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by Alichen6
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2017年 02月 21日 ( 1 )



 月曜日、早めに宿を出て旧東独の政治犯を収容したホーエンシェーンハウゼン拘置所に行ってきました。「善き人のためのソナタ」の冒頭で取り調べのシーンが出てきますよね。あの舞台となったところです。

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 行き方は… 私はアレクサンダープラッツ駅まで行き、そこから市電に乗り換えていきました。M5系統ならフライエンヴァルダー・シュトラーセで、M6系統ならゲンスラー・シュトラーセで降ります。
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 博物館や記念館の類は月曜定休が多いけれど、ここは定休日はナシ。9時~18時まで。ガイドは平日ですと11時、13時、15時。3月~11月はこれに12時、14時の回も加わります。土日は10時から16時まで、毎時あるみたい。ちなみに英語の回とドイツ語の回があります。

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<歴史>
 ここはもともと、機械工場があったところなんだそうです。第二次大戦勃発直前の1938年にナチがこの敷地に大調理場を建設したそうです。すぐ近くに捕虜収容所があったらしい。終戦後、米英仏ソの4か国が分割統治しましたよね。ソ連はこの建物を「第3特別収容所」として使用することになったそうです。当時、ソ連軍は占領地区に10個の特別収容所を設置していたそうですが、その3番目ですね。収容されたのは、主にナチ犯罪者。4000人が押し込められ、そのうち900名が亡くなったそうです。1946年/47年の冬、この建物の地下にさらに数多くの独房を備えた収容所が建設されたそうです。独房には窓がなく、薄暗いことから「Uボート」と呼ばれたんだそうな…。1950年には国家保安省(シュタージ)が設立され、この収容所も1951年にはソ連の管轄からシュタージの管轄下に移行した模様。

<実態>
 ここは刑が確定する前の政治犯が収容されたところだそうです。ホーエンシェーンハウゼンが中心的役割を果たしたそうですが、東独には各県に1つずつ同じような拘置所があり、囚人はどこへ送られるか全くわからない状態だったようです。自分がどこにいるのか、これからどうなるのか、そしてそもそも今は何年何月何日なのかもわからず、ただ毎日独房の壁だけを見て過ごす日々。多くの囚人は精神に異常をきたすか、あるいは自白(”改心”)に追い込まれるかしたそうです…。


 常設展の展示から。旧東独の商務大臣を務めたカール・ハーマン。彼は1952年、「サボタージュ」の容疑でホーエンシェーンハウゼンの地下に2年間勾留されたとのこと。これが勾留のビフォー&アフターみたい。人相が変わってしまっているのがよく分かります。ハーマンにはその後、禁固10年の刑が下りましたが途中で恩赦により出獄。その後、旧西独に亡命したんだそうです…。
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拘置所の向かいの建物には「der Operativ-Techinische Sektor」なる部署が入っていました。
これはズバリ、スパイ活動を技術的に支える本部。
盗聴器や隠しカメラなど、スパイ活動で使う道具や機器類をここで作っていたんだそうです。
また、「善き人のためのソナタ」でも有名な「手紙開封機」もここで作ったんだそうですよ!!
それだけでなく、パスポートや文書の偽造もここで行ったそうです。
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入り口は、こんな感じ。今は病院になっているみたい。

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その建物を、拘置所の中庭から見たところです。
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…ってことは~~ ライプチヒのシュタージ支部で展示されていた手紙の自動閉じ機も、実はここで作られたってこと?
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蒸気を当てて開封するという機械もここで?
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ベルリンのシュタージ博物館(元国家保安省があったところです)に展示されていた、切り株の隠しカメラもここで作られた?
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…驚きです。


これは所長室。ホーエンシェーンハウゼン拘置所は、全国に17か所あった拘置所を束ねる組織。
ここから各拘置所にいろいろ指令を飛ばしていたのでしょう。
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ザ・DDR(=東ドイツ)な壁紙と、当時マスト(must)だったエーリヒ・ホーネッカーの写真。窓枠が反射して、まるで十字架みたい。。
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ちょっと見づらいのですが、各県に1か所、拘置所がありました。
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実は、拘置所内は勝手に見学はできないのです。必ずガイドつきじゃないとダメみたい。
この日は予定がビッシリ入っており、2時間のガイドを聞く時間がない…
…ということで、拘置所内部の見学は諦めました。
でも、常設展を見るだけでも十分、当時の雰囲気は分かります。


ガイドなしだと、独房はごくごく一部しか見られません。
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昨年の夏、バウツェンにある拘置所を訪れましたが、どこもヒドイ環境。
とくに政治犯の扱いはひどかったようですね。
こうして引き締めを行い、不自然な体制を何とか維持しようとしたのでしょう。ふう。
















by Alichen6 | 2017-02-21 12:36 | ドイツ珍道中 | Comments(23)