしら?確かに、納豆と同じで発酵の進んだチーズは臭いですよねー。難しい言葉はすぐ忘れるのに、こういう表現はいつまでも記憶に残っているから不思議。なお、検索してみたところ「Käsefüße」と名付けられた食べ物は結構多いので、これまたビックリ。これ(コチラ)とか、これ(コチラ)とか。足形の型抜きもありました。これでチーズを抜くのかな(コチラ)。

 子供の頃、家族のために一日中汗水たらして働いてくれた父に向かって「パパ、足クサイ~ あっち行って~021.gif」と言い放っていたワタシは本当に親不孝者です。

 …そんなワケで、Käsefüße という言葉にミョ~に郷愁を感じてしまうワタクシです。

*****************

 ところで気になるお味と香りですが、ゴーダチーズみたいな感じで、まったく臭くない(笑)。食べやすいチーズでございました。
by Alichen6 | 2015-08-29 09:53 | ドイツ珍道中 | Comments(2)

(1つ前の日記の続きです)

 で、その「Kulturbrauerei」の博物館でやっていたのが特別展「DDR(ドイツ民主共和国、旧東ドイツ)の日常」。すっごーーーーーく面白かったです。もしかすると、シュプレー川沿いにある「DDR博物館」より面白かったかも?

 全体的に感じられたのは、批判的な目線。当時を懐かしむという雰囲気ももちろんあったのですが、どちらかというと自虐的な内容が多かったような…。SED(ドイツ社会主義統一党)によるお決まりのスローガン、行き詰まりを見せる計画経済、卑屈なまでのソ連崇拝、西側資本主義国との微妙な関係…。

 案内してくれたのは、30年来の友人で旧東ドイツ出身の女性。会うのは実に28年ぶり!竹を割ったような性格で(ドイツに竹は生えてないけど)、89年の壁崩壊前はデモにも参加していたとのこと。彼女と回っていると、「ああ、この電燈、うちにもあった!」とか「ああ、この工作機械、私も使える!私の最初の職業は機械工だったのよー(←さすが元共産圏の女性!)」とか、リアルな解説が聞けて2倍楽しかった!

Kulturbrauerei 博物館のサイトは → コチラ



では「DDRの日常」展の始まりです。
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まずはエ~リヒの笑顔から。「計画の実現は我らの義務!計画を上回ることは我らの名誉!」だそーです。計画経済の理念なんでしょうね…。
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いきなりDDRマークがお出迎え。確か、麦の穂は農業を意味し、コンパスは英知を意味し、ハンマーは労働を意味したハズ。
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DDRワールド、炸裂!
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琺瑯の看板たち。東ドイツ用語である「Plasta(プラスチックのこと。西ドイツでは言わない言い方です)」の文字も見えます。
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なんと! テントをのっけたキャンピング:トラビ(トラバント)
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「何が何でも外貨を!」 慢性的な外貨不足に悩むDDRは、なりふり構わぬ外貨獲得に乗り出しました。輸出用の製品に力を入れた結果、国内は品物不足…(涙) 
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矛盾の塊、Intershop! 国民が大事にため込んでいる外貨を吐き出させるため、そして観光客から外貨をせしめるため、外貨でしか買い物ができないお店が登場。1988年の売り上げは11億2,100万西ドイツマルク。7億西ドイツマルクの純益ですって。スゲー。そして当然、売っている品物は贅沢な化粧品やコーヒー&ココアなど、東ドイツ国民にとっては垂涎のお宝商品ばかり。
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仰天の通販、Genex。西ドイツの国民が東ドイツの親戚や友人にプレゼントするための通販カタログで、外貨でしか注文できません。Wiki によると、9割が東ドイツ製の商品だったそうですが、本国なら何年も待たされた商品(典型的なのが車!)も、Genex なら待たずに入手できたとか。さらに、1割は西側の華やかな商品。西側にそういった「親切な親戚」を持たない東ドイツの人たちの間で不満が高まる結果に。
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Genex通販のカタログのタイトルは「DDRへの贈り物」。なんというか、「自分たちの国民への贈り物を」と、他国の通貨でしか買えないカタログを発行しちゃうあたり、プライドというものはなかったんだろーか… 物乞いスレスレ。
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「東ベルリンから来た女」の中で、西側の男性と関係を持った女性が登場しましたよね。彼女は情事のあと、ベッドの上で通販カタログを見ながら指環を選んでいましたが、あれは今から思うとGenex だったのかも。



「グッバイ、レーニン!」で主人公アレックスが手にして喜んだ「Tempo豆」シリーズも見えます。テンポエンドウと、テンポレンズ豆。「Tempo」ってドイツ語では「迅速」「クイック」という意味なので、おそらく水につけると早く戻るんじゃないかなぁ。
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西の「ハンバーガー」にあたる「グリレッタ」。友人に、「ホントにそう呼んだの?」と聞いたところ、友人は「あったぼ~よ!」 彼女は、この訳語がピッタリなキャラなのです。
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西の「ホットドッグ」にも似た「ケットヴルスト」。同じく、「ホントにそう呼んだの?」と聞きましたら、やっぱり彼女の反応は「あったぼ~よ!」
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友人がこれを見て、「けっ  ひっでぇスローガン」と小声で吐き捨てるように言っていたのをワタシは聞き逃さなかった…!「一緒に働こう、一緒に計画しよう、一緒に(機械を?)操縦しよう」
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そしてソ連へのおべっかも当時はすごかった!スローガンは、「ソ連から学ぶということは、勝利を学ぶということだ」
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*****************

 友人が最後に言った言葉が印象的。「今の社会にもイロイロ問題はあるけれど、過去に戻るのだけは絶対にカンベン」。

 旧東ドイツなどの旧共産圏のデザインは日本でも結構人気がありますよね。実際、ベルリンでは今も旧共産圏のグッズが蚤の市で売られていたりします。かくいうワタシもDDRグッズが大好きです。だけどね、それを「クール」だと言っちゃうのは現実を知らないからだ、当時を知らないからそんなのん気なことが言えるんだ、なんて改めて思い知らされました。旧東ドイツのグッズを見ながらはしゃぐ私に対して友人は、「へぇ~ なんでこんな忌まわしい物が好きなの?」なんて言っていましたので…。私も恥ずかしくなったのでした。過去を懐かしむ気持ちというのは誰にでもあるけれど、それは「いい思い出」に対してのみ。息の詰まるような監視社会に暮らし、慢性的なモノ不足に悩んだ彼らからすると、過去というのは決して「いい思い出」ばかりではないのでしょう。私の友人も、実の兄弟(上と下に4人くらいいたそうです)の1人がシュタージのIM(非公式協力者)だったのではないか、と疑っていました。それを知るのが怖いから、シュタージの文書の開示申請はしていないって。
by Alichen6 | 2015-08-27 09:28 | ドイツ珍道中 | Comments(4)

 旅はナチからDDR(旧東ドイツ)へ。28年ぶりに会った30年来の友人が、カルトな名所「Kulturbrauerei」へ連れていってくれたのです。これは旧東ドイツ地域にあるビール工場。19世紀末に建てられたそうで、赤レンガ造りが素敵。ベルリンの建物にしては珍しく、空襲による大きな被害もなく保存状態のよい建築物なんだそ~です。今は映画館・劇場・レストラン・オシャレなお店などが入る複合施設としてカルト的な人気を誇るんだとか。前からウワサには聞いていたのですが、行ったことがなかったのです。友人は東ドイツ出身である上に長い間この地区に住んでおりました。1987年にも私は通りがかっているハズなのですが、まったく記憶がない…。当時はこんな商業施設じゃなかったものですから。

 地下鉄 Eberswalder Straße (エバースヴァルダー・シュトラーセ)駅の近く、Schönhauser Allee (シェーンハウザー・アレー)という大通りに面しています。若者に人気のスポット、プレンツラウアーベルク界隈です。

 こーんな感じ。レンガ造りでオシャレですねー。
奥に Kino (映画館)の文字が見えます。
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そして Museum の文字も見えますねー。
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ウワサの大通り、シェーンハウザー・アレー。ごくフツ~の大通りではありますが…
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 そしてワタシたちは博物館へ… そこでは、ぬゎんと旧東独に関する特別展がやっていたのです~~~
by Alichen6 | 2015-08-27 07:10 | ドイツ珍道中 | Comments(0)

€ マーク


 ちょっと重い日記になってしまったので、違う話題を…

 初日はフランクフルトでした。目的は映画博物館です。午後には移動しないといけなかったので、空港から急いで市内に移動し、慌ただしく市内を見て博物館へ。その際に通りがかったのが…

   どどーーーーーーん!
                                           ひゃ~~~

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おお!ドイツのニュースによく出てくる「€」ではないですか~~

 すぐ後ろの高層ビルは、つい昨年まで欧州中央銀行が入っていたビルだったんですね。ど~りで。だから為替関連ニュースなどの時によく登場したんですね、このマークが。ただし欧州中央銀行は昨年移転し、今は別のビルにあるらしい…。

 裏から見ると、こんな感じ。
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 このマークを眺めつつ、パン屋さんでパンを買って朝食にいたしました。2.30ナリ。
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 25年ぶりくらいに見たレーマー広場&市庁舎。中国からの旅行者で混雑していました。
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by Alichen6 | 2015-08-26 17:51 | ドイツ珍道中 | Comments(2)