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ゲーテ作「ファウスト」翻訳比べ

(某SNSで一度載せた日記を、こちらにも載せてしまいました。二度目の方は、申し訳ないですっ)

 実はゲーテの「ファウスト」の原典を調べることがありました。どうせなら、色々訳を比べたいな~と思って調べてみたところ、これが面白い…!「ファウスト」を最初に日本語に訳したと言われる森鴎外の訳(国会図書館のデジタルアーカイブで閲覧できます)と、ドイツ語を勉強なさった方(ただし少し古い^^;私の時代は、既に別の辞書がメジャーでしたので)なら誰でも知っているドイツ語辞書「木村相良」の相良守峯訳、そして数年前に出た池内紀訳の3つを比べてしまいました。

 ドイツ文学を専攻なさった方なら、きっとこういうことは学生時代にたっぷり勉強されたことと思います。恥をしのんで打ち明けますが、ワタシは文学が苦手で…^^; マンガばかり読んでおりました。なので「ファウスト」もきちんと読んだことって… あの~その~ 実は、なかったのでありました。

<ファウスト>第一部より

★オリジナル
(著作権が切れているので、ネット内で読むことができます → コチラ

Wir sehnen uns nach Offenbarung,
Die nirgends würd'ger und schöner brennt
Als in dem Neuen Testament.
Mich drängt's, den Grundtext aufzuschlagen,
Mit redlichem Gefühl einmal
Das heilige Original
In mein geliebtes Deutsch zu übertragen,
Geschrieben steht: »Im Anfang war das Wort!«
Hier stock ich schon! Wer hilft mir weiter fort?
Ich kann das Wort so hoch unmöglich schätzen,
Ich muß es anders übersetzen,
Wenn ich vom Geiste recht erleuchtet bin.
Geschrieben steht: Im Anfang war der Sinn.
Bedenke wohl die erste Zeile,
Daß deine Feder sich nicht übereile!
Ist es der Sinn, der alles wirkt und schafft?
Es sollte stehn: Im Anfang war die Kraft!
Doch, auch indem ich dieses niederschreibe,
Schon warnt mich was, daß ich dabei nicht bleibe.
Mir hilft der Geist! Auf einmal seh ich Rat
Und schreibe getrost: Im Anfang war die Tat!


★森鴎外訳(1913年)
(国会図書館アーカイブ → コチラより引用いたします)

啓示がほしいとあこがれる。
あのどの傳よりも尊く、美しく
新約全書の中に燃えてゐる啓示がそれだ。
原本を開けて見て、
素直な感じの儘に、一遍
神聖なる本文を
好な獨逸語に譯して見たい。
かう書いてゐる。「初(はじめ)にロゴスありき。語(ことば)ありき。」
もうここで己はつかへる。誰の助(たすけ)を借りて先へ進まう。
己には語をそれ程高く値踏することが出來ぬ。
なんとか別に譯さんではなるまい。
霊の正しい示(しめし)を受けてゐるなら、それが出來よう。
かう書いてゐる。「初に意(こころ)ありき。」
軽率に筆を下さぬやうに、
初句に心を用ゐんではなるまい。
あらゆる物を造り成すものが意(こころ)であらうか。
一体かう書いてある筈ではないか。「初に力ありき。」
併しかう紙に書いてゐるうちに、
どうもこれでは安心出來ないと云ふ感じが起る。
はあ。霊の助(たすけ)だ。不意に思ひ附いて、
安んじてかう書く。「初に業(わざ)ありき。」 (以上、引用終わり)

ゲーテ作「ファウスト」翻訳比べ_e0141754_0173613.jpg★相良守峯訳(1958年)
(岩波文庫より、引用させていただきます)

その啓示は、
新約聖書に示されているものほど、
貴(とおと)く美しく輝いているものは外にはない。
あの原典をひもといて、
誠実な気持でひとつ、神聖な原文を
好きなドイツ語に訳してみたくなった。
こう書いてある、「太初(はじめ)に言葉ありき。」
軽率に筆をすべらせぬよう、
第一句を慎重に考えなければならぬ。
一切のものを創り成すのは、はたして意味(こころ)であろうか。
こう書いてあるべきだ、「太初(はじめ)に力ありき。」
ところが、おれがこう書き記しているうちに、
速くもこれでは物足りないと警告するものがある。
霊の助けだ。おれは咄嗟に思いついて、
確信をもってこう書く、「太初に業(わざ)ありき。」 (以上、引用終わり)


ゲーテ作「ファウスト」翻訳比べ_e0141754_0175389.jpg★池内紀訳(2004年)
(集英社文庫より、引用させていただきます)
啓示を切望する。新約聖書ほど啓示のあふれた書物がまたとあるだろうか。原典をひもといて、その語るところを、ごく素直な気持で好みのドイツ語に訳してみるのはどうだろう。
これはどうだ、「初めに言葉ありき」。はやくもこだわってしまうのだが、さて、どうしたものか。初めに言葉とは、うなずけない。べつのものに変えなくては。これでどうだ、「初めに思いありき」。ゆっくり落ち着いて、みだりにペンを走らせぬこと。「思い」ですべてがあらわせたのか。何であれ生み出して動かすのは「思い」であろうか。むしろ、これはどうだ、「初めに力ありき」。書いたとたんに、ぴったりしないのがよくわかった。霊が助け船を出してくれたのか、ひらめいたぞ、つまり、こうだ。「初めに行為ありき」。

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 あらためて感心してしまったのは、森鴎外訳。すごいっ すごすぎますっWortを「語(ことば)」、Sinnを「意(こころ)」、Tatを「業(わざ)」だなんて。当時はインターネットはおろか、辞書もろくになかったでしょうに、正しく意味を取るのは大変だったのでは。これ以外にも、「へぇ~」と感心しちゃう表現てんこもり。やはり明治の文豪はハンパない。語彙が違うんですよねー。もっと文語文語しているかと思っていたのですが、思いのほか新しい文体で驚きました。
 相良さんは、鴎外訳を相当参考になさったのではないでしょうか。現代語なので読み易いですね。名訳だと聞いていましたが、納得です。原作の重厚さもよく出しておられるような。こんな素晴らしい訳、ワタシには逆立ちしたって無理。そして池内さんの訳は、若い人にも読めるように、との配慮で「超訳」に近いような気がします。原作は難解だけど、翻訳はとっつきにくいこともなく、すんなり頭に入ってくる印象。何よりも字が大きくて助かりました(←結局、ソレかいって感じです。やーね、老眼って。)3つとも、その時代その時代のニーズを反映した、見事な訳です…。脱帽。

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by Alichen6 | 2012-01-07 00:21 | ドイツ語

日本にいながらドイツする♪  ドイツ・ドイツ語・ドイツ映画を愛してやまない下っ端字幕ほにゃく犬「ありちゅん」が字幕ほにゃく見習い眉毛犬「Milka」と一緒に書く日記


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