ほにゃく犬の字幕ほにゃく日記 deutschali.exblog.jp

好きなリンク先を入れてください

日本にいながらドイツする♪  ドイツ・ドイツ語・ドイツ映画を愛してやまない下っ端字幕ほにゃく犬「ありちゅん」が字幕ほにゃく見習い眉毛犬「Milka」と一緒に書く日記


by Alichen6
プロフィールを見る
画像一覧
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

カテゴリ:ドイツ珍道中( 105 )


最後にフルダへ



長々と、ワタシの珍道中にお付き合いいただき、ありがとうございました。これで最後です。アイゼナハからフルダへ向かい、1泊してからフランクフルトへ行ったというワケです。フルダは前から気になっていたのですが、行ってよかった❤ とても素敵な街でした。


e0141754_15573798.jpg


抜けるような青空。フルダの Stadtschloss です。「フルダ城」と訳されているみたい。画像を加工したワケじゃないのにこの色…!

e0141754_15541511.jpg

フルダの大聖堂。逆光でしたが、これはこれで趣がありますよね。

e0141754_15554568.jpg

旧市街の模型がありました。一番奥に大聖堂があります。

e0141754_15561940.jpg


 いま気づいたのですが、見どころの1つ、旧市庁舎をちゃんと見なかった…!画像を探したら、かろうじて写っているのが1枚だけありました。一番奥の木組みの建物がソレです。ああ、惜しいことをした…!正面から見たかった(涙)
e0141754_07222596.jpg

アイゼナハやエアフルトと同様、木組みの家がたくさんありました。どこもキレイに手入れされていて美しい…うっとり。
e0141754_16213723.jpg

おっ と思ったのが、修復中の家。木組みの家って、こうやってメンテナンスするんですね。しっくいがはがされた状態でした。構造がよく分かる…
e0141754_15565483.jpg


木の部分は黒だけじゃないんですね。この家は茶色に黒の縁取り。たまに「木組み風」の家も見かけるけど(表面に黒いペンキで「木組み」っぽく塗られたもの)本物はそばで見るとよく分かりますよね。

e0141754_16221763.jpg

この家は木枠を黒く塗り、ふちどりが赤。華やかだなぁ…
e0141754_15584810.jpg



…なんて思っていたら、ななななんと!この家は、ブラウン管で知られるカール・フェルディナント・ブラウンさんの生家だった!今はレストランみたい。ちなみにブラウン管ってドイツ語で Kathodenstrahlröhre と言うんですね。初耳(恥)。俗称が Braunsche Röhre なんだそうな。
e0141754_15591912.jpg


…というワケで、珍道中は終わりです。お付き合いいただき、ありがとうございました。翌日フランクフルトへ行き、30年来の友人と久しぶりに会っておしゃべりし、夜の便で帰りました。また行けるかなぁ…行けるといいな。






by Alichen6 | 2017-03-13 15:59 | ドイツ珍道中 | Comments(3)

アイゼナハ市内へ


 皆様、週末はいかがお過ごしでしょうか?またまた旅行記にお付き合いさせてしまって、すみません。アイゼナハでは午前中にヴァルトブルク城へ行き、午後は駆け足で市内を回りました。バスで市の中心地へ戻り…


広いマルクトプラッツにある聖ゲオルク教会に…
e0141754_17541913.jpg
こちらは市庁舎。なんか、空がすっごい色に撮れております。
e0141754_17545224.jpg

木組みの家が美しかった…!

e0141754_13582320.jpg

ルターがかつて住んでいた家の隣に近代的なルターハウス(博物館)が。
e0141754_13470031.jpg


ルターが住んでいた家は、こんな感じ。素敵です。

e0141754_13471177.jpg
看板でございます。
e0141754_13472233.jpg


ルターハウスから比較的近いところに、バッハの生家もあります。
向かって右隣りに近代的な博物館も。

e0141754_13474671.jpg

1685年3月21日にバッハがこの家で生まれたというプレート。
このプレート自体、とても古いもので1868年に作られたみたい。
戦争も経てきた年代物。

e0141754_13475563.jpg

博物館内にかかっていた写真。
空襲を受けたのでしょうか。ボロボロです。
悲しそうに見つめるバッハ像。
e0141754_13482794.jpg


そのバッハ像です。
e0141754_18014866.jpg

バッハの家の中。

e0141754_13481618.jpg


これが面白かった!当時の楽器が飾られていたのですが、これもその1つ。
一見するとバイオリンですが…
e0141754_13485019.jpg


レントゲンで撮るとアラ不思議。バイオリンの中にホルンっぽいラッパが…!
ラッパを吹きながらバイオリンも弾けちゃうという優れモノ。
演奏者はプープーギコギコ、忙しいなぁ…
e0141754_13483680.jpg

…というわけで、駆け足でしたがアイゼナハの要所は全部押さえたゾ。その後、電車でフルダへ…






by Alichen6 | 2017-03-11 18:05 | ドイツ珍道中 | Comments(2)


 またまたドイツ珍道中に戻ります。お付き合いいただき、恐縮です…。エアフルトで1泊し、翌日朝早くにアイゼナハへ向かいました。バッハが生まれた地であり、ルターがかつて住んでいた街でもあります。また、ルターがこもって聖書のドイツ語訳をしたというヴァルトブルク城もあります。

e0141754_11142881.jpg


アイゼナハ駅は、こんな感じでした。駅前にバスターミナルがあるので、10番系統でヴァルトブルク城へ。

e0141754_20570064.jpg

 寒い朝。バスでお城のふもとまで行きました。看板が立っています。ここから先は歩き。

e0141754_20571167.jpg

こんな車が停まっていました。
e0141754_20572382.jpg


とにかく寒かった!湧き水が凍っています。
e0141754_20580277.jpg
おお!お城が見えてきた…!雲ひとつない快晴。
e0141754_20590992.jpg

パノラマ写真に挑戦。ちょっとひずんでしまいましたが、なかなかの出来栄え?(☜自画自賛)
e0141754_20592343.jpg

お城の案内図。
e0141754_21152370.jpg

お城の中に、Luther Stube (ルターの部屋)があります。
聖書のドイツ語訳を行った部屋があるのです。
e0141754_21022652.jpg


ここです。足置きに使ったという、クジラの背骨(椅子の横にある白い物体)は当時のものなんだとか。
それ以外はレプリカだそうです。
e0141754_21020217.jpg

部屋に掲げられていたプレート。16世紀末のころからすでにルターファンによるルター詣でがあったそうです。で、熱心な支持者(というか、ファン)は自分の名前や日付を壁などに刻みこみ、記念に家具の一部を削り取って持ち帰ってしまったんだそうな。それで、クジラの背骨以外は何も残っていないという…。
e0141754_21124314.jpg


 …ヴァルトブルク城の中も見学できるそうです(有料・ガイドつき)。しか~し、時間の関係で参加しませんでした。午後には次の目的地であるフルダへ行く予定にしていたので、それまでにアイゼナハの市内も見たかったのです。。アタフタアタフタ=3=3=3=3






by Alichen6 | 2017-03-07 21:48 | ドイツ珍道中 | Comments(4)

 エアフルトでは、ガイドに載っているような素敵な場所を散策しました。大聖堂やクレーマー橋(橋の上に古い家が並んでいます)、そして古い街並み。ふと地図を見ると、「Gedenkstätte(記念館)」とあります。何コレ? 行ってみると…

e0141754_08055140.jpg



…かつての政治犯収容所でした。今は記念館 兼 若い人たちのための教育施設となっている模様。考えてみると、そうですよね。今の中学生や高校生は、生まれたときからすでに統一ドイツ。親御さんも恐らく40代でしょうから、壁が崩壊したときはまだ未成年。東ドイツの記憶は語り継がないとどんどん忘れられていってしまうのかも…。

 …なお、この施設は階ごとに展示のテーマが決まっていました。 ①収容所の実態(3階)②ドイツ社会主義統一党(SED)による独裁(2階)③革命(1階)この3種類です。

e0141754_08060781.jpg


まず、収容所に関する展示から。床に書かれた文字。ここから先は名前ではなく、番号で呼ばれた事実をイメージ化したもの。VR36 というのは監房(最近は居室というのでしょうか?)の番号、Ⅳは4番目のベッドという意味だそうです。これは4人部屋のケースですね。


e0141754_08214596.jpg


「事情を聞きたいから、ちょっと来てくれ」という言葉から始まるんだそうです。この Kommen Sie mit zur Klärung eines Sachverhalts! というのは、ほかでも目にしたことがあります。おそらく決まり文句だったんでしょうね。こうして政治犯は身柄を拘束され、全国に17か所あった拘置所へと移送されます。苦痛の日々が始まるんですね…

e0141754_08220734.jpg


身柄を拘束された者は、犯罪者のような扱いを受けるそうです。まず警察で事情聴取が行われ、その後に護送車(車種はバルカスB1000など)で拘置所へ移送されるそうです。
e0141754_08064177.jpg


バルカスB1000って、昨年バウツェンの政治犯収容所に展示されていました。コレ(↓)です。
e0141754_21113356.jpg


拘置所内部。寒く、屈辱的で孤独な独房。
e0141754_08062631.jpg


バウツェンの拘置所にもあった懲罰房。
e0141754_08065927.jpg


扉を開けると、さらに扉が。
e0141754_08072117.jpg


中の扉を閉めるとこんな感じ。

e0141754_08073948.jpg


内側から見るとこんな感じ。より重い罰では中の扉が閉められてしまい、トイレの使用が制限されて垂れ流しを強要されるというもの。

e0141754_08075783.jpg

人間の尊厳を奪う残酷な仕打ち。ひどいなぁ…(絶句)
e0141754_08081492.jpg

監房は5分~8分おきに監視されるとのこと。夜は20分おきですって。
e0141754_08083181.jpg


ここにもホーネッカーの写真が掲げられておりました。

e0141754_08104370.jpg


教育のセクションでは、漫画によって様々なケースの解説がなされておりました。東独の体制がいかに理不尽であったかが一目瞭然。たとえばコレ(↓)は、美術専攻の女子大生エリカの場合。彼女は自分の個性を発揮したいと願っていますが、国が望むのは「社会主義リアリズム」。エリカは教授と衝突し、退学になってしまいます。このあと、①当局の言うことをきいた場合 ②逆らった場合 の、2種類が描かれています(ここでは省略。著作権もあるでしょうし…)。①は、織物工場に2年間勤めたのち復学を許され、当局が望むような絵を描く画家になるという結末。②は悲惨。退学処分になったエリカは、画家として働く道を断たれます。それでも絵を諦められず、隠れ家でこっそり描き続けるエリカ。ある日、当局から「事情を聞きたいからちょっと来てくれ」と言われ身柄を拘束されます。そしてエリカは「反社会的行動」のために逮捕されてしまいます…ううう、悲しすぎる。これ以外にも様々なケースが漫画で示されておりました。リアル。

e0141754_08244609.jpg


Anpassung(当局の言うことを聞き、合わせた場合)は右へ、Eigensinn (自分の意志を押し通した場合)は下へ。それぞれの結末(末路)が分かるという仕組み。
e0141754_11470965.jpg



小規模ながら、非常に充実した施設でした。最後にトイレへ行こうとすると…
…独房がトイレに!

e0141754_08305589.jpg

中はキレイな普通のトイレでした^^;(トイレなんて載せちゃってすみません)
e0141754_21501244.jpg

…というワケで、とっても充実した1日でした…。











by Alichen6 | 2017-03-01 21:54 | ドイツ珍道中 | Comments(4)

ベルリンでは、ほかにも映画を観たり友達と再会したりしたのですが、それは後回しにして次の目的地の旅行記に移っちゃいます。5日目に鉄道でエアフルトへ向かいました。旧東ドイツに属し、テューリンゲンと呼ばれる地方にあります。東ドイツ出身の友人が、「テューリンゲンに別荘がある」とか「夏はテューリンゲンで過ごすって決めてる」とよく話していて、ワイマール以外の街にも行ってみたいなーと思っていたのです。

e0141754_08051368.jpg



駅から見える「WILLY BRANDT ANS FENSTER」の文字。これは何だ?
直訳すると「ヴィリー・ブラントが窓際へ」って感じでしょうか。
e0141754_08052415.jpg


1970年3月19日、西ドイツ首相のヴィリー・ブラントが、西ドイツ首相としては初めて東ドイツを訪問したんだそうです。ブラントは鉄道でエアフルト駅に到着し東ドイツの閣僚評議会議長(Ministerrat der DDR) ヴィリー・シュトフと会談。ヴィリーとヴィリーの会談は Erfurter Gipfeltreffen と呼ばれているんだとか。初の東西首脳会談だったそうです。


中央駅は統一後に建て替えられ、当時の面影はあまり残っていないようです。
e0141754_08054453.jpg


聞いた話によると、西ドイツのヴィリー・ブラントは東ドイツでも大人気!規制されていたにもかかわらず、市民がブラントを一目見ようと駅まで押し寄せたんだそーです。ブラントが駅前にあるインターホテル「Erfurter Hof」の窓から顔を出したところ、みんな「ヴィリー!ヴィリー!」という大歓声を上げて大喜び。この窓は「ヴィリー・ブラントの窓」と呼ばれるようになったんだとか… 同じ名前なのに人気のないヴィリー・シュトフは、面白くなかったでしょうね(苦笑)

なお、この Erfurter Hof は統一後にホテルの営業を停止。その後、しばらく空き家状態だったようですが、きれいに修復されて現在は商業ビルとして利用されている模様です。




2分04秒あたりをチラ見してみてくださいね。ヴィリーが顔を出します。


さてさて、駅から町中へ。広々とした Domplatz (大聖堂前広場?)があります。向かって左が大聖堂、右がセヴェリ教会ですって。

e0141754_08251051.jpg

両教会とも一段高いところにあります。登って一休み。
これ、なーんだ?
e0141754_08253057.jpg

2つの教会は、こ~んなに接近した状態で建っております。
e0141754_08261849.jpg


大聖堂の祭壇。美しいですね~~。
e0141754_08270978.jpg


お腹がすいたら、テューリンゲン名物の焼きソーセージ、Thüringer Bratwurst。
e0141754_08280633.jpg
エアフルトの街は、木組みの家や古い造りのお店がいっぱい。
どこもきれいに手入れされていて、おとぎの国のようでした。
e0141754_09121195.jpg

お店のフォントがステキ。
e0141754_09123975.jpg

…ふむふむと思いながら街を探索。そうこうするうちに、見つけてしまいました…!
旅行ガイドには載っていないシュタージの拘置所!
こ、こ、これは…!!!(つづく)









by Alichen6 | 2017-02-28 09:14 | ドイツ珍道中 | Comments(4)

 月曜日、早めに宿を出て旧東独の政治犯を収容したホーエンシェーンハウゼン拘置所に行ってきました。「善き人のためのソナタ」の冒頭で取り調べのシーンが出てきますよね。あの舞台となったところです。

e0141754_16291953.jpg

 行き方は… 私はアレクサンダープラッツ駅まで行き、そこから市電に乗り換えていきました。M5系統ならフライエンヴァルダー・シュトラーセで、M6系統ならゲンスラー・シュトラーセで降ります。
e0141754_16290919.jpg
e0141754_16290399.jpg
 博物館や記念館の類は月曜定休が多いけれど、ここは定休日はナシ。9時~18時まで。ガイドは平日ですと11時、13時、15時。3月~11月はこれに12時、14時の回も加わります。土日は10時から16時まで、毎時あるみたい。ちなみに英語の回とドイツ語の回があります。

e0141754_12485295.jpg


<歴史>
 ここはもともと、機械工場があったところなんだそうです。第二次大戦勃発直前の1938年にナチがこの敷地に大調理場を建設したそうです。すぐ近くに捕虜収容所があったらしい。終戦後、米英仏ソの4か国が分割統治しましたよね。ソ連はこの建物を「第3特別収容所」として使用することになったそうです。当時、ソ連軍は占領地区に10個の特別収容所を設置していたそうですが、その3番目ですね。収容されたのは、主にナチ犯罪者。4000人が押し込められ、そのうち900名が亡くなったそうです。1946年/47年の冬、この建物の地下にさらに数多くの独房を備えた収容所が建設されたそうです。独房には窓がなく、薄暗いことから「Uボート」と呼ばれたんだそうな…。1950年には国家保安省(シュタージ)が設立され、この収容所も1951年にはソ連の管轄からシュタージの管轄下に移行した模様。

<実態>
 ここは刑が確定する前の政治犯が収容されたところだそうです。ホーエンシェーンハウゼンが中心的役割を果たしたそうですが、東独には各県に1つずつ同じような拘置所があり、囚人はどこへ送られるか全くわからない状態だったようです。自分がどこにいるのか、これからどうなるのか、そしてそもそも今は何年何月何日なのかもわからず、ただ毎日独房の壁だけを見て過ごす日々。多くの囚人は精神に異常をきたすか、あるいは自白(”改心”)に追い込まれるかしたそうです…。


 常設展の展示から。旧東独の商務大臣を務めたカール・ハーマン。彼は1952年、「サボタージュ」の容疑でホーエンシェーンハウゼンの地下に2年間勾留されたとのこと。これが勾留のビフォー&アフターみたい。人相が変わってしまっているのがよく分かります。ハーマンにはその後、禁固10年の刑が下りましたが途中で恩赦により出獄。その後、旧西独に亡命したんだそうです…。
e0141754_11465112.jpg

拘置所の向かいの建物には「der Operativ-Techinische Sektor」なる部署が入っていました。
これはズバリ、スパイ活動を技術的に支える本部。
盗聴器や隠しカメラなど、スパイ活動で使う道具や機器類をここで作っていたんだそうです。
また、「善き人のためのソナタ」でも有名な「手紙開封機」もここで作ったんだそうですよ!!
それだけでなく、パスポートや文書の偽造もここで行ったそうです。
e0141754_12184355.jpg

e0141754_12185472.jpg


入り口は、こんな感じ。今は病院になっているみたい。

e0141754_12194891.jpg


その建物を、拘置所の中庭から見たところです。
e0141754_12201597.jpg

e0141754_12210272.jpg


…ってことは~~ ライプチヒのシュタージ支部で展示されていた手紙の自動閉じ機も、実はここで作られたってこと?
e0141754_12255343.jpg

蒸気を当てて開封するという機械もここで?
e0141754_12261237.jpg

ベルリンのシュタージ博物館(元国家保安省があったところです)に展示されていた、切り株の隠しカメラもここで作られた?
e0141754_12270803.jpg


…驚きです。


これは所長室。ホーエンシェーンハウゼン拘置所は、全国に17か所あった拘置所を束ねる組織。
ここから各拘置所にいろいろ指令を飛ばしていたのでしょう。
e0141754_12294589.jpg

ザ・DDR(=東ドイツ)な壁紙と、当時マスト(must)だったエーリヒ・ホーネッカーの写真。窓枠が反射して、まるで十字架みたい。。
e0141754_12301891.jpg


ちょっと見づらいのですが、各県に1か所、拘置所がありました。
e0141754_12293134.jpg


実は、拘置所内は勝手に見学はできないのです。必ずガイドつきじゃないとダメみたい。
この日は予定がビッシリ入っており、2時間のガイドを聞く時間がない…
…ということで、拘置所内部の見学は諦めました。
でも、常設展を見るだけでも十分、当時の雰囲気は分かります。


ガイドなしだと、独房はごくごく一部しか見られません。
e0141754_12295704.jpg


昨年の夏、バウツェンにある拘置所を訪れましたが、どこもヒドイ環境。
とくに政治犯の扱いはひどかったようですね。
こうして引き締めを行い、不自然な体制を何とか維持しようとしたのでしょう。ふう。
















by Alichen6 | 2017-02-21 12:36 | ドイツ珍道中 | Comments(23)

ちょっと順不同になってしまいますが、まずはブルーノ・タウトによる馬蹄型集合住宅をご紹介させてくださいっ ユネスコの世界遺産に指定されたこともあり、テレビや雑誌などで頻繁に紹介されていますよね。前から行ってみたいなぁと思っていたのです。馬蹄型集合住宅は世界遺産に指定された「モダニズム集合住宅群」のごく一部。詳しい解説が下のサイトに載っていました。
ウィキペディアの航空写真はコピー&シェア可となっていましたので、下に貼り付けました。
e0141754_13275291.jpg


地下鉄(U7)で行けます。「ブラシュコ・アレー」という駅で下車。歩いて5分!
e0141754_14303120.jpg



こーんな駅。なかなかオシャレです。
e0141754_13265834.jpg


よくある地下鉄の駅とは一味違うカンジ。
e0141754_13263589.jpg

駅のロゴもオシャレです。
e0141754_13262120.jpg



駅からてくてく歩くと、すぐにインフォーメーションが見つかりました。
ただし朝早くに行ったので、まだ閉まっていました。カフェも併設。

e0141754_13060452.jpg


e0141754_13234237.jpg

「ツム・フーフアイゼン」というレストランが馬蹄の下の部分にありました。
ただし時間が早かったのでオープン前。

e0141754_13234936.jpg


e0141754_13240748.jpg

馬蹄の下の、反対側の部分。
e0141754_13241547.jpg

馬蹄の内側です。この日は寒かった…!
e0141754_13245488.jpg


iPhone でパノラマ写真を撮ってみました。初の試みだったので、あまりうまくいかなかった…。

e0141754_13242601.jpg


馬蹄の真ん中に池があるのですが、それがカンペキに凍っていました。
e0141754_13235846.jpg

ほらね、カッチカチ。
e0141754_13250640.jpg



きれいに剪定された植え込み。きっと夏は緑鮮やかで美しいんでしょうね。
e0141754_13424842.jpg


馬蹄を外側から見ると、こんな感じ。ブルーがとてもきれい。
住人が犬の散歩をしていたので話しかけたところ、この家をとても誇りに思っている様子でした。

e0141754_13431086.jpg


Litfaßsäule (広告柱)があったので撮ってみました。
この馬蹄型集合住宅の沿革&スローガンが書かれています。
Hufeisen gegen Rechts. (=馬蹄型集合住宅は右翼に反対です)。すばらしい!

e0141754_13082035.jpg

これによると、この住宅ができたのは1925年~1933年の間。
馬蹄型集合住宅の向かいにある Krugpfuhlsiedlung は1925年~1927年に建てられた模様。

e0141754_13253832.jpg


ナチの時代、ここに住んでいたユダヤ人や左翼系の人々は家から出ざるをえなくなった模様。
そして驚いたことに、ここにはかつてアドルフ・アイヒマンも住んでいたとのこと。
ビックリです。
(22時訂正・追記:ごめんなさい、アイヒマンが住んでいたのは、
馬蹄の中ではなく、馬蹄の向かいに立てられた Krugpfuhlsiedlung のほうでした。
Krugpfuhlsiedlung と馬蹄は、もともとは1つの騎士領だったそうで
1925年にベルリン市が2つに分けて開発に着手したそうです。
それぞれ別の会社が手掛けたため、コンセプトは異なるらしい・・・
馬蹄はモダン、Krufpfuhlsiedlung はクラシックな設計だったそーです。
お詫びして訂正いたします。)



e0141754_13254722.jpg


幸い、第二次大戦ではそれほど被害を受けなかったみたい。中心部から外れているからかな。

e0141754_13255347.jpg

そして住人達が極右の台頭を懸念し、立ち上がった模様。すばらしい!

e0141754_13260145.jpg


この馬蹄だけでなく、周囲の建物も趣があってとても素敵でした。
e0141754_13261239.jpg


馬蹄の周囲に放射状に広がる住宅。
e0141754_13430275.jpg


e0141754_13425503.jpg

しつこくてすみませんっ ここを散策しているうちに、アムゼルに出会ったのです。

e0141754_14153641.jpg





by Alichen6 | 2017-02-19 13:48 | ドイツ珍道中 | Comments(2)

帰ってきました~


 皆様、いかがお過ごしでしょうか? 昨日の夕方、なんとかブジに戻ってまいりました。出発直前に体調を崩したこともあり、前半はエンジン全開とは言い難い状態だったのですが、後半からフル回転!朝から晩までギッチリ予定を詰め、いろいろ見聞きしてしまいました。個人の旅行記なんてお見せしたら申し訳ないかなぁと毎回思うのですが、一方で「こ、このネタはみんなで盛り上がりたい…!」というのもあり、葛藤してしまいますです。

 今回、羽田 ⇒ ベルリンに4泊 ⇒ エアフルトに1泊 ⇒ アイゼナハで途中下車 ⇒ フルダで1泊 ⇒ フランクフルト ⇒ 羽田 …というコースで回りました。アイゼナハで途中下車したのは、祝ルター宗教改革500周年、ということでヴァルトブルク城に行ってみたかったからです~。ベルリンは日中でも零下で寒かったのですが、ユニ●ロの極暖と、現地で買った「なんちゃってPUMA靴下(ザ・まがいもの)」で乗り越えました。靴下は、3足8ユーロという安物の割に柔らかくて暖かかった! 

e0141754_13584748.jpg
 ブルーノ・タウトの設計で有名な Hufeisensiedlung (馬蹄型の集合住宅です)に行ったところ、植え込みにアムゼル(クロウタドリ)が…! 今回、いちばんヒデキ感激☆した瞬間でした。えへへ。夏のリス写真に続くワタシ的ヒット作品です。



 …ということで、また改めてネタをUPさせてください…。




by Alichen6 | 2017-02-18 14:01 | ドイツ珍道中 | Comments(4)

いってきます


e0141754_00195581.jpg

すみません、またちょびっとドイツへ行ってきます。実は火曜の夜中から体調不良だったのですが、気合いで治しました! お目当はベルリン映画祭+α。 面白そうな映画ネタ+α を探してきますね( ^ω^ )


びすばると



.


by Alichen6 | 2017-02-10 00:19 | ドイツ珍道中 | Comments(10)

ダルムシュタットへ


 連日、私の旅行記につき合ってくださって、ありがとうございました。延々と続けてしまってスミマセン…! 夜に羽田行きの飛行機に乗るという最終日、ハンブルクからマインツへ、そしてさらにダルムシュタットに向かいました。ネットの評判を聞いて「ぜひ見てみたい!」と思っていたものがいくつかあったのです。まずは、ユーゲントシュティールの作品がたくさんあるというウワサの「Mathildenhöhe (マチルダの丘)」へ。
 地図は ⇒ コチラ

 マチルダの丘は少し距離があるので、バスで行きました。「F系統」です。乗り場は駅「西側出口(westliche Seite)」のすぐ下(高架の下)。これで、Mathildenhöhe というバス停まで行きます。確か15分くらい乗りました。


e0141754_22540244.jpg


 すると、いきなりこんな建造物が… 「結婚記念塔」です。19世紀末、ヘッセン=ダルムシュタット公国の最後の大公 エルンスト・ルートヴィヒに招かれた芸術家たちが、公国の首都ダルムシュタットに芸術家のコロニーを作ったんだそうです。そしてユーゲントシュティールの建造物をいくつも建てたんだとか。この結婚記念塔はルートヴィヒ大公とマチルダ妃の結婚を祝って1908年に造られたそうです。屋根の部分は、宣誓する手をイメージしているんだそ~ですよ。この中には役所のStandesamt(戸籍係)があり、本当に結婚できるという話。入口でチケットを売っていた女性に聞いたところ、「先週末なんて2組もあったのよ!」 


e0141754_22452759.jpg

 戸籍係のプレート。

e0141754_22523296.jpg


右側の建物にご注目。誰か屋根にいるぞー!

e0141754_22454396.jpg



 斜め横から撮ったために歪んでしまいましたが、この結婚記念塔の横に日時計がついております。

e0141754_23010113.jpg


 そしてロシア教会。ロシア人の方々がお祈りのために何人も中に入っていきました。中は撮影禁止。また、ひやかしで入るのも申し訳ない雰囲気だったのでちょこっと入口から覗くだけにしました。


e0141754_22463250.jpg

 この日は本当に暑い1日でした。青空に金が映えます。老骨にムチ打って歩きました。はい、頑張りましたでございます。

e0141754_22460286.jpg



 結婚記念塔に戻ります。5ユーロを払うと上に登ることができます。入口のモザイクがすばらしい。愛です、愛❤ 戦争で傷んだものの、破壊されることはなかったそうです。
 

e0141754_22464840.jpg


 日曜日だったせいか、塔に登ることはできても、部屋に入ることはできませんでした。入口のガラス窓越しに撮影。結婚式を挙げる部屋はどれだろう? (戸籍係での結婚式って、割とあっさりしていますよね。サインするだけ、みたいな感じで。)


e0141754_08484089.jpg


 おお!金と紺のコントラストがステキではないですかー。ガラス越しなのが残念!中に入ってみたかったゾ。

e0141754_08485350.jpg




 最上階にて(宣誓する指の付け根あたりか?)。窓越しですが、外を眺めることができました。ロシア教会がおもちゃみたい。

e0141754_22470019.jpg



 おお!次のお目当ての建造物がかすかに見える!この画像は拡大したものです。ガラス越しなのでぼんやりしていてスミマセン。

e0141754_22471704.jpg

 次のお目当てとは、オーストリアの建築家 Hundertwasser 百水さんの手による不思議な集合住宅。F系統のバスで市の中心地に戻り、そこから市電に乗り換えていきました。最寄りの停留所は「Messplatz」か「Röhnring」。停留所を降り、2、3分歩くと見えてきました。Waldspirale (=森の渦巻き)。

 地図は ⇒ コチラ   上から見た画像は ⇒ コチラ

e0141754_22473436.jpg


 うひゃ~ テーマパークの建物みたい。フンデルトヴァッサーの最後の作品だそうで、完成したのは2000年ですって。

e0141754_22485622.jpg

 看板を写したのですが、少し歪んでいてすみません。


e0141754_23111655.jpg

e0141754_23112437.jpg

 曲線だけで作られているんだそうです。色といい、てっぺんの玉ねぎといい、なんとも不思議~~ 


e0141754_22491298.jpg


e0141754_22500963.jpg


e0141754_22502594.jpg

 実物が見られて大満足。フランクフルトに早く戻らないといけないため、後ろ髪を引かれる思いで渦巻きをあとにしました。近くの停留所からダルムシュタット中央駅までは市電で1本。さらに鉄道でフランクフルト中央駅までは確か30分くらいでした。

 

 …というワケで、長々と失礼いたしました。今回の旅行もえらくてんこ盛り。「じっくり見る」というわけにはいかなかったけど、いいのです。たくさん見られたから。空港で最後の買い物をしまくり、ようやく出発ゲートへ。飛行機に乗ったとたんにドドッと疲れが… zzzzzzzz…











by Alichen6 | 2016-09-07 23:14 | ドイツ珍道中 | Comments(6)