画像を皆様にお見せしちゃったりして、ずびばぜん~。もしご興味がありましたら、ご覧になってみてくださいまし。旅行記を書いたブログへ戻るには →
コチラ
↑ 板東俘虜収容所ロケセット入口 公開最終日に滑り込みセ~フ 雨は止んでいましたが、寒かったです~
↑ ドイツ式体操が披露されたというウワサの鉄棒
↑ 俘虜たちが暮らしたバラック
↑ バラックの中 こうして仕切りがあったそうです
↑ 「禁煙」「整理整頓・清潔に」 さすがドイツ人!
↑ 当時の筆記体。読めませんな、こりゃ。「浴槽の中で石鹸を使うべからず」 日本式のお風呂だからね♪
↑ 印刷所 収容所内で発行された新聞「Die Baracke」もここで印刷されたんだそ~です
↑ 印刷所の中 紙類が散乱してますな ちょっと埃っぽい
↑ 音楽会のポスタ~ 当時、ドイツ帝国の国旗は赤・白・黒でした
↑ 展覧会のポスター 当時の地元住民はおったまげたことでしょう 日に当たって退色しちゃってます
↑ 製パン所 ブレーツェルの看板が嬉しいのだ
↑ パン焼き釜 リアル~
↑ 粉のはかり リアル~
↑ トイレでごじゃるよ。ポスターにご注目。「セットにつき実際には使用できません」 どうりで便器などが置いてなかったワケだ よそのセットはリアルなのに、ここだけは空っぽ
↑ 管理棟です
↑管理棟の中 帳簿みたいなものが山積みになっておりました
↑ ドイツから届いた小包 小道具の芸が細かいです 当時の日本の配達員の人たち、この筆記体が読めたんでしょか
↑ みんなが大好き酒保 酒癖の悪い俘虜は、ここでクダを巻いていたんだろ~か
↑ 酒保の中のカウンター ぐびぐび~~ っぷふぁ~
↑ 酒保の隅っこに置いてあったオルガン
↑ 所長室でござる
↑ カンテラみたいな明かり
↑ 板東俘虜収容所研究のメッカ、鳴門市ドイツ館。とてもきれいな設備でした。特別許可をいただいて貴重な資料も撮影させていただいたのですが、ブログ掲載の許可まではいただいていないので、資料のお写真は載せませんでした・・・
↑ 俘虜が建てた「めがね橋」 カワイイ
↑ 同じく「ドイツ橋」 ゾウが踏んでも壊れないア~●筆入れ並みの強度を誇ります
↑ 看板に2つの橋が架けられた経緯が書かれております
↑ 日本で命を落とし、祖国の地を踏むことができなかったドイツ兵俘虜たちの慰霊碑
↑ 大鳴門橋の「渦の道」は、ところどころ通路がガラス張りになっております コワイのだ~ こちらもゾウが踏んでも壊れない強度があるとのウワサですが、怖くて上を歩けなかった・・・
↑ 「渦の道」は、横風を受けると危険なため、風が通るように通路が金網状になっております だから風がびゅ~びゅ~ スリルがあるのだ~
↑ 渦です 強風のため渦が崩れ気味で分かりにくいのですが、渦です ぐるぐる~
↑ 大塚国際美術館の館内 システィーナ礼拝堂にあるミケランジェロ作「最後の審判」 1枚1枚の絵は撮影禁止とのことなので、残念ながらご紹介できないのです・・・。「モナ・リザ」、「最後の晩餐」、ムンクの「叫び」、ピカソの「ゲルニカ」など、圧巻ですじゃ 「最後の晩餐」は修復のビフォ~&アフタ~が2枚一緒に展示されております
↑ 天井も美しい・・・
↑ 1階から正面を写したところ
↑ もう一度天井 ここで寝泊まりしたいっっ
↑ スクロヴェーニ礼拝堂の壁画 天井が美しい ワタシの自宅もスクロヴェーニ礼拝堂風にリフォームしちゃおうかな~(←ムリ)
↑ トイレにまでミニ陶板が貼ってあります しかも1つ1つ違うのです 私はゴッホが好きなので「ゴッホの個室」へ