諸事情がありまして、パソコンを新しくしました。金曜日に届き、ようやく慣れてきたところです。買い替えの際にいろいろ教えてくださった方々、ありがとうございました。ずっとノートパソコンを使ってきたのですが、初めてデスクトップにしたのです(会社勤めの頃はデスクトップを使っていましたが、それもベルリンの壁が崩壊する頃…20年前の話でございます^^;)。ノートではタッチパッドを使っていたので、マウスは実は初めて。最近のマウスって、裏にコロコロの球がついてないんですね。代わりにライトがついてる・・・。こりゃ目からウロコです(←疎すぎ?) マウスパッドがあるといいな~ということで、以前ベルリン在住の友人にプレゼントしてもらった秘蔵のマウスパッドを引っ張り出してきて使っております↓ (もっとも、光学マウスの場合って、マウスパッド不要なんでしょか?)
いかにも“ずべに~あ”な雰囲気の Berlin bei Nacht ですが、ブルーがキレイでとっても気に入っています
ところで右上の富士山みたいな建物、なあに?ベルリンに詳しい方がいらっしゃいましたら、ご教示びって。

いかにも“ずべに~あ”な雰囲気の Berlin bei Nacht ですが、ブルーがキレイでとっても気に入っています
ところで右上の富士山みたいな建物、なあに?ベルリンに詳しい方がいらっしゃいましたら、ご教示びって。

先日、ネット内で本が薦められているのを見て、ビビビ(古い?)と来たワタシは、即注文してしまいました。予想以上に面白かったです!『ニセドイツ1≒東ドイツ製工業品』目次は→ コチラをClick!
『ニセドイツ2≒東ドイツ製生活用品』目次は→ コチラをClick!
伸井太一著、社会評論社
DDR(旧東ドイツ)時代の工業製品や生活用品を、これでもか、これでもか~~と詳しく調べ、その中身や仕組みから使い勝手、評判、そしてそのブツの統一後の運命までが網羅されております。一つ一つの製品を詳しく見ていくと、DDR の政治的背景やイデオロギー、そしてそれらの矛盾などが透けて見えてくるから不思議です。と同時に、過酷な状況下でも失われないドイツ人気質、あくまでも前向きに生きていた東ドイツの庶民の生活も見えてくるような気がします。
壁の崩壊から20年が経ち、ちまたでは崩壊~統一に関する特集番組や特集記事がたくさん組まれておりますが、ジャーナリストの視線とはまた違った、サブカル的視点がとっても新鮮。著者さんは、とっても面白い方のようにお見受けしました。ダジャレ(オヤジギャグとも言ふ)満載で、一見するとDDR を揶揄しているようにも思えるのですが、読み進めていくうちに著者のDDR に対する愛が伝わってきました。政治体制としては矛盾だらけのDDR でしたが、庶民の生活を如実に表わすサブカルチャーには、なぜか人を引き付ける魅力があるように思います。確かに、国家主導で(しかも西側に対抗して)作った製品にはイタさがつきまといます。キッチュでトホホなのですが、それでもなぜか気になってしまう。アメリカナイズされていた西ドイツとは違う、ドイツ本来の「味(素朴さ)」が引き継がれていたからかもしれません。西側的な視点で言うと、西ドイツは確かに「垢抜けて」いましたが、それはドイツらしさ(垢?)を失っていた、ということにもつながります。DDRグッズには本当の意味でのドイツらしさが残っていたのではないかと。…などと、現在ドイツに住んでいるわけでもないワタシが偉そうに熱く語っちゃったりしてすみません。アラフォ~、アラフィフ世代で若いころにDDR へ行ったことがあるドイツ好きの方は必読かも。1900円×2冊なのですが、カラ~写真満載で内容も濃いので納得のお値段と思えます。
おこがましくて恐縮ですが、旧ブログでDDR日記をリンクしちゃいます。最近、拙ブログに来てくださった方、もしよろしければご覧になってくださいまし。 → コチラをClick!
今朝、めざましテレビで明日から公開される『イングロリアス・バスターズ』が紹介されていました。タラちゃんの新作です。とーぜん、観たい!ドイツでは一足先に公開されているそうで、知人も何人かが劇場に足を運んだと行っていました。でもって、みんな「面白かった!」と言っており、ワタシも公開を楽しみにしていた次第です。
まだ見ていないので感想などは書けないのですが、キャストの顔ぶれを見てわくわく♪しています。ざざっとドイツ人の出演者を書いてしまいますね。
クリストフ・ヴァルツ:「めざまし」で軽部さんたちが絶賛していました。演技派なんだそうですね。し、知らない…(恥)。フィルモグラフィーを見てみましたら、2003年のドイツ映画祭で上映された「ガン・シャイ」に出ていたのですが、まったく記憶がない…。
ダイアン・クルーガー:「戦場のアリア」のお姉さん。めちゃくちゃキレイですね~
ティル・シュヴァイガー:言わずと知れたティル君です。以前、ティルがインタビューでタランティーノ監督を尊敬していると言っているのを聞いたことがあります。それだけに出演は嬉しかったでしょうね。
ダニエル・ブリュール:言わずと知れたダニエル君です。ますますビッグになりましたね~
アウグスト・ディール:公式HPには出ていませんでしたが、彼も出演しているみたいです。
ギデオン・ブルクハルト:すみません!書き忘れておりました。Gedeon なので、「ゲデオン」と発音しないのかなぁ?という素朴な疑問もあるのですが、イギリスやアメリカが長かったそうなので、英語風に「ギデオン」でいいのかなぁとも思います。ワタシ、恥ずかしながら知らなかったのですが、ドイツの人気ドラマ「Alarm für Cobra11」にも相棒役で出演していたとのこと。
ジルヴェスター・グロート:「我が教え子、ヒトラー」でゲッベルス役を演じた俳優さん。「ブッデンブローク」でも怪しげな銀行家を熱演しておりました。一癖ある役をやらせるとヒジョ~にうまい、という気がします。
マルティン・ヴトケ:有名な俳優さんらしいのですが、見たことがないのです…(恥)スミマセン。
★ドイツ人ではありませんが…
ジュリー・ドレフュス:この女優さんって、もしかしてNHKのフランス語会話で有名になった方?
ジャッキー・イド:アフリカ系のフランス人ですが、数年前のドイツ映画祭で上映された「マサイの恋人」で、マサイ人役を好演していました。日本へも来ましたが、ナマで見てもカッコよかった♪
…などなどなど。ほかにもまだいるかも。うっしゃー、劇場へ行くぞー!
前にも貼った記憶がありますが、もう一度。ドイツ語版です。ドイツ語を話す(吹き替え)ブラピ、何となくビミョ~ですね・・・(汗)
まだ見ていないので感想などは書けないのですが、キャストの顔ぶれを見てわくわく♪しています。ざざっとドイツ人の出演者を書いてしまいますね。
クリストフ・ヴァルツ:「めざまし」で軽部さんたちが絶賛していました。演技派なんだそうですね。し、知らない…(恥)。フィルモグラフィーを見てみましたら、2003年のドイツ映画祭で上映された「ガン・シャイ」に出ていたのですが、まったく記憶がない…。
ダイアン・クルーガー:「戦場のアリア」のお姉さん。めちゃくちゃキレイですね~
ティル・シュヴァイガー:言わずと知れたティル君です。以前、ティルがインタビューでタランティーノ監督を尊敬していると言っているのを聞いたことがあります。それだけに出演は嬉しかったでしょうね。
ダニエル・ブリュール:言わずと知れたダニエル君です。ますますビッグになりましたね~
アウグスト・ディール:公式HPには出ていませんでしたが、彼も出演しているみたいです。
ギデオン・ブルクハルト:すみません!書き忘れておりました。Gedeon なので、「ゲデオン」と発音しないのかなぁ?という素朴な疑問もあるのですが、イギリスやアメリカが長かったそうなので、英語風に「ギデオン」でいいのかなぁとも思います。ワタシ、恥ずかしながら知らなかったのですが、ドイツの人気ドラマ「Alarm für Cobra11」にも相棒役で出演していたとのこと。
ジルヴェスター・グロート:「我が教え子、ヒトラー」でゲッベルス役を演じた俳優さん。「ブッデンブローク」でも怪しげな銀行家を熱演しておりました。一癖ある役をやらせるとヒジョ~にうまい、という気がします。
マルティン・ヴトケ:有名な俳優さんらしいのですが、見たことがないのです…(恥)スミマセン。
★ドイツ人ではありませんが…
ジュリー・ドレフュス:この女優さんって、もしかしてNHKのフランス語会話で有名になった方?
ジャッキー・イド:アフリカ系のフランス人ですが、数年前のドイツ映画祭で上映された「マサイの恋人」で、マサイ人役を好演していました。日本へも来ましたが、ナマで見てもカッコよかった♪
…などなどなど。ほかにもまだいるかも。うっしゃー、劇場へ行くぞー!
前にも貼った記憶がありますが、もう一度。ドイツ語版です。ドイツ語を話す(吹き替え)ブラピ、何となくビミョ~ですね・・・(汗)
いつもお邪魔しているAnnaさんのブログ(コチラ)でこの本のことを知り、「読みたい!」と思って即購入。とっても面白かったです。『戦時下 日本のドイツ人』集英社文庫
上田浩二、荒井訓
集英社のサイトより引用:
『「非国民」「鬼畜米英」に代表される排除と憎悪の戦時下日本で、「ことなった体験」をした人たちがいる。偶然にも当時の日本に暮らすことになったドイツ人たちだ。貿易商、教師、留学生や兵士として、遠い日本で体験した彼らの日常生活は、ほとんど記録に残っていない。どのように暮らしていたのだろう。日本の戦争、戦時下の生活をどう見ていたのだろう。大物スパイ・ゾルゲの素顔やヒトラー・ユーゲントの来日で沸く軽井沢など、意外なエピソードを豊富に紹介しながら、戦争という歴史的大事件とは切り離せない大小の日常的事件を、24人のドイツ人が、おおらかに、そして真摯に語る。本書は、「記憶の風化」という時間との戦いのなかで集めた、歴史的に貴重な極限状況の証言集である。』(以上、引用終わり)
上田先生は以前、NHKのドイツ語講座で講師をしておられたので、ご存じの方も多いのでは。実はワタシ、ゲーテで上田先生のコースに1年間通ったこともあり、よけいに「懐かしい!」と思いながら読みました。何らかの事情で来日し、第二次大戦中も日本に滞在したドイツ人に対して丁寧な聞き取り調査を行った結果をまとめたものだそうです。ケルン大学日本語学科の教授や学生の協力もあり、一大プロジェクトとなった模様。ただし、日本の出版事情を考慮して結果はコンパクトにまとめたそうです。
当時、日本にいたドイツ人はナチや戦争を嫌って逃れてきた者も多かったそうです。また、日本にやってきたドイツ人の中には、蘭領インド(今のインドネシア)から逃れてきた蘭印婦人やその子供たちもいたとのこと。彼女たちは在日ドイツ大使館に保護されたんだそうです(本国のドイツがオランダに侵攻したため、蘭領インドにいたドイツ人男性は収容所に入れられてしまったとのこと。先日ご紹介したローマイヤーの伝記では、「バタビア婦人」と呼ばれていました)。
祖国ドイツから遠く離れた極東にあっても、彼らはナチの影響から免れることはなかった模様。1933年には日本にもナチの支部ができたそうです。また、ゲシュタポのヨーゼフ・マイジンガー大佐がドイツ大使館に赴任してからは、日本在住のドイツ人も気を抜けなかったようです。マイジンガーは「ワルシャワの殺人鬼」の異名を持つ人物。ワルシャワのゲットーでユダヤ人が蜂起した際、極めて非人道的な行動を取ったとのこと。日本では特高と協力して在日ドイツ人の言動に目を光らせていたそうで、ローマイヤーの伝記にもそのことが出てきました。マイジンガーは戦後、アメリカ軍に逮捕されてワルシャワで裁判にかけられ、絞首刑に処せられています。
非常に面白いと思いましたのが、有名なゾルゲ事件に対するドイツ人たちの証言。ゾルゲは日本のドイツ人社会でも有名だったそうです。この事件はよく分かっていない部分が多いそうで、彼に対する見方も人によって分かれるようです。
その他、ドイツの降伏を日本のドイツ人たちはどう受け止めたか、さらに日本の降伏のニュースをどう知ったか、彼らはどうやって祖国に送還されたかなど、非常に興味深いエピソードが紹介されていました。新書ということでコンパクトにまとめられてはいますが、この本を読みますと当時のドイツ人の様子が少しずつ明らかになってくるような気がします。過去の歴史的事実が風化し、忘れ去られてしまう前に、こうした貴重な証言がまとめられたのは非常に意義のあることだと思いました。
先日、ハプスブルク展@国立新美術館に行ってしまいました。公式HPは → コチラ
このところ、デメルのストラップを制覇したり、テレビでハプスブルク家の特集を見たり、とオーストリアづいております。事情があって閉館時刻の1時間前くらいに駆け込んだので、解説をじっくり読む時間がなかったのが残念!それでも貴重な絵画や装飾品を眺めて堪能いたしました。ミーハーなワタシは、シシィの肖像画に釘付け。オリジナルを見たのは初めてです。本やネットの画像よりも、実物は数段美しかったです。11歳のマリア・テレジアを描いた肖像画も素敵でした。品がよくて聡明そう。やっぱりタダ者じゃないってオーラが出ておりました。その他、秘蔵の絵画や贅沢な食器などが見られます。詳しくは公式HPをご覧になってくださいまし。
東京は12月14日までだそうですが、そのあと京都へ巡回するんだそうですよ~。
↓ チョ~有名な、シシィの肖像画。パブリック・ドメインとありましたので、貼り付けさせていただきました。めちゃくちゃキレイ。

以前、千葉県習志野でドイツ兵捕虜の研究をなさっている方から本をいただきました。上等なハム・ソーセージで有名なローマイヤの創始者、アウグスト・ローマイヤーの伝記です。おそるべきアマチュア様、ありがとうございます。『ロースハムの誕生 アウグスト・ローマイヤー物語』論創社
シュミット・村木真寿美著
以前も旧ブログでちょこちょこ書いたのですが、第一次大戦当時、ドイツの租借地であった中国の青島からドイツ人捕虜として日本に連れてこられた1人です。青島から日本に連行され、その後日本でドイツ文化を広めた人にはほかにユーハイム(ユッフハイム)が有名ですよね。拙ブログでも「ユーハイム物語」の本をご紹介しました(この本もご親切な方からいただいたものでした。皆様、本当にありがとうございますm(_ _)m 本棚の一番いい位置に置いて大切にしまってあります)。ローマイヤーもユーハイムと同様、囚われの身から解放された後も日本にとどまる決心をします。彼はまず帝国ホテルに勤め、その後独立して「ローマイヤー・ソーセージ製作所」を設立。西洋のものがまだまだ少なかった時代に苦労して原材料を集め、日本人の口に合うハムを考案して広めていったのでした。
ドイツ在住の著者は、現存する資料を調べるだけでなく、ローマイヤーの娘(3人の子供がいましたが、うち2人の息子は既に他界)に会って詳しく話を聞き、日本のゆかりの地も直接訪ね、丹念な調査を重ねて本作を書き上げたようです。それにより、寡黙ながらも心が温かく実直なソーセージ職人の人物像が明らかになりました。ユーハイムもそうでしたが、第一次大戦後に故郷から遠く離れた極東の地で捕虜となり、言葉も通じず、文化が全く違う中で一から模索して事業を始めた彼らの精神力には感服いたします。ようやく商売が軌道に乗りかけたころ、彼らを襲ったのが関東大震災。ローマイヤも多くを無くしてしまいます。その後、不屈の精神で再び立ち上がったものの、ドイツではナチが台頭。祖国は戦争に向かって再び進んでいきます。遠く離れた異国にいても、やはりローマイヤーはドイツ人。ナチから入党を迫られたのです。「ゾルゲ事件」で知られるスパイのゾルゲと親しかったことも関係したのかもしれません。不本意ながらナチ党員のバッジをつけることとなり、それが大きな心労となった模様です。戦争が激しくなるとローマイヤーは箱根に避難しましたが、長年の苦労がたたり、体は弱っていました。戦後、再び東京で仕事を再開しますが、1962年に帰らぬ人となりました…。
読んで思いましたのは、ローマイヤーは21歳で中国に渡り、70歳でこの世を去るまで50年近くをずっと異国で暮らしていたわけですが(途中、一時帰国はしたそうですが)、死ぬまでドイツ的な職人気質を持ち続けた人だったんだな~ということ。勤勉で実直で少々頑固。嗚呼、ホストファミリ~のお父さん(彼もマイスターなのです)を思い出す…(すごーーーく働き者だから、手が節くれ立っていて、しかもタラコ指だったのですが、ローマイヤーもそうだったのかなぁなどと勝手に想像してしまいました)
**************************************:
ただ、ひとつだけ疑問が出てきてしまいました。この本の中で、日本人がよく食べる「ロースハム」はローマイヤーの発明だった、とあります。以下、同書から引用させていただきますと:
「現在、日本でロースハムはハムの代名詞のようにさえなったが、実はこれ日本にしかないものなのである。いま、私は千種類以上のハム・ソーセージのある国に住んでいるが、ここにも「ロースハム」というハムはないから、訳語に苦労する。これは、1921年にドイツ人アウグスト・ローマイヤーが当時日本で手に入る材料を工夫して作った祖国にもない「ハム」だったのである。」
「肩の肉やバラ肉を使った後の残りの背肉と、ロースに目をつけた。これで日本人の口に合う洋風ハムができないものだろうか。そういう肉をロールにして、だが、燻製にしたら、日本人には食べ方がわからないだろうから、ボイルにするのがいいだろうと考えた。こうして作り出したのがボイルドハム、つまりロースハムだったのだ」(以上、引用終わり)
ステーキやシュニッツェルには使わない部位の肉を利用して成形し、加工したハムならドイツでもあるんじゃないかな~と思ったりするのですが、いかがでしょう?Gekochter Schinkenという、茹でたハムが私は好きだったのですが、あれも燻製はしていないはず。「ロースハム」という和製英語は、ローマイヤーが考えだした名称だと思いますし、当時の日本で手に入る材料を使い、日本人の口に合う味を苦労の末生み出し、それを広めたのは紛れもなくローマイヤーの功績だと思います。でも、製法そのものはドイツにあったんじゃないかな~?と、素朴な疑問を抱いてしまいました。ドイツ在住じゃない私が言うのもナンなのですが・・・。ドイツにお住いの方、そのあたりご教示いただけるととっても嬉しいです。
先日、デメルのお菓子のストラップを7つまで集めた話を書いちゃいました。今日、再びコンビニに行ってみましたところ…
おおっ ザッハートルテがある!
これでvollständig でございます。スッキリ。お皿が反射して、白い筋みたいなのが入ってしまいましたが、実物には入っていません^^ 本物にソックリ。

ちなみに、先日画像を載せなかったのですが、ソリッドチョコもリアル。アルミ箔がよくできてます。

おおっ ザッハートルテがある!
これでvollständig でございます。スッキリ。お皿が反射して、白い筋みたいなのが入ってしまいましたが、実物には入っていません^^ 本物にソックリ。

ちなみに、先日画像を載せなかったのですが、ソリッドチョコもリアル。アルミ箔がよくできてます。

先日11月9日、ベルリンの壁崩壊20周年を記念して催された式典がありました。雨で残念でしたが、ベルリンの壁を模した大ドミノ倒しなどもあり、盛り上がったみたいです。翌日、ARD局のニュースでメルケル首相のスピーチを聞き、私ったら感動してしまいました。壁の崩壊を喜び懐かしむだけでなく、11月9日が「帝国水晶の夜(Reichspogromnacht、1938年11月9日、ナチ党員や突撃隊がユダヤ人の住宅・商店・シナゴーグなどを襲った日→コチラ)」の日であることにも触れ、同じ過ちを犯してはならないと諌める内容だったのです。また、自由は自然に手に入るのではない、自ら勝ち取り、そして守らねばならないものなのだ、というくだりにも感動。東ドイツ出身のメルケルさんならではの言葉でした。さらに統一に理解を示してくれた周辺諸国への感謝も忘れていません。何度も繰り返して聞いてしまいました。
スピーチの全文は → コチラ
スピーチの全文は → コチラ
今、リプトンのリモ~ネのペットボトル(500cc)を買うと、おまけがついてきますよね。また買っちゃいました(実は毎回、全シリーズ買っちゃったりしております^^;)
今回のタイアップ先はデメルで、ラインナップは8種類。残念ながら、ザッハートルテだけ売り切れでした。別の店で探すことにしよう。

ご存じ、「猫舌(Katzenzunge)」↓。フランス語でいう、ラングドシャーですよね。ドイツやオーストリアの猫舌はチョコレートなのだ。色や艶がモロチョコレート。実はつい先日、知人にこのチョコをプレゼントしたばかりなのでした。

「マローニタルト」ですって↓。モンブランみたいなのかな。実物を知らないので残念!

パッケージには「リンツァー」とあるのですが、これ↓ってフロランタンでは???普通、リンツァーってもっと違う外見ですよね。デメルのリンツァーはフロランタン風なんでしょうか?

「ヒンビアーシュッセアルン」とあります。これ↓って何?「ヒンビアー」は、おそらくHimbeer-(ヒンベアー、ラズベリー)のことだと思うのですが、「シュッセアルン」って何?ドイツ語が想像つきません・・・。ご存じの方、教えてくださいませ。

今回のタイアップ先はデメルで、ラインナップは8種類。残念ながら、ザッハートルテだけ売り切れでした。別の店で探すことにしよう。

ご存じ、「猫舌(Katzenzunge)」↓。フランス語でいう、ラングドシャーですよね。ドイツやオーストリアの猫舌はチョコレートなのだ。色や艶がモロチョコレート。実はつい先日、知人にこのチョコをプレゼントしたばかりなのでした。

「マローニタルト」ですって↓。モンブランみたいなのかな。実物を知らないので残念!

パッケージには「リンツァー」とあるのですが、これ↓ってフロランタンでは???普通、リンツァーってもっと違う外見ですよね。デメルのリンツァーはフロランタン風なんでしょうか?

「ヒンビアーシュッセアルン」とあります。これ↓って何?「ヒンビアー」は、おそらくHimbeer-(ヒンベアー、ラズベリー)のことだと思うのですが、「シュッセアルン」って何?ドイツ語が想像つきません・・・。ご存じの方、教えてくださいませ。

実は昨日、学生時代の友人と2年ぶり(くらいかな?)に会いました。ランチ@恵比寿。彼女も翻訳者さんです。久し振りに楽しくおしゃべりし、気分転換(最近、気分転換と称して遊んでばかりですが^^;)になりました。Marikoちゃん、ありがとね。たまたまシーフードカレーが話題に出ました。彼女はお料理を習っているのです。シーフードカレー…おいしそ。上手に作らないと、生臭くなってしまいそう。夕食のメニューがすっかりマンネリになってしまっているワタシは、「レシピ教えてっ 教えてっ」と彼女におねだりし、駅ビルに入っている成城●井で扱っているカレーのペーストを紹介してもらいました。

立ち話で聞いた作り方を家で再現。エビの殻をむいて茹で、その茹で汁を濾したものをスープに使うんだそうです。あとは自己流で作りました。むいたエビとイカ、ホタテの貝柱を白ワインで蒸し煮にします。玉ねぎをよ~くいため、エビの殻の茹で汁とシーフードの蒸し汁、野菜(ニンジンしかなかった…!)とトマトの水煮(缶詰)を少し加え、煮立ったらカレーのペースト少々と市販のカレーの素を加えちゃいました。よ~く似たら蒸し煮にしたシーフードを加え、さっと煮て出来上がり。さてさて気になるお味は…
…うまっ
ソレっぽくできました。Marikoちゃん、ありがとね
<トホホその1>
普通、お店のシーフードカレーってイカが輪切り状態で入ってますよね。お店に行ったら、丸ごとのイカは売り切れたということで、イカソーメンしか売っていなかったのです。ま、いっかと思い、イカリングの代わりにイカソーメンを使いました。そしたら白くて細いブツが漂う状態になってしまい、ぱっと見、なんとな~く寄生虫(サナ●ムシ)みたい…。お味に問題なかったからいいけど、ちょっとトホホな外見なのでした^^;
<トホホその2>
ランチはイタリアンでした。デザートにガトーショコラっぽいケーキが出てきたのです。イタリアンだから「ガトー」とは呼ばないのかな?それをパクパク食べたワタシ。その後、友人と2人で成城石●で買い物をし、別れたあとは期間限定で出店していたオーダーメードのカバン屋さん(すーさんに以前、教えていただいた代官山のお店です!)でトートバッグを衝動買いし、地元のスーパーでママ友に会ってひとしきり立ち話しました。家に帰って鏡を見たら…
…口の端っこにチョコレートが!!!
みーんな気づいていたハズ…!まんまみ~あ! は、恥ずかしい… 口元にチョコつけたまま、あちこち歩き回って人に会ってしまいました…orz... どんだけアホなんだ?って感じです…。

立ち話で聞いた作り方を家で再現。エビの殻をむいて茹で、その茹で汁を濾したものをスープに使うんだそうです。あとは自己流で作りました。むいたエビとイカ、ホタテの貝柱を白ワインで蒸し煮にします。玉ねぎをよ~くいため、エビの殻の茹で汁とシーフードの蒸し汁、野菜(ニンジンしかなかった…!)とトマトの水煮(缶詰)を少し加え、煮立ったらカレーのペースト少々と市販のカレーの素を加えちゃいました。よ~く似たら蒸し煮にしたシーフードを加え、さっと煮て出来上がり。さてさて気になるお味は…
…うまっ
ソレっぽくできました。Marikoちゃん、ありがとね
<トホホその1>
普通、お店のシーフードカレーってイカが輪切り状態で入ってますよね。お店に行ったら、丸ごとのイカは売り切れたということで、イカソーメンしか売っていなかったのです。ま、いっかと思い、イカリングの代わりにイカソーメンを使いました。そしたら白くて細いブツが漂う状態になってしまい、ぱっと見、なんとな~く寄生虫(サナ●ムシ)みたい…。お味に問題なかったからいいけど、ちょっとトホホな外見なのでした^^;
<トホホその2>
ランチはイタリアンでした。デザートにガトーショコラっぽいケーキが出てきたのです。イタリアンだから「ガトー」とは呼ばないのかな?それをパクパク食べたワタシ。その後、友人と2人で成城石●で買い物をし、別れたあとは期間限定で出店していたオーダーメードのカバン屋さん(すーさんに以前、教えていただいた代官山のお店です!)でトートバッグを衝動買いし、地元のスーパーでママ友に会ってひとしきり立ち話しました。家に帰って鏡を見たら…
…口の端っこにチョコレートが!!!
みーんな気づいていたハズ…!まんまみ~あ! は、恥ずかしい… 口元にチョコつけたまま、あちこち歩き回って人に会ってしまいました…orz... どんだけアホなんだ?って感じです…。
今からちょうど20年前の今日(厳密には、9日の夜~10日の夜中にかけてですが)、ベルリンの壁が崩壊しました。ちょうど20周年ということで、連日のようにテレビで壁崩壊に関係する報道がなされていますよね。あの事件はつい最近のことのように覚えております。1989年の10月あたりから自由化を求めるデモがライプチヒやベルリンで激しくなり、チェコ~ウィーン経由で西へ逃げる東ドイツ人が増えてきました。そしてとうとう壁が崩壊。つるはしで壁を砕く映像を見て、「ひぇーーーっ こ、これは夢かいな?」と思いましたです、はい。1989年11月9日~10月の事件については詳しくご存じの方が多いと思うので今更私が書いたところで恥をさらすだけなのですが、ちょびっとだけ書いちゃいます。
いきさつにつきましては、横着してウィキ「ベルリンの壁崩壊」から引用させていただきます:
『1989年11月9日に、「旅行許可に関する出国規制緩和」の政令案が東ドイツ政府首脳部に提案された。このときクレンツをはじめとする政府首脳部は、国内のデモや国外に流出する東ドイツ市民への対応に追われ、また2日前の11月7日にヴィリー・シュトフ首相が解任されて、翌11月8日にハンス・モドロウを首相に任命することが決まったばかりという混乱の中であった。このため、大した審議もされず、政令の内容を確認したかも怪しい状態で、「11月10日から、ベルリンの壁をのぞく国境通過点から出国のビザが大幅に緩和される」政令が政府首脳部の審議を通過した。
この政令の内容を発表する東ドイツ政府のスポークスマンであったギュンター・シャボウスキー(社会主義統一党政治局員)は、この会議には出席しておらず内容をよく把握しないまま、現地時間19時頃から記者会見を始めてしまい「東ドイツ国民はベルリンの壁を含めて、すべての国境通過点から出国が認められる」と発表した。
この記者会見場で、記者が「(この政令は)いつから発効されるのか」と質問したところ、上記の通り翌日の11月10日の朝に発表することが決められていたにも関わらず、それを伝えられていなかった(文書に記載されていなかったとも、次の紙に書いてあったのを気が付かなかったとも言われている)シャボウスキーが「私の認識では直ちにです」と発表した。この発言を受け、後に国境ゲート付近でゲートを越えようとする市民と、指令を受け取っていない警備隊との間で当該指令の実施をめぐるトラブルが起きる。マスコミによって「旅行が自由化される」の部分だけが強調されたことも混乱に拍車を掛ける。』(以上、ウィキペディアより引用)
↓1997年にドイツで放映された(らしい)ドキュメです。シャボウスキーの会見~誤解が広がり、国境に人が殺到する~壁が崩壊に至るまでを時間の流れに沿って追ったものです。初めのほう(始まって1分くらい)で若いころのウルリッヒ・ミューエさんがインタビューに答えています!劇場へ行く途中の車の中で、シャボウスキーの発表を聞いたんだそうです。これは3本ある映像のうちの1つでして、2と3は、この映像の終了後、下に現われます… よかったらクリックしてね♪
シャボウスキーの言葉は、原語で次のようなものでした:
Privatreisen nach dem Ausland können ohne Vorliegen von Voraussetzungen (Reiseanlässe und Verwandtschaftsverhältnisse) beantragt werden. Die Genehmigungen werden kurzfristig erteilt. Die zuständigen Abteilungen Paß- und Meldewesen der Volkspolizeikreisämter in der DDR sind angewiesen, Visa zur ständigen Ausreise unverzüglich zu erteilen, ohne daß dafür noch die Voraussetzungen für eine ständige Ausreise vorliegen müssen. Ständige Ausreisen können über alle Grenzübergangsstellen der DDR zur BRD erfolgen.“
記者が「それはいつから?」と尋ねた際、シャボウスキーが答えたのが次の言葉。
„Das tritt nach meiner Kenntnis… ist das sofort, unverzüglich.“
↓でもって、これがシャボウスキーの会見でございます。
翌日(11月10日)の Tagesschau。
★おまけ トラビのCMを見つけちゃいました♪
いきさつにつきましては、横着してウィキ「ベルリンの壁崩壊」から引用させていただきます:
『1989年11月9日に、「旅行許可に関する出国規制緩和」の政令案が東ドイツ政府首脳部に提案された。このときクレンツをはじめとする政府首脳部は、国内のデモや国外に流出する東ドイツ市民への対応に追われ、また2日前の11月7日にヴィリー・シュトフ首相が解任されて、翌11月8日にハンス・モドロウを首相に任命することが決まったばかりという混乱の中であった。このため、大した審議もされず、政令の内容を確認したかも怪しい状態で、「11月10日から、ベルリンの壁をのぞく国境通過点から出国のビザが大幅に緩和される」政令が政府首脳部の審議を通過した。
この政令の内容を発表する東ドイツ政府のスポークスマンであったギュンター・シャボウスキー(社会主義統一党政治局員)は、この会議には出席しておらず内容をよく把握しないまま、現地時間19時頃から記者会見を始めてしまい「東ドイツ国民はベルリンの壁を含めて、すべての国境通過点から出国が認められる」と発表した。
この記者会見場で、記者が「(この政令は)いつから発効されるのか」と質問したところ、上記の通り翌日の11月10日の朝に発表することが決められていたにも関わらず、それを伝えられていなかった(文書に記載されていなかったとも、次の紙に書いてあったのを気が付かなかったとも言われている)シャボウスキーが「私の認識では直ちにです」と発表した。この発言を受け、後に国境ゲート付近でゲートを越えようとする市民と、指令を受け取っていない警備隊との間で当該指令の実施をめぐるトラブルが起きる。マスコミによって「旅行が自由化される」の部分だけが強調されたことも混乱に拍車を掛ける。』(以上、ウィキペディアより引用)
↓1997年にドイツで放映された(らしい)ドキュメです。シャボウスキーの会見~誤解が広がり、国境に人が殺到する~壁が崩壊に至るまでを時間の流れに沿って追ったものです。初めのほう(始まって1分くらい)で若いころのウルリッヒ・ミューエさんがインタビューに答えています!劇場へ行く途中の車の中で、シャボウスキーの発表を聞いたんだそうです。これは3本ある映像のうちの1つでして、2と3は、この映像の終了後、下に現われます… よかったらクリックしてね♪
シャボウスキーの言葉は、原語で次のようなものでした:
Privatreisen nach dem Ausland können ohne Vorliegen von Voraussetzungen (Reiseanlässe und Verwandtschaftsverhältnisse) beantragt werden. Die Genehmigungen werden kurzfristig erteilt. Die zuständigen Abteilungen Paß- und Meldewesen der Volkspolizeikreisämter in der DDR sind angewiesen, Visa zur ständigen Ausreise unverzüglich zu erteilen, ohne daß dafür noch die Voraussetzungen für eine ständige Ausreise vorliegen müssen. Ständige Ausreisen können über alle Grenzübergangsstellen der DDR zur BRD erfolgen.“
記者が「それはいつから?」と尋ねた際、シャボウスキーが答えたのが次の言葉。
„Das tritt nach meiner Kenntnis… ist das sofort, unverzüglich.“
↓でもって、これがシャボウスキーの会見でございます。
翌日(11月10日)の Tagesschau。
★おまけ トラビのCMを見つけちゃいました♪
つい最近、ハロウィーンが終わったと思ったら、町はもうクリスマスム~ド。ちょっと凹むことがあり、「ええい、今日は買い物してやるっ」とヤケを起こしたワタシは、2駅先の下北沢でいろいろ買い込んでしまいました。いわゆるひとつの散財でございます^^;
輸入食材店「カ●ディ」の前を通りかかりましたら、店頭はクリスマス一色。おおっ もうシュトレンが出ているではないか~。初シュトレンだー。しかも、クランベリー味は初めて。即、1個をむんずとつかむと買い物かごに入れました↓(画像が不鮮明ですみません。レーズンの代わりにクランベリーを使っているみたいです)

店に入ると、シュペクラーツィウスを発見。これまた初ものでございます。当然、ゲット。


さて、店を出てパン屋さんの「ドンク」に行くと、ドイツパンフェアをやっておりました。ドンクはフランス系のパン屋さんということで、Bonjour Allemagne (ボンジュール・アルマーニュ)と書いてありました。こちらの画像も後ほどUPしちゃいます。
シュトレンには勝手な思い入れがありまして、店頭に並んでいるのを見ると嬉しくなります。昔、旧ブログでシュトレンについて長々と書いてしまいました。横着してそれを下にコピペしちゃいます。前から遊びに来てくださっている方には、同じ内容を何度もお見せしてしまって申し訳なく思います。
なお、「原産地名称保護制度」により、ドレスデンで作られたシュトレン以外は「Dresdner Stollen」と呼ぶことができなくなりました。以前、コチラにちょこちょこと書いてしまいましたので、よろしければご覧になってくださいませ。
*******************************************
(以下、旧ブログからコピペです)
『初めてこのケーキ(というより、パンですね)が登場するのは1329年、場所はザクセン・アンハルト州ナウムブルクという町。司教様にクリスマスの贈り物として献上されたものだそうです。形は現在のものと同様、産着に包まれた幼子イエスをかたどったもの。当時、カトリックの教義により、断食期間はバターもミルクも食べてはいけなかったそうで、シュトレンも小麦粉とイーストに水と油のみを加えて練られたとのことです。宗教上の理由とは言え、「それだけじゃ不味いだろ!」ということで、ザクセンの選帝侯が教皇に直訴したそうです。バターの使用を認めてくれって。しかしその時点ではお許しは出ず。その後の1491年、教皇Innozenz8世(世界史では確か「インノセント▲世」って呼びましたよね)が「Butterbrief(バターの手紙)」なる文書を発布。教会の建設費用を出すことを条件に、バターの使用を認めたそうです。こうしてバターなどを加えることが許され、現在のものに近い味が出来上がったとか。
このケーキの名前がドレスデンで初めて登場するのは1474年(HPによっては1427年というのもありました)だそうです。当時はStriezel(シュトリーツェル)という名だったとか。1500年にはクリスマス・マーケットで売り出され、1560年からは毎年、ザクセンのパン屋さんたちが巨大なシュトレンを選帝侯に献上するようになったそうです。
言い伝えによると、ザクセンの宮廷お抱え菓子職人が、干した果物などを加えてシュトレンを豪華にしたのだそうです。Heinrich Drasdo (ハインリッヒ・ドラスド)という人物でした。こうしてシュトレンは、断食の期間の質素な食べ物から、クリスマス用の豪華なお菓子へと変わっていったとか。
***********************************
ドレスデンが発祥の地かどうかはともかく、この町で今の形に進化したのは確かなようですね。そして Dresdner Stollen (ドレスナー・シュトレン)という言葉は、ドイツの各地で使われるようになったそうです。ドレスデン=(イコール)シュトレン、という感じだったんでしょうね。ところが1996年、「ドレスデン以外で作られたシュトレンに『ドレスデン』という名称をつけてはいけない」との判決が出たとのこと。このサイト↓で、ドレスナー・シュトレンについて詳しく書かれています。
Dresdner Stollen
それ以来、その他の地域で焼かれたシュトレンは、違う名称で呼ばれるようになったそうです。
(Wikipedia による↓)
エルツ地方 → Erzgebirgischer Stollen
ブレーメン → Bremer Klaben
ヴェスト・ファーレン地方 → Münsterländer Stollen
ミュンヘン → Münchner Kindl Stollen
アイフェル地方 → Stollenbäcker
ケルン → Kölner Stollen (上の写真のシュトレンは、これですね。)
*************************************
Wikipedia によりますと、シュトレンには色々なバリエーションが・・・
Mandelstollen(アーモンド・シュトレン)
Butterstollen(バター・シュトレン・・・バターの含有量が多いみたい。)
Marzipanstollen(マジパン・シュトレン・・・これ、よく見かけます。真ん中にマジパンの塊が入っています)
Mohnstollen(ケシのシュトレン)
Nuss-Stollen(ナッツのシュトレン)
Quarkstollen(クヴァルク・シュトレン、クヴァルクが生地に練りこんであるそうです)
Schittchen(エアフルトやその近郊では、こう呼ばれるとか。)』
********************************************
輸入食材店「カ●ディ」の前を通りかかりましたら、店頭はクリスマス一色。おおっ もうシュトレンが出ているではないか~。初シュトレンだー。しかも、クランベリー味は初めて。即、1個をむんずとつかむと買い物かごに入れました↓(画像が不鮮明ですみません。レーズンの代わりにクランベリーを使っているみたいです)

店に入ると、シュペクラーツィウスを発見。これまた初ものでございます。当然、ゲット。


さて、店を出てパン屋さんの「ドンク」に行くと、ドイツパンフェアをやっておりました。ドンクはフランス系のパン屋さんということで、Bonjour Allemagne (ボンジュール・アルマーニュ)と書いてありました。こちらの画像も後ほどUPしちゃいます。
シュトレンには勝手な思い入れがありまして、店頭に並んでいるのを見ると嬉しくなります。昔、旧ブログでシュトレンについて長々と書いてしまいました。横着してそれを下にコピペしちゃいます。前から遊びに来てくださっている方には、同じ内容を何度もお見せしてしまって申し訳なく思います。
なお、「原産地名称保護制度」により、ドレスデンで作られたシュトレン以外は「Dresdner Stollen」と呼ぶことができなくなりました。以前、コチラにちょこちょこと書いてしまいましたので、よろしければご覧になってくださいませ。
*******************************************
(以下、旧ブログからコピペです)
『初めてこのケーキ(というより、パンですね)が登場するのは1329年、場所はザクセン・アンハルト州ナウムブルクという町。司教様にクリスマスの贈り物として献上されたものだそうです。形は現在のものと同様、産着に包まれた幼子イエスをかたどったもの。当時、カトリックの教義により、断食期間はバターもミルクも食べてはいけなかったそうで、シュトレンも小麦粉とイーストに水と油のみを加えて練られたとのことです。宗教上の理由とは言え、「それだけじゃ不味いだろ!」ということで、ザクセンの選帝侯が教皇に直訴したそうです。バターの使用を認めてくれって。しかしその時点ではお許しは出ず。その後の1491年、教皇Innozenz8世(世界史では確か「インノセント▲世」って呼びましたよね)が「Butterbrief(バターの手紙)」なる文書を発布。教会の建設費用を出すことを条件に、バターの使用を認めたそうです。こうしてバターなどを加えることが許され、現在のものに近い味が出来上がったとか。
このケーキの名前がドレスデンで初めて登場するのは1474年(HPによっては1427年というのもありました)だそうです。当時はStriezel(シュトリーツェル)という名だったとか。1500年にはクリスマス・マーケットで売り出され、1560年からは毎年、ザクセンのパン屋さんたちが巨大なシュトレンを選帝侯に献上するようになったそうです。
言い伝えによると、ザクセンの宮廷お抱え菓子職人が、干した果物などを加えてシュトレンを豪華にしたのだそうです。Heinrich Drasdo (ハインリッヒ・ドラスド)という人物でした。こうしてシュトレンは、断食の期間の質素な食べ物から、クリスマス用の豪華なお菓子へと変わっていったとか。
***********************************
ドレスデンが発祥の地かどうかはともかく、この町で今の形に進化したのは確かなようですね。そして Dresdner Stollen (ドレスナー・シュトレン)という言葉は、ドイツの各地で使われるようになったそうです。ドレスデン=(イコール)シュトレン、という感じだったんでしょうね。ところが1996年、「ドレスデン以外で作られたシュトレンに『ドレスデン』という名称をつけてはいけない」との判決が出たとのこと。このサイト↓で、ドレスナー・シュトレンについて詳しく書かれています。
Dresdner Stollen
それ以来、その他の地域で焼かれたシュトレンは、違う名称で呼ばれるようになったそうです。
(Wikipedia による↓)
エルツ地方 → Erzgebirgischer Stollen
ブレーメン → Bremer Klaben
ヴェスト・ファーレン地方 → Münsterländer Stollen
ミュンヘン → Münchner Kindl Stollen
アイフェル地方 → Stollenbäcker
ケルン → Kölner Stollen (上の写真のシュトレンは、これですね。)
*************************************
Wikipedia によりますと、シュトレンには色々なバリエーションが・・・
Mandelstollen(アーモンド・シュトレン)
Butterstollen(バター・シュトレン・・・バターの含有量が多いみたい。)
Marzipanstollen(マジパン・シュトレン・・・これ、よく見かけます。真ん中にマジパンの塊が入っています)
Mohnstollen(ケシのシュトレン)
Nuss-Stollen(ナッツのシュトレン)
Quarkstollen(クヴァルク・シュトレン、クヴァルクが生地に練りこんであるそうです)
Schittchen(エアフルトやその近郊では、こう呼ばれるとか。)』
********************************************
ちょっと前の話になるのですが、週刊文春10月29日号の「新・家の履歴書」というコーナーに指揮者の大野和士さんが出ていました。2008年よりフランス国立リヨン歌劇場の首席指揮者を務める方でして、数年先までオペラを中心としたコンサートのスケジュールがびっしり組まれているんだそ~です。この記事にも載っていましたが、『クロアチアのザグレブ・フィルハーモニー管弦楽団を振り出しに、ドイツ、ベルギーと渡り歩いてきた大野和士さんだが、ヨーロッパでの評価は、日本では想像もつかぬほど高い』(記事より引用)。拙ブログには音楽にお詳しい方が多く来てくださるため、ワタシがたくさん書くとボロが出るので引用だけにしちゃいます^^;
「家の履歴書」のコーナーは有名人が幼少期から現在にいたるまで住んできた家を紹介するものなのです。でもって、大野氏も子供のころの家から指揮者として活動する際に住んでいた家まで、いろいろ紹介していました。印象的だったのが、ザグレブでの話。90年にザグレブの管弦楽団の音楽監督に就任したそうですが、その翌年からクロアチアは戦火に覆われることになります。戦争がいよいよ激しくなり、本や楽譜といった資産(指揮者にとって、イメージなどを書き込んできた譜面と、それに関係する書籍はかけがえのない財産なんだそ~です)が焼失するのを恐れ、ミラノにアパートを借りたんだそうです。ザグレブでの仕事について大野氏が語ってらした箇所を引用いたしますね(以下、引用):
『爆撃の標的になっちゃいけないから、ザグレブは夜になると灯火管制が敷かれて暗くなる。でも、そんな状況下でも、不思議なことに会場は普段よりもいっぱいになるんです。演奏していると空襲警報が鳴って、第二次大戦以来使われていなかったという5千人収容される防空壕にお客さん、楽団員と一緒にばーっと潜むんですね。それで、空襲警報が解除されると、また戻って演奏するんです。(中略)みなさんひっそりといらっしゃって、熱狂的な拍手をして、またひっそりとかえっていく。』
『そこで思ったのは、人間というのは、本当に困難なときというか人間の尊厳が脅かされたときにこそ、アクセサリーとしてではなく心の底から音楽を聴きたくなるんだなということでした。人間であること、感性を持った動物であることの証明を手にしたいということなんだと思いました』(以上、週刊文春10月29日号より引用終わり)
この記事を読んで思い出しましたのは、第二次大戦時のベルリン・フィルハーモニー。当時の楽団員がドキュメンタリーの中で貴重な証言をしていました。終戦直前のベルリンでは、連日のように空爆が続き、非常に危険な状態だったのだそうですが、そんな中でもベルリン・フィルは演奏会を続けたんだそうです。大野氏がおっしゃっていたことと同様、演奏中に空襲警報が鳴ると演奏をいったんやめて避難をするんだそうです。警報が解除されると、弓を止めたそのところから演奏を再開したんだとか。町中へ出ていくということは、かなり危険だったはずなのに、市民たちはベルリン・フィルの演奏会を聴きに通ったそうです。市民のために音楽を奏でることが楽団員の心の支えとなり、またその音楽に耳を傾けることが市民の心の支えとなったとのこと。これこそ、上の記事にある「人間の尊厳が脅かされたときにこそ、心の底から音楽を聴きたくなる」ということなんでしょうね…
*************************
この日記を書きながら、先日UPしたマイケル・ジャクソンの映画を思い出しました。クラシック音楽とポップスという違いはありますが、音楽を聴くことでパワーがもらえる、生きる勇気をもらえる、という点では同じですよね。アーティスト側から言うなら、音楽を奏でる(歌を歌う)ことでみんなにパワーをプレゼントできる、生きる勇気を持ってもらえるということ。ジャンルは何であれ、音楽はやはり偉大だと改めて思った次第です。
「家の履歴書」のコーナーは有名人が幼少期から現在にいたるまで住んできた家を紹介するものなのです。でもって、大野氏も子供のころの家から指揮者として活動する際に住んでいた家まで、いろいろ紹介していました。印象的だったのが、ザグレブでの話。90年にザグレブの管弦楽団の音楽監督に就任したそうですが、その翌年からクロアチアは戦火に覆われることになります。戦争がいよいよ激しくなり、本や楽譜といった資産(指揮者にとって、イメージなどを書き込んできた譜面と、それに関係する書籍はかけがえのない財産なんだそ~です)が焼失するのを恐れ、ミラノにアパートを借りたんだそうです。ザグレブでの仕事について大野氏が語ってらした箇所を引用いたしますね(以下、引用):
『爆撃の標的になっちゃいけないから、ザグレブは夜になると灯火管制が敷かれて暗くなる。でも、そんな状況下でも、不思議なことに会場は普段よりもいっぱいになるんです。演奏していると空襲警報が鳴って、第二次大戦以来使われていなかったという5千人収容される防空壕にお客さん、楽団員と一緒にばーっと潜むんですね。それで、空襲警報が解除されると、また戻って演奏するんです。(中略)みなさんひっそりといらっしゃって、熱狂的な拍手をして、またひっそりとかえっていく。』
『そこで思ったのは、人間というのは、本当に困難なときというか人間の尊厳が脅かされたときにこそ、アクセサリーとしてではなく心の底から音楽を聴きたくなるんだなということでした。人間であること、感性を持った動物であることの証明を手にしたいということなんだと思いました』(以上、週刊文春10月29日号より引用終わり)
この記事を読んで思い出しましたのは、第二次大戦時のベルリン・フィルハーモニー。当時の楽団員がドキュメンタリーの中で貴重な証言をしていました。終戦直前のベルリンでは、連日のように空爆が続き、非常に危険な状態だったのだそうですが、そんな中でもベルリン・フィルは演奏会を続けたんだそうです。大野氏がおっしゃっていたことと同様、演奏中に空襲警報が鳴ると演奏をいったんやめて避難をするんだそうです。警報が解除されると、弓を止めたそのところから演奏を再開したんだとか。町中へ出ていくということは、かなり危険だったはずなのに、市民たちはベルリン・フィルの演奏会を聴きに通ったそうです。市民のために音楽を奏でることが楽団員の心の支えとなり、またその音楽に耳を傾けることが市民の心の支えとなったとのこと。これこそ、上の記事にある「人間の尊厳が脅かされたときにこそ、心の底から音楽を聴きたくなる」ということなんでしょうね…
*************************
この日記を書きながら、先日UPしたマイケル・ジャクソンの映画を思い出しました。クラシック音楽とポップスという違いはありますが、音楽を聴くことでパワーがもらえる、生きる勇気をもらえる、という点では同じですよね。アーティスト側から言うなら、音楽を奏でる(歌を歌う)ことでみんなにパワーをプレゼントできる、生きる勇気を持ってもらえるということ。ジャンルは何であれ、音楽はやはり偉大だと改めて思った次第です。
THIS IS IT 、観てきちゃいました。感想は…
…よかった~~(感涙)
ちまたではマイケルの奇行だとか、頭髪がもうないとか、もうパフォーマンスは無理だとか色々言われていましたが、リハーサル風景を見てそれらのニュースがいかにいい加減なものだったのかが分かりましたです。あちこちの映画評で既に書かれていることなので、今さらワタシが書くのもナンだとは思うのですが、ちょこっとだけ感想を書かせてください。とにかく「見事!」のひとこと。溜息モノです。踊りのキレは全盛期のころからまったく衰えていないし、歌唱力やリズム感も相変わらず素晴らしい。リハーサルということで100%の力は出さずに抑えているはずなのですが、衣装が普段着なだけで、パフォーマンスは本番さながらの完成度。とにかく見事でした。この映像が撮られたころは、これが遺作になるとは誰も思っていなかったはず。スタッフが全員、マイケルを心からリスペクトして全力でサポートしているのが映像から伝わってくるだけに、訃報を聞いて彼らがどれだけ悲しんだか、想像するだけで切なくなってきます。月並みな表現ですが、惜しい人を亡くしました…。冗談抜きで、人類にとっての大きな損失だと思えます。
改めて感心したのは、マイケルが周囲に対して非常にフレンドリーなこと。音作りからダンスのパフォーマンスまで彼がいろいろ指示しているのですが、一貫して丁寧かつ優しい口調なのです。天才にありがちなピリピリ感もなく、現場はいたって和やかムード。いままで伝えられてきた報道がいかに誤っていたか、いかにねつ造されたものが多かったかを考えさせられました…。有名税とはいえ、ちょっと気の毒でした。
…ということで、2時間たっぷり堪能し、ちょっぴり悲しくなりながら帰路についたのでした。公開がさらに延長されたそうですし、よろしければ皆さんも見てね♪ なお、字幕はベテランの関美冬さん、監修は湯川れい子さんでした。
今さら感はありますが、予告編を載せちゃいますっ
…よかった~~(感涙)
ちまたではマイケルの奇行だとか、頭髪がもうないとか、もうパフォーマンスは無理だとか色々言われていましたが、リハーサル風景を見てそれらのニュースがいかにいい加減なものだったのかが分かりましたです。あちこちの映画評で既に書かれていることなので、今さらワタシが書くのもナンだとは思うのですが、ちょこっとだけ感想を書かせてください。とにかく「見事!」のひとこと。溜息モノです。踊りのキレは全盛期のころからまったく衰えていないし、歌唱力やリズム感も相変わらず素晴らしい。リハーサルということで100%の力は出さずに抑えているはずなのですが、衣装が普段着なだけで、パフォーマンスは本番さながらの完成度。とにかく見事でした。この映像が撮られたころは、これが遺作になるとは誰も思っていなかったはず。スタッフが全員、マイケルを心からリスペクトして全力でサポートしているのが映像から伝わってくるだけに、訃報を聞いて彼らがどれだけ悲しんだか、想像するだけで切なくなってきます。月並みな表現ですが、惜しい人を亡くしました…。冗談抜きで、人類にとっての大きな損失だと思えます。
改めて感心したのは、マイケルが周囲に対して非常にフレンドリーなこと。音作りからダンスのパフォーマンスまで彼がいろいろ指示しているのですが、一貫して丁寧かつ優しい口調なのです。天才にありがちなピリピリ感もなく、現場はいたって和やかムード。いままで伝えられてきた報道がいかに誤っていたか、いかにねつ造されたものが多かったかを考えさせられました…。有名税とはいえ、ちょっと気の毒でした。
…ということで、2時間たっぷり堪能し、ちょっぴり悲しくなりながら帰路についたのでした。公開がさらに延長されたそうですし、よろしければ皆さんも見てね♪ なお、字幕はベテランの関美冬さん、監修は湯川れい子さんでした。
今さら感はありますが、予告編を載せちゃいますっ
わたくしごとで大変恐縮ですが、先週の木曜日、私の祖母が他界いたしました。95歳(数えで97歳!)の大往生の上、苦しむこともなく眠るように逝きましたので、子供たち(私の母や伯母伯父)も孫たちも和やか~な雰囲気。実はお寺がいっぱいとのことで、お通夜と告別式はこれからなのです。祖母は昔、「モガ」だったそうで、ハイカラな格好をして銀座あたりをしゃなりしゃなりと歩いていたんだそ~です。私も若いころ、祖母からしょっちゅう「合ハイに行きなさいね~♪」と言われておりました。「合ハイ」って知らない方も多いと思うのですが(私ももちろん、言葉しか知りません)男女の合同ハイキングの略なんだそうで、今でいう合コン。男女の出会いの場の1つだったんだそうな。孫娘に合ハイを勧めるとはなんとハイカラな(?)おばあちゃん。
…と、内輪の話ですみません。この週末は親戚と会ったり、お手伝いをしたりでバタバタしてしまったのですが、とりあえず今日は平常に戻りました。お葬式前に不謹慎でごじゃりますが、今日の夕方、娘と THIS IS IT を見に行ってしまいますです。マイケル・ジャクソンのファンだったわけではないのですが、私の世代ってまいこーの黄金時代にどっぷり洋楽につかっていた人が多いですよね。彼の曲を聴くと、どうしても大学時代とか思い出してしまうのです。あと、東ドイツへまいこーのLPを郵送したこととかも懐かしく思い出されます…。そういえば、もうすぐベルリンの壁が崩壊した記念日ですね(11月9日)。今年はちょうど20周年。すべてがあっという間。Die Zeit vergeht wirklich schnell.
…と、内輪の話ですみません。この週末は親戚と会ったり、お手伝いをしたりでバタバタしてしまったのですが、とりあえず今日は平常に戻りました。お葬式前に不謹慎でごじゃりますが、今日の夕方、娘と THIS IS IT を見に行ってしまいますです。マイケル・ジャクソンのファンだったわけではないのですが、私の世代ってまいこーの黄金時代にどっぷり洋楽につかっていた人が多いですよね。彼の曲を聴くと、どうしても大学時代とか思い出してしまうのです。あと、東ドイツへまいこーのLPを郵送したこととかも懐かしく思い出されます…。そういえば、もうすぐベルリンの壁が崩壊した記念日ですね(11月9日)。今年はちょうど20周年。すべてがあっという間。Die Zeit vergeht wirklich schnell.
映画関係のニュースを読んでいたら、新しい映画の記事を見つけてしまいました。5人の男性の「恋活」を描いたコメディのようです。「Männer Herzen(直訳:男ゴコロ)」。ざざっと記事を読んだだけなので、詳しい内容は分からないのですが、いいヤツだけど太めでモテない(←よくありがち)クリスティアン・ウルメン、モテまくりでウハウハ状態のティル・シュヴァイガー(←ハマり役ですな)、その他、な~んとなく女性に縁のなさそうな風貌の男性3人が登場するみたい。キャストの中に、ナディア・ウールの名前も見えますです。監督は俳優のジーモン・フェアヘーフェン。「Mogadischu(邦題:ハイジャック181)」で副機長の役を演じておりまして、それを見たワタシは「ちょっといいかも♪」とか思ってしまった俳優さんでございます。監督としては2作目なんだそ~です。「白バラは死なず」(1982年)の監督、ミヒャエル・フェアヘーフェンの息子さんなんですね。
先日話題にしちゃったユストゥス・フォン・ドホナーニさんも出てまっせ。予告編の最後のほうに、紫のスーツといういでたちの、ミョ~なミュージシャンがソレです。
もう1つは、アキン監督「Soul Kitchen」の予告編が出来上がったみたいなので、載せちゃいますっ
先日話題にしちゃったユストゥス・フォン・ドホナーニさんも出てまっせ。予告編の最後のほうに、紫のスーツといういでたちの、ミョ~なミュージシャンがソレです。
もう1つは、アキン監督「Soul Kitchen」の予告編が出来上がったみたいなので、載せちゃいますっ
昨日、コメント欄で話題になった俳優さんがいます。ユストゥス・フォン・ドホナーニ。よくお邪魔するブログで、Annaさんが話題にしていらっしゃいました。「es」で看守役になり、ネチっこいキャラを熱演した俳優さんです。「ブッデンブローク家の人々」では、イボがチャ~ムポイントの粘着質な成金商人を演じていました。ホント、キモい役を演じさせるとこの人の右に出る人はいないって感じです。「ヒトラー最期の12日間」でも出てました。
ところで「フォン・ドホナーニ」って名前、どっかで聞いたことがある…。昔、カナリス提督について調べていたときに出てきた「ハンス・フォン・ドホナーニ」と関係あるのかなぁ?
…と思い、調べてみましたら、関係大アリのありちゅんでした。現在俳優として活躍中のユストゥスさんのお父さんは指揮者であり、そのお父さん(つまり祖父)が反ヒトラーの活動をしていたハンスさんだったんですね。さらに、ハンスさんのお父さん(ユストゥスの曾祖父)はハンガリー人の音楽家だったとか。だからドホナーニというドイツ人らしくない名字なのでした。ちょっとゴチャゴチャしていますが、いろいろ引用させていただきます・・・いつも横着して引用ばかりでスミマセン。
その1)まずは、曾祖父の音楽家(ウィキから引用いたします)
『ドホナーニ・エルネー(Dohnányi Ernő 1877年7月27日ポジョニ(現ブラティスラヴァ) - 1960年2月9日ニューヨーク市)は、ハンガリー人の音楽家。本人が生涯にわたって作品を発表する際に名乗っていたドイツ語名エルンスト・フォン・ドホナーニ(Ernst von Dohnányi)でも知られる。
指揮者・ピアニスト・音楽教師・学校管理者として多忙の合間を縫って、数々の作品を残した作曲家。音楽学校ではバルトークと同窓生に当たるが、ドホナーニ自身はブラームスの流れを汲む、19世紀ロマン主義音楽の伝統に忠実であり続けた。
二人の息子のうち、長男ハンス・フォン・ドホナーニ博士(Hans von Dohnanyi)はワイマール共和国で高名な法学者となり、その後ドイツ第三帝国において、義兄ディートリヒ・ボーンヘファーとならぶ反ナチ・レジスタンスの自己犠牲的な闘士として、ドイツ政治史に名を残すこととなる。ハンスの次男クリストフ・フォン・ドホナーニは世界的な指揮者の一人であり、祖父が教鞭を執るフロリダ州に学んだ。クリストフの息子ユストゥス(1960年 - )は、ドイツの俳優である。(ちなみにクリストフの兄クラウス(Klaus von Dohnanyi)はハンブルクの政界に入った。)
ドホナーニは、子孫が著名人になっただけでなく、その門下からも、アニー・フィッシャーやゲザ・アンダ、ミッシャ・レヴィツキなどの往年の名ピアニストや、フリッチャイやショルティらの国際的な指揮者を輩出した。』(以上、引用終わり)
その2)曾祖父の長男、ハンス・フォン・ドホナーニ(ユストゥスの祖父)
『1902-1945 ドイツ法務省に勤務、1933年よりドイツ最高裁判所長官補佐。ナチの司法権の行使に身の毛がよだち、―彼は国会議事堂放火事件の主要訴訟に職務上関わっていた― ヒトラーとナチ高官に対する将来の裁判に使用しようと、ナチの悪行を証明する関係書類を収集した。レーム粛清ののちの34年以降、義理の兄弟にあたるディートリヒ・ボンへーファーとゲルデラーを含む多くの反ヒトラー分子と接触するようになる。ボンへーファーとゲルデラーは、のちの反ヒトラー陰謀計画の指導的人物である。38年、ドーナニーは春だー将軍をリーダーとするヒトラー排除の活動に進んで加わる。しかしミュンヘン会談でのイギリスの融和政策によって、この活動の芽は摘まれてしまう。(中略)1943年3月、フォン・トレスコウのヒトラー暗殺計画に関与し逮捕される。やがて釈放されるが、翌年のヒトラー暗殺未遂事件ののち、他の容疑者とともに連行され、ザクセンハウゼンの強制収容所に、その後おそらくフロッセンビュルクの強制収容所に連れ去られた。戦後、彼の生存は確認されていない。』(以上、三交社「ナチス第三帝国事典」より引用)
その3)ハンスの孫で現在俳優として活躍中のユストゥス
『リューベック生まれ。父親は世界的に著名な指揮者のクリストフ・フォン・ドホナーニ、曾祖父エルンストはハンガリーのピアニスト・作曲家、祖父ハンスは法律家で反ナチの闘士、伯父クラウスはドイツ社会民主党の政治家でハンブルク市長を務めた。ハンブルク音楽・表現芸術高等学院で演劇を学ぶ。卒業後はフランクフルト市立劇場やハンブルクのタリア劇場の舞台に立つ。』(ウィキから引用)
*******************************
ゴチャゴチャして分かりにくいのですが、すごーーい家系だということは伝わってきました。観客に、「うわっ この人、キモっ」と思わせるということは、演技力があるってことですよね。うん、きっとユストゥスさんの才能なんでしょう。そうだ、きっと。
ところで「フォン・ドホナーニ」って名前、どっかで聞いたことがある…。昔、カナリス提督について調べていたときに出てきた「ハンス・フォン・ドホナーニ」と関係あるのかなぁ?
…と思い、調べてみましたら、関係大アリのありちゅんでした。現在俳優として活躍中のユストゥスさんのお父さんは指揮者であり、そのお父さん(つまり祖父)が反ヒトラーの活動をしていたハンスさんだったんですね。さらに、ハンスさんのお父さん(ユストゥスの曾祖父)はハンガリー人の音楽家だったとか。だからドホナーニというドイツ人らしくない名字なのでした。ちょっとゴチャゴチャしていますが、いろいろ引用させていただきます・・・いつも横着して引用ばかりでスミマセン。
その1)まずは、曾祖父の音楽家(ウィキから引用いたします)
『ドホナーニ・エルネー(Dohnányi Ernő 1877年7月27日ポジョニ(現ブラティスラヴァ) - 1960年2月9日ニューヨーク市)は、ハンガリー人の音楽家。本人が生涯にわたって作品を発表する際に名乗っていたドイツ語名エルンスト・フォン・ドホナーニ(Ernst von Dohnányi)でも知られる。
指揮者・ピアニスト・音楽教師・学校管理者として多忙の合間を縫って、数々の作品を残した作曲家。音楽学校ではバルトークと同窓生に当たるが、ドホナーニ自身はブラームスの流れを汲む、19世紀ロマン主義音楽の伝統に忠実であり続けた。
二人の息子のうち、長男ハンス・フォン・ドホナーニ博士(Hans von Dohnanyi)はワイマール共和国で高名な法学者となり、その後ドイツ第三帝国において、義兄ディートリヒ・ボーンヘファーとならぶ反ナチ・レジスタンスの自己犠牲的な闘士として、ドイツ政治史に名を残すこととなる。ハンスの次男クリストフ・フォン・ドホナーニは世界的な指揮者の一人であり、祖父が教鞭を執るフロリダ州に学んだ。クリストフの息子ユストゥス(1960年 - )は、ドイツの俳優である。(ちなみにクリストフの兄クラウス(Klaus von Dohnanyi)はハンブルクの政界に入った。)
ドホナーニは、子孫が著名人になっただけでなく、その門下からも、アニー・フィッシャーやゲザ・アンダ、ミッシャ・レヴィツキなどの往年の名ピアニストや、フリッチャイやショルティらの国際的な指揮者を輩出した。』(以上、引用終わり)
その2)曾祖父の長男、ハンス・フォン・ドホナーニ(ユストゥスの祖父)
『1902-1945 ドイツ法務省に勤務、1933年よりドイツ最高裁判所長官補佐。ナチの司法権の行使に身の毛がよだち、―彼は国会議事堂放火事件の主要訴訟に職務上関わっていた― ヒトラーとナチ高官に対する将来の裁判に使用しようと、ナチの悪行を証明する関係書類を収集した。レーム粛清ののちの34年以降、義理の兄弟にあたるディートリヒ・ボンへーファーとゲルデラーを含む多くの反ヒトラー分子と接触するようになる。ボンへーファーとゲルデラーは、のちの反ヒトラー陰謀計画の指導的人物である。38年、ドーナニーは春だー将軍をリーダーとするヒトラー排除の活動に進んで加わる。しかしミュンヘン会談でのイギリスの融和政策によって、この活動の芽は摘まれてしまう。(中略)1943年3月、フォン・トレスコウのヒトラー暗殺計画に関与し逮捕される。やがて釈放されるが、翌年のヒトラー暗殺未遂事件ののち、他の容疑者とともに連行され、ザクセンハウゼンの強制収容所に、その後おそらくフロッセンビュルクの強制収容所に連れ去られた。戦後、彼の生存は確認されていない。』(以上、三交社「ナチス第三帝国事典」より引用)
その3)ハンスの孫で現在俳優として活躍中のユストゥス
『リューベック生まれ。父親は世界的に著名な指揮者のクリストフ・フォン・ドホナーニ、曾祖父エルンストはハンガリーのピアニスト・作曲家、祖父ハンスは法律家で反ナチの闘士、伯父クラウスはドイツ社会民主党の政治家でハンブルク市長を務めた。ハンブルク音楽・表現芸術高等学院で演劇を学ぶ。卒業後はフランクフルト市立劇場やハンブルクのタリア劇場の舞台に立つ。』(ウィキから引用)
*******************************
ゴチャゴチャして分かりにくいのですが、すごーーい家系だということは伝わってきました。観客に、「うわっ この人、キモっ」と思わせるということは、演技力があるってことですよね。うん、きっとユストゥスさんの才能なんでしょう。そうだ、きっと。
先日、ドイツ映画祭でのこと。「SOUL KITCHEN」の上映後にQ&Aが行われた際、モーリッツ・ブライプトロイが現在、ナチのゲッベルス宣伝相役に取り組んでいるとの話が出ました。ええっ モーリッツ君がゲッベルス?ちょっとイメージが違うような…いや、演技派の彼のことだから、うまく役作りをしてゲッベルスになりきってしまうのでは…?と、その新作のことが気になってしまいました。
早速、家で検索してみたところ、ありました、ありました。今年の6月末にクランクインしていたんですね。ワタシったら知らなんだ。監督は「素粒子」のオスカー・レーラー、共演者としてマルティナ・ゲデックの名前も見えます。モーリッツ・ブライプトロイとマルティナ・ゲデックの組み合わせは「バーダー・マインホフ」以来ですね。名コンビかも。
記事は → コチラ
まだ仮題だそうですが、『Jud Süss - Film ohne Gewissen』というタイトルがついております。『Jud Süss(ユダヤ人ズュース)』というのは、ナチの時代にプロパガンダ映画を撮ったことで知られるファイト・ファーラン監督の作品。そのタイトルのあとに、「良心なき映画」という副題がついています。この記事によりますと、ゲッベルスの強い勧めでプロパガンダ映画を撮ることになったファイト・ファーラン監督に出演を頼まれた、俳優フェルディナント・マリアンの苦悩を描いた映画らしいです。ウィキによりますと、フェルディナント・マリアンがこの映画に出演することを渋ったそうで、それをゲッベルスが説得したとのこと。ゲッベルス自身がそのことを日記に書き残しているそうです。その主人公フェルディナント役を演じるのがオーストリアの人気俳優トービアス・モレッティ。その妻をマルティナ・ゲデックが、ゲッベルス宣伝相をモーリッツ・ブライプトロイが演じるのだそうです。それ以外にも、キャストの中にアルミン・ローデ、ローベルト・シュタートルオーバー、パウラ・カレンベルクなどの名前が見られます。ちなみに本作の元となった『Jud Süss』はズュースという名のユダヤ人が主人公だそうで、極悪人の金貸しとして描かれているんだそうな。最後は命乞いをしながら処刑されてしまうんだそうです。ドイツでは『意志の勝利』などと同様、条件を満たさない限り一般公開は許可されていない Vorbehaltsfilme とされています。
主役のトービアス・モレッティって、実はワタシ、ちょっと好きだったりします♪ 先日ちらっと書きました「Kommissar Rex」(警察犬レックスが主人公の刑事ドラマ)で、カール・マルコビッチと組んでいたのがこの俳優さんなのです。イタリア系ということで黒い髪。濃い顔なのだ。
ナチのお気に入り映画監督だったファイト・ハーランの作品は、allcinema online で見る限り、3本ほど日本で公開されている模様。しかしその中に『Jud Süss』は入っていませんでした。もしかすると日本では未公開?いずれにしましても、ガチガチのプロパガンダ映画ということですので、内容はソレっぽいものなのでしょう。無知でお恥ずかしい限りですが、この監督は戦後どうしたのかが知りたいところ。非ナチ化(Entnazifizierung)の裁判では軽い刑で済んだとの話ですが、詳しく知りたいな~と思います。が、調べる時間がニャイ… とにかく映画の完成が楽しみなのだ♪ 来年のドイツ映画祭に来てくれちゃったりすると嬉しいなぁ…。でもって、ご縁があると嬉しいなぁ…。
早速、家で検索してみたところ、ありました、ありました。今年の6月末にクランクインしていたんですね。ワタシったら知らなんだ。監督は「素粒子」のオスカー・レーラー、共演者としてマルティナ・ゲデックの名前も見えます。モーリッツ・ブライプトロイとマルティナ・ゲデックの組み合わせは「バーダー・マインホフ」以来ですね。名コンビかも。
記事は → コチラ
まだ仮題だそうですが、『Jud Süss - Film ohne Gewissen』というタイトルがついております。『Jud Süss(ユダヤ人ズュース)』というのは、ナチの時代にプロパガンダ映画を撮ったことで知られるファイト・ファーラン監督の作品。そのタイトルのあとに、「良心なき映画」という副題がついています。この記事によりますと、ゲッベルスの強い勧めでプロパガンダ映画を撮ることになったファイト・ファーラン監督に出演を頼まれた、俳優フェルディナント・マリアンの苦悩を描いた映画らしいです。ウィキによりますと、フェルディナント・マリアンがこの映画に出演することを渋ったそうで、それをゲッベルスが説得したとのこと。ゲッベルス自身がそのことを日記に書き残しているそうです。その主人公フェルディナント役を演じるのがオーストリアの人気俳優トービアス・モレッティ。その妻をマルティナ・ゲデックが、ゲッベルス宣伝相をモーリッツ・ブライプトロイが演じるのだそうです。それ以外にも、キャストの中にアルミン・ローデ、ローベルト・シュタートルオーバー、パウラ・カレンベルクなどの名前が見られます。ちなみに本作の元となった『Jud Süss』はズュースという名のユダヤ人が主人公だそうで、極悪人の金貸しとして描かれているんだそうな。最後は命乞いをしながら処刑されてしまうんだそうです。ドイツでは『意志の勝利』などと同様、条件を満たさない限り一般公開は許可されていない Vorbehaltsfilme とされています。
主役のトービアス・モレッティって、実はワタシ、ちょっと好きだったりします♪ 先日ちらっと書きました「Kommissar Rex」(警察犬レックスが主人公の刑事ドラマ)で、カール・マルコビッチと組んでいたのがこの俳優さんなのです。イタリア系ということで黒い髪。濃い顔なのだ。
ナチのお気に入り映画監督だったファイト・ハーランの作品は、allcinema online で見る限り、3本ほど日本で公開されている模様。しかしその中に『Jud Süss』は入っていませんでした。もしかすると日本では未公開?いずれにしましても、ガチガチのプロパガンダ映画ということですので、内容はソレっぽいものなのでしょう。無知でお恥ずかしい限りですが、この監督は戦後どうしたのかが知りたいところ。非ナチ化(Entnazifizierung)の裁判では軽い刑で済んだとの話ですが、詳しく知りたいな~と思います。が、調べる時間がニャイ… とにかく映画の完成が楽しみなのだ♪ 来年のドイツ映画祭に来てくれちゃったりすると嬉しいなぁ…。でもって、ご縁があると嬉しいなぁ…。
この映画について、先ほど30分かけて日記を書いたのですが、送信ボタンを押したとたんに画面が真っ白に
… ここ2、3日、ど~も調子が悪いのです。おかしいって、IEの調子が。それともパソコンに何か不具合があるのでしょうか?くしょーーー
気を取り直して書き直します。この映画は知人から面白いよ、と聞いていましたので楽しみにしておりました。映画祭3日目の午後。3時半からのトークショーが終わり、時間が空いたので、通訳の友人と一緒にイタリアンを鱈腹(←漢字で書くとリアル)食べ、「甘いものは別腹~♪」とか言いながらデザートもたっぷり詰め込み、お腹は鱈腹どころかマンボウ腹状態。そして映画は夜の7時半から10時まで。とーぜん、満腹で眠くなりますです。
さてさて、この短編集は13のストーリーで構成されておりました。こう言っちゃあナンですが、やっぱり著名な監督の作品は面白いです。10分前後という短い時間で観客の心に何かを残すには、やはりセンスが必要なんですよね。以下、一部だけご紹介させてくださいっ
★第2話「ヨシュア」
ダニー・レヴィ監督
将来を悲観するダニー(監督本人)が、医師から悲観止めという薬を処方されます。それを飲むとあら不思議。周囲がみんな親切になり、幼い息子が空を飛ぶのです。こう書くと荒唐無稽に聞こえますが、面白かったです。空から着地した息子の目の前には、ある有名人が…。ソックリさんなのですが、ヘアスタイルと服装と体形で一目瞭然。エンディングも面白かったですが、よく考えてみると、痛烈かも。
★第3話「ムラート・クルナスという青年」
ファティ・アキン監督
ドイツ生まれの移民二世の青年が、タリバンの一味であるとの疑いがかけられ、5年もグアンタナモ収容所に収容されていたという事実をもとに、本人のインタビューを再現したものです。「SOUL KITCHEN」と違い、こちらは政治家の名前も実名で登場し、かなりリアルな内容でした。
★第5話「不都合な状況」
ズィルケ・エンダース監督
カール・マルコヴィッチ出演
親からかまってもらえない子供などに、放課後の食事を出してやる施設を営む男性と、それを取材するリポーターが登場します。男性は「ヒトラーの贋札」のカール・マルコヴィッチ。この俳優さんを初めて見たのは、ミステリチャンネルで放映されているオーストリアの超人気刑事ドラマ「Kommissar Rex」(警察犬のレックスが超カワイイ)でした。ちょっととぼけた感じのシュトッキー警部役。そのころは、頼りなさげな感じだったのですが、今じゃ大物オスカー俳優の1人ですもん、大出世ですよね。女性リポーターは、「FC Venus(ヴィーナス11 彼女がサッカーを嫌いな理由」で、プロのゴールキーパー役を演じた女優さんです。
★第7話「ドイツ的フォントへのこだわり」
ハンス・シュタインビヒラー監督
FAZ(フランクフルター・アルゲマイネ紙)からドイツ的フォント(ヒゲ文字)が消えたことに激怒し、新聞社を襲うというブラックな話でした。主役は「冬の贈りもの」で画家役を演じたヨーゼフ・ビアビヒラー。このおじさん、おっとりしているけど演技派で結構好きです。
★第9話「危険分子」
ハンス・ヴァインガルトナー監督
この短編は、何気なく描かれているようで、実は深刻な問題を扱っているように思います。ある大学教師が長期にわたって監視下に置かれた末、テロリストとして逮捕されてしまう、という実話に基づいた話だそうです。ドイツはテロを恐れるあまり、ここまで監視社会になってしまっているのか…と考えさせられました。
★第10話「出張」
トム・ティクヴァ監督
ベンノ・フュアマン出演
エリートビジネスマンが、パリ、香港、カイロ、サンディエゴの4都市に出張するというストーリー。毎回同じチェーンのホテルに泊まり、アメニティをごっそり持ち帰り、ベッドに入ったら毎回同じアダルトなテレビ(ビデオ?DVD?よーわからんのですが)をつけ、翌朝はスタバで飲み物を頼む。毎回この繰り返しなのです。監督はグローバル化を皮肉ったのでしょうか。真面目で堅物そうな主人公が、無表情でアダルトビデオに見入るのが個人的にツボでした。ベンノ・フュアマンを最初に見たのは「アナトミー」でした。その後、「戦場のアリア」で活躍し、昨年は「ノース・フェース アイガー北壁」で主役を演じておりました。
★第11話「ラムセス-セックス・バーの主が語る」
ロムアルト・カーマカー監督
長年にわたり、いかがわしい店を営んできた主が独白する、というスタイルです。これがですねー 個人的にツボでした。店主が「いかにも」って感じの風貌で、その語り口も怪しげなのですが、老後は故郷のペルシャに帰りたい、といったことを語るのにしんみりしました。稼がせてくれて、ドイツには感謝している、とも確か語っていたような。決して、「いかがわしいオヤジの独白」ではないのです…
★第12話「病気の館」
ヴォルフガング・ベッカー監督
これも面白かったです。さすが、「グッバイ、レーニン!」の監督。ドイツをボロボロで朽ちかけた病院にたとえ、風刺が利いています。「社会梗塞」なる病名も飛び出し、今のドイツを皮肉ったもの。ちょっとエグい映像も出てくるのですが(ヒルが患者の血を吸ったりとか)よくよく考えますと、とってもブラック。大人のコメディという印象を受けました。
ふぅ、大急ぎで書き直しましたので、もしかすると誤植があるかも・・・。睡魔に襲われつつ観ましたので、もしかしたら解釈に誤りがあるかも・・・。間違っていましたら、教えてくださいね♪
気を取り直して書き直します。この映画は知人から面白いよ、と聞いていましたので楽しみにしておりました。映画祭3日目の午後。3時半からのトークショーが終わり、時間が空いたので、通訳の友人と一緒にイタリアンを鱈腹(←漢字で書くとリアル)食べ、「甘いものは別腹~♪」とか言いながらデザートもたっぷり詰め込み、お腹は鱈腹どころかマンボウ腹状態。そして映画は夜の7時半から10時まで。とーぜん、満腹で眠くなりますです。
さてさて、この短編集は13のストーリーで構成されておりました。こう言っちゃあナンですが、やっぱり著名な監督の作品は面白いです。10分前後という短い時間で観客の心に何かを残すには、やはりセンスが必要なんですよね。以下、一部だけご紹介させてくださいっ
★第2話「ヨシュア」
ダニー・レヴィ監督
将来を悲観するダニー(監督本人)が、医師から悲観止めという薬を処方されます。それを飲むとあら不思議。周囲がみんな親切になり、幼い息子が空を飛ぶのです。こう書くと荒唐無稽に聞こえますが、面白かったです。空から着地した息子の目の前には、ある有名人が…。ソックリさんなのですが、ヘアスタイルと服装と体形で一目瞭然。エンディングも面白かったですが、よく考えてみると、痛烈かも。
★第3話「ムラート・クルナスという青年」
ファティ・アキン監督
ドイツ生まれの移民二世の青年が、タリバンの一味であるとの疑いがかけられ、5年もグアンタナモ収容所に収容されていたという事実をもとに、本人のインタビューを再現したものです。「SOUL KITCHEN」と違い、こちらは政治家の名前も実名で登場し、かなりリアルな内容でした。
★第5話「不都合な状況」
ズィルケ・エンダース監督
カール・マルコヴィッチ出演
親からかまってもらえない子供などに、放課後の食事を出してやる施設を営む男性と、それを取材するリポーターが登場します。男性は「ヒトラーの贋札」のカール・マルコヴィッチ。この俳優さんを初めて見たのは、ミステリチャンネルで放映されているオーストリアの超人気刑事ドラマ「Kommissar Rex」(警察犬のレックスが超カワイイ)でした。ちょっととぼけた感じのシュトッキー警部役。そのころは、頼りなさげな感じだったのですが、今じゃ大物オスカー俳優の1人ですもん、大出世ですよね。女性リポーターは、「FC Venus(ヴィーナス11 彼女がサッカーを嫌いな理由」で、プロのゴールキーパー役を演じた女優さんです。
★第7話「ドイツ的フォントへのこだわり」
ハンス・シュタインビヒラー監督
FAZ(フランクフルター・アルゲマイネ紙)からドイツ的フォント(ヒゲ文字)が消えたことに激怒し、新聞社を襲うというブラックな話でした。主役は「冬の贈りもの」で画家役を演じたヨーゼフ・ビアビヒラー。このおじさん、おっとりしているけど演技派で結構好きです。
★第9話「危険分子」
ハンス・ヴァインガルトナー監督
この短編は、何気なく描かれているようで、実は深刻な問題を扱っているように思います。ある大学教師が長期にわたって監視下に置かれた末、テロリストとして逮捕されてしまう、という実話に基づいた話だそうです。ドイツはテロを恐れるあまり、ここまで監視社会になってしまっているのか…と考えさせられました。
★第10話「出張」
トム・ティクヴァ監督
ベンノ・フュアマン出演
エリートビジネスマンが、パリ、香港、カイロ、サンディエゴの4都市に出張するというストーリー。毎回同じチェーンのホテルに泊まり、アメニティをごっそり持ち帰り、ベッドに入ったら毎回同じアダルトなテレビ(ビデオ?DVD?よーわからんのですが)をつけ、翌朝はスタバで飲み物を頼む。毎回この繰り返しなのです。監督はグローバル化を皮肉ったのでしょうか。真面目で堅物そうな主人公が、無表情でアダルトビデオに見入るのが個人的にツボでした。ベンノ・フュアマンを最初に見たのは「アナトミー」でした。その後、「戦場のアリア」で活躍し、昨年は「ノース・フェース アイガー北壁」で主役を演じておりました。
★第11話「ラムセス-セックス・バーの主が語る」
ロムアルト・カーマカー監督
長年にわたり、いかがわしい店を営んできた主が独白する、というスタイルです。これがですねー 個人的にツボでした。店主が「いかにも」って感じの風貌で、その語り口も怪しげなのですが、老後は故郷のペルシャに帰りたい、といったことを語るのにしんみりしました。稼がせてくれて、ドイツには感謝している、とも確か語っていたような。決して、「いかがわしいオヤジの独白」ではないのです…
★第12話「病気の館」
ヴォルフガング・ベッカー監督
これも面白かったです。さすが、「グッバイ、レーニン!」の監督。ドイツをボロボロで朽ちかけた病院にたとえ、風刺が利いています。「社会梗塞」なる病名も飛び出し、今のドイツを皮肉ったもの。ちょっとエグい映像も出てくるのですが(ヒルが患者の血を吸ったりとか)よくよく考えますと、とってもブラック。大人のコメディという印象を受けました。
ふぅ、大急ぎで書き直しましたので、もしかすると誤植があるかも・・・。睡魔に襲われつつ観ましたので、もしかしたら解釈に誤りがあるかも・・・。間違っていましたら、教えてくださいね♪
監督:カロリーネ・リンク出演:
リリー:カロリーネ・ヘアフルト
マックス:ヨーゼフ・ビアビヒラー
リリーの母:コリンナ・ハルフォウフ
リリーの父:ハンス・ツィッシュラー
<チョ~簡単なあらすじ>
ミュンヘンの郊外にあるアトリエで独り暮らしをする画家マックスのもとへ、ある女性がやってきます。インテリアデザイナーであるその女性は、2人の子供を肖像画に描いてほしいと依頼しにきたのです。娘の名はリリー。両親の家を出て、大学で歌やダンスを勉強している学生です。裕福な家庭に育ったものの、心に闇を抱え、両親、特に母親に反発して育ちました。もう1人の子供はリリーの弟で、名前はアレックス。猟銃事故により、昨年の秋に命を落としたとのことでした。
肖像画制作のため、アトリエに通うことを渋々了承したリリーは、マックスに対しても棘のある態度で接します。ところが彼のもとへ通ううちに頑なだったリリーの心は少しずつ変化していくのでした。マックスと語り合うことで、屈折した自分の深層心理に気づいたのです。弟アレックスは事故死ではなく、猟銃を使った自殺であったことをリリーはマックスに打ち明けました。マックスもリリーを描いていくうちに、リリーの本当の心の内を知るようになります。完成寸前だった肖像画のリリーは、険しい表情をしていました。本当のリリーを描いていないことに気付いたマックスは、新たに絵を描き直します。真のリリーの姿を描くために。
********************
とっても静かで、とっても美しい映像です。淡々と交わされる会話を追っていくうちに、登場人物の深層心理や心境の変化が浮かび上がってくる、という感じです。白と黒のコントラストの使い方や、静と動の組み合わせなど、さすがカロリーネ・リンク監督だな~と感心します。
が、映画の中で解明されなかった事実も多く、監督はあえて観客に判断を委ねる方法をとったのではないかと思われます。そのためか、余韻を残すエンディングとなっていました。
主人公リリー役を演じたカロリーネ・ヘアフルトってあちこちの映画で引っ張りだこですね。最近では「愛を読むひと」でも見かけました。「パフューム ある人殺しの物語」では、主人公を魅了するすもも売りの娘でした。私が最初に見たのは「Crazy」か「ビター・スウィート」(ウルリッヒ・ミューエの娘、アンナ・マリア・ミューエのデビュー作)だった記憶が。そのころは、生意気な小娘っぽいイメージだったのですが、最近は演技の幅を広げているんだな~という印象を受けますです。
マックス役のヨーゼフ・ビアビヒラーも、ちょくちょく見かけます。演技派で安心して見ていられる俳優さんの1人ですな。今回の映画祭で上映された短編集「ドイツ2009」の中でも出演していました(「ドイツ的フォントのこだわり」で主演)。
リリーの母を演じたのは、ベテラン女優のコリンナ・ハルフォーフ。いつ見てもキレイですよね~。凛とした美しさを感じます。芯の強い大人の女って感じ。「ヒトラー最後の12日間」でゲッベルス夫人を演じたことで知られていますよね。わが子に毒を飲ませて次々と手にかけていくシーンは衝撃的でした。本人のインタビューで知ったのですが、役作りで感情移入しすぎて、あのシーンを取ったあとはしばらく情緒不安定になったとか。全然関係ないことですが、コリンナさんが今回、本編の中で黒いロング丈のカーディガンを着ていたのです。それがですね~ ワタシもそっくりなのを持っていまして「おおぉっ お揃いやないか~」と勝手に盛り上がりました…(←って、どーでもいい話ですが^^;)
嗚呼、ドイツ映画って見ていると、ストーリーだけでなくいろいろなプチ発見をして一人で盛り上がれちゃうのが楽しいですっ
監督:ファティ(ヒ)・アキン出演者:
ジノス:アダム・ブスドゥコス
イリアス:モーリッツ・ブライプトロイ
ナディーン:フェリーヌ・ロッガン
シェイン:ビロル・ユーネル
<チョ~簡単なあらすじ>
ジノスはハンブルクで「ソウル・キッチン」という冴えないレストランを経営しています。メニューはハンバーグや魚のフライやフライドポテトといった、いわゆるジャンクフード系。冷凍品をテキト~に加熱し、安い値段で客に出しています。そんなジノスが心から愛してやまないナディーンが海外特派員として上海へ行くことに。遠距離恋愛に耐えられず、ジノスは腰痛に悩まされながらも店を誰かに頼んで上海へ行く決意をします。そんな折に現れたのが、チョ~いい加減な弟イリアス。窃盗罪で服役中でしたが、仮出所でシャバに出てきたのです。
一方、変人だけど腕のいい魂の料理人シェインを雇うと客層が変わり、店は大繁盛。ところが喜びもつかの間、ナディーンが急によそよそしくなり、ジノスはいてもたってもいられなくなります。痛めた腰はいよいよ悪くなり、店を任せた弟がギャンブルに負けた挙句に店を乗っ取られ、ジノスも警察につかまり、万事休す…
***************************
この映画、私はめちゃくちゃ好きです。それまでのアキン監督作品はどちらかというとシリアスだったのですが、今回は一転して明るいムード。女性には赤面モノのエッチなシーンもありますが、ぷぷっと笑ってしまうようなおバカなシーンもあって楽しく見られます。移民が抱える問題などにもさりげなく触れられていましたが、心がぽっと温かくなる演出も随所に見られ、「見てよかった♪」と思わせてくれました。全編に監督の愛があふれているように思います。映画作りへの愛、関係者への愛、いまや多民族都市であり、種々雑多な文化が交錯する故郷ハンブルクへの愛。
監督は本作を「Heimatfilm(郷土映画)」ととらえている、というのはあちこちで耳にします。単なるコメディではなく、出身地のハンブルクへ捧げる愛のメッセージなのだと。来日したプロデューサーさん(本作でちょこっとだけ出演もしています。いい味出てまっせ)もそのことをおっしゃっていました。単なる「移民映画」だとか、面白可笑しいコメディだとかでくくられたくない、という監督の気持ちがうかがわれました。
チョ~いい加減な弟イリアスを演じたモーリッツ・ブライプトロイはさすがの存在感。前回の「バーダー・マインホフ」ではドイツの社会を震撼させたテロリストを熱演していましたが、今回のようなキャラクターもハマり役。「ノッキン・オン・ヘブンス・ドア」でもおマヌケなギャングを好演していましたが、今回の「いい加減度」は上を行くかも。
私が今回「ステキ…♪」と思ってしまいましたのは、トルコ系の俳優ビロル・ユーネル。「Gegen die Wand (愛より強く)」で主演を演じた俳優さんです。天才肌だけど気難しくい風来坊「魂の料理人」がぴったりハマっていました。
ご紹介する順序が逆になってしまったのですが、来日した主役のアダム・ブスドウコスさんは、とってもフレンドリーな方でした。私ってば上映後にサインをおねだりしてしまったのですが、私の前にサインをお願いした人がサインペンを忘れていったらしく、アダムさんは「あれ?誰か忘れてるよー さむばでぃ~ 忘れてるよー」と、持ち主を捜してらっさいました。「ええ人や~♪」と和んだ次第でして^^;(左のサインは、ナディーン役だったフェリーヌさんのもの。右がアダムさんのサインでごじゃります。フェリーヌさんはモデルでもあるということで、すっごくキレイ。脚が長くて顔が小さすぎ。)大きな声では言えませんが、本作の公式HPに載っているブログにJapan Premiere の様子が載っていました。でもって、begeisterte Autogrammjäger に私が写り込んでしまいました…orz...
ドイツプレミアの様子。冒頭に税務署のシュスターさんが見えます(←ご覧になった方じゃないと分からないネタでスミマセン…。あと、「愛より強く」のヒロインも。)
監督:宮山麻里枝出演:
小野寺亜紀:猪俣ユキ
エリアスの父:ハンス・クレーマー
エリアス:オルランド・クラウス
亜紀の父:大和田伸也
亜紀の母:音無美紀子
写真店の店主:峰岸徹
<チョ~簡単なあらすじ>
亜紀は就活中の大学生。幼いころに自動車事故で両親と弟を亡くし、父の姉夫婦に引き取られて育ちました。ある日、古い小包を見つけ、初めてその箱を開けます。小包はドイツから送られたもので、中には事故死した家族の遺品と赤い点がついた地図が入っていました。家族が事故に遭った位置を示す赤い点です。我が子同様に愛情を注いでくれる伯母と伯父でしたが、亜紀は自分の家族のことを知るべく、地図を頼りに一人でドイツへ旅立ちます。
赤い点の位置を突き止めることもできず、途方に暮れる亜紀を助けたのは、厳格な家具職人の父に反抗して自暴自棄になっていたエリアスという青年でした。片言のドイツ語で話し合ううちに、エリアスは亜紀に惹かれていきます。また、それまで厳格で堅物だった父ヨハネスも、亜紀が現れたことで少しずつ変化していきました。
ところが。エリアスの助けで赤い点の位置を突き止めた亜紀に、父ヨハネスが衝撃の告白をするのです…
**************************
宮山麻里枝さんは、日本人で初めてミュンヘン・テレビ・映画大学を卒業した映画監督だそうです。この大学の卒業生には、「善き人のためのソナタ」のドナースマルク監督もおり、非常にハイレベルな教育機関として知られているそうです。すごいっ 監督ご本人も映画祭に来ておられましたが、厳しい環境の中で頑張ってこられた方とは思えないほど、ニコニコと穏やかな笑みを浮かべた優しそうな女性でした。オープニングでは、外国人監督にも分け隔てなく機会を与えてくれるドイツの映画界にお礼を言いたい、と感謝の弁を述べておられました。傍から見ると、ここまで成功したのはご本人の努力と才能の賜物だと思うのですが、まず最初に感謝の言葉を口にされる控え目で慎ましやかなところが日本的でいいな~♪と感激した次第です。
物語の舞台は東京とドイツの南部、のどかなアルゴイ地方。緑が豊かで広々としていて、とっても牧歌的。風景を見るだけで癒されます。
<おまけ>
会場のトイレで、大和田伸也さんとすれ違ってしまったのだ。つい思いだしてしまったのは、ドロドロの昼ドラ「真珠夫人」。ワタシってば、古っ
『ブッデンブローク家の人々』原作:トーマス・マン
監督:ハインリヒ・ブレレーア
出演者:
ジャン・ブッデンブローク:アルミン・ミュラー=シュタール
長女トーニ:ジェシカ・シュヴァルツ
長男トーマス:マルク・ヴァシュケ
次男クリスティアン:アウグスト・ディール
などなど
<チョ~簡単なあらすじ>
時は19世紀、物語の舞台はハンザ都市として栄えたリューベック。ブッデンブローク家は穀物の取引で財をなした名門商家です。ジャン・ブッデンブロークはブッデンブローク商会の社主として、子供たちにも商人として生きることを要求します。跡継ぎとして自らを厳しく律する長男トーマスと違い、次男のクリスティアンは見るからに優男。商才に欠けるばかりでなく、精神的にも不安定で一家の悩みの種となっていきます。奔放な長女アントーニエ(トーニ)は、商家の娘として生きることに抵抗を感じるものの、最終的には父に従い、イボがチャ~ムポイント♪の成金商人に嫁ぎます。
裕福で優雅な暮らしを送る一家でしたが、運命は少しずつ狂い始めます。1848年の革命、取引先の倒産、娘の嫁ぎ先の経営破たん、父の急死… 長男トーマスの苦悩は深まるばかりでした…
*****************
大きなスクリーンで見ますと、細部まで小道具などの美術が凝りに凝っていることが分かります。家具に食器、壁にかけてある肖像画、ドレス、アクセサリー、美しく整えた巻き髪… 「オルフェウスの窓」にハマりまくったワタクシですので、それらを見るだけでも溜息とヨダレが出るのですが、19世紀のリューベックを再現した見事な町並みも圧巻です。来日した撮影監督の話によりますと、リューベックは第二次大戦で激しい空爆を受け、大きな被害を受けたとのこと。それでも古い町並みは残っており、それを撮影に使いつつ、新しい部分はCGなどでうまく処理したそうです。ハンザ都市として栄えたリューベックの活気が画面からも伝わってきました。
ブッデンブローク家の栄枯盛衰ということで、「枯」「衰」の部分が見ていて辛いのですが、栄華を誇ったものが没落していくのは世の常。洋の東西を問わないんだなぁと改めて思わせてくれる作品でした。2時間半の超大作ですが、原作をかなりコンパクトにまとめているため、話の展開が早く、長さを感じさせない内容です。
長男を演じた俳優さんが、ちょっといいかも♪ フィルモを見ましたところ、過去にはそれほど有名な作品には出ていない模様なのですが、見た目もオッケ~ですし、演技もうまかったですし◎(二重マル)でした♪
昨日、ドイツ映画祭2009が初日を迎えました。ううぅぅぅっ ワタシってば、ウレチイのであります。これを楽しみに生きているようなものでして… しょっぱなから大入り、満員御礼でありました。東京のみの開催なので、関東にお住まいの方しか見られないのが申し訳ないような…。地方へも巡回してくれるといいのにな~と思いつつ、上映作品を順次ご紹介させてくださいっ

昨日は夕方17時からオープニングセレモニーとファティ(ヒ)・アキン監督の「SOUL KITCHEN」の上映会があったのですが、それに先駆けてブレレーア監督の「ブッデンブローク家の人々」と、日本人で初めてドイツの映画大学を卒業した宮山麻里枝監督の「赤い点」が上映されました。会場は昨年と同じく、新宿のバルト9。新しくてキレイなシネコンです。今年はスケジュールの調整がつかなかったのか、ゲストが昨年よりは少なかったものの、ナマで出演者を眼の前にするとやっぱり舞い上がってしてしまう私のサガ。嗚呼、いい年して恥ずかしい…。ちゃっかりサインしてもらってホクホクでございました。
会場ではブログつながりの方にもお会いでき(ありがとうございました!ワタシったら遅れてしまってすみませんでした)楽しかったです。

昨日は夕方17時からオープニングセレモニーとファティ(ヒ)・アキン監督の「SOUL KITCHEN」の上映会があったのですが、それに先駆けてブレレーア監督の「ブッデンブローク家の人々」と、日本人で初めてドイツの映画大学を卒業した宮山麻里枝監督の「赤い点」が上映されました。会場は昨年と同じく、新宿のバルト9。新しくてキレイなシネコンです。今年はスケジュールの調整がつかなかったのか、ゲストが昨年よりは少なかったものの、ナマで出演者を眼の前にするとやっぱり舞い上がってしてしまう私のサガ。嗚呼、いい年して恥ずかしい…。ちゃっかりサインしてもらってホクホクでございました。
会場ではブログつながりの方にもお会いでき(ありがとうございました!ワタシったら遅れてしまってすみませんでした)楽しかったです。
ドイツ映画のエンディングロールを見ると、最後のほうに FFA とか、Filmstiftung NRW とか、正体不明の団体が出てきます。直訳すると、「▲▲映画基金」や「●●映画財団」となるのですが、これってナンジャラホイ?と以前からギモンに思っておりました。
先日(とゆーか、昨年ですが)とある映画の資料ほにゃくをする際にこれを調べる必要が出てきまして、検索しましたところ、便利なサイトに行き当たりました。ドイツ語関係者の聖地ゲーテ・インスティトゥートの記事です。2006年に書かれたものだそうなので、助成金の金額は変化しているでしょうが、基本は不変ですよね、たぶん。
『ドイツの映画振興』(ゲーテ・インスティトゥート)⇒ コチラ
すご~く分かりやすい内容で助かりました。ドイツの映画産業は様々な団体の助成金で成り立っているとのこと。しかもその助成金は映画製作だけでなく、『脚本作成、プリントの作成、映画館での上映や映画館の維持、映画学校や映画祭、若手作家とその作品を対象とする賞、配給会社や宣伝、輸出など、育成から流通までのすべての分野にあてられている(同記事より引用)』んだそうな。
連邦レベルで最大の助成金を出しているのは、ドイツ連邦映画評議会(Filmfoerderunganstalt、FFA)。2番目が連邦政府の文化・メディア担当部(Beauftragte der Bundesregierung fuer Kultur und Medien, BKM)。ここが主催するのが、毎年4月ごろに発表されるドイツ映画賞(Deutscher Filmpreis)ですよね。総額で300万ユーロもの賞金が各部門の受賞者に贈られますです。
さらに、州レベルでも様々な支援団体が存在するとのこと。一例として、ノルトライン・ヴェストファーレン州の映画財団が挙げられていました。出資者は州のほかに、地方のTV局の名前もチラホラ。
この記事では、こうした細分化された支援システムの弊害も挙げられておりました。細分化されすぎていて、支援が小さなプロジェクトに分散されてしまう傾向。一方で、最初から赤字にならないことが分かっている大規模プロジェクトに複数の資金が集中してしまう傾向もあるみたい。小規模にちびちび支援するか、成功を約束されたビッグなプロジェクトに多額の支援をするかのどちらかで、その中間がないということでしょうか。成功の可能性が未知数のプロジェクトにある程度まとまった額の投資をする、ということが少ないのでしょうね。うーん、確かにそれだと無名の若手が大きめのプロジェクトに挑戦することが難しくなりますよね。
…と、いろいろ分かりやすく書かれていてナットクでした。ご興味がありましたら、ぜひリンク先を読んでみてくださいね。
*************************
明日からドイツ映画祭なのです。上映される作品や、会場の様子など、ブログに書いちゃいますっ 書かせてくださいっ 書きたいんですぅぅ~ それがですねー この週末、我が家では感染性胃腸炎(ひらたく言いますと、恐怖のノロ・ロタ、いわゆる「吐き下し」)が蔓延しておりました。子供の学校ではじわじわ広がっているんだそうで、今年のはかなり強力。娘の場合は吐き気が強く、トイレからまったく出られない状態でして、冗談抜きで便器を抱え込んでそのままぐったりしちゃうほど。私はどうやら罹らずに済んだようですが、皆様どうぞお気をつけください…。
先日(とゆーか、昨年ですが)とある映画の資料ほにゃくをする際にこれを調べる必要が出てきまして、検索しましたところ、便利なサイトに行き当たりました。ドイツ語関係者の聖地ゲーテ・インスティトゥートの記事です。2006年に書かれたものだそうなので、助成金の金額は変化しているでしょうが、基本は不変ですよね、たぶん。
『ドイツの映画振興』(ゲーテ・インスティトゥート)⇒ コチラ
すご~く分かりやすい内容で助かりました。ドイツの映画産業は様々な団体の助成金で成り立っているとのこと。しかもその助成金は映画製作だけでなく、『脚本作成、プリントの作成、映画館での上映や映画館の維持、映画学校や映画祭、若手作家とその作品を対象とする賞、配給会社や宣伝、輸出など、育成から流通までのすべての分野にあてられている(同記事より引用)』んだそうな。
連邦レベルで最大の助成金を出しているのは、ドイツ連邦映画評議会(Filmfoerderunganstalt、FFA)。2番目が連邦政府の文化・メディア担当部(Beauftragte der Bundesregierung fuer Kultur und Medien, BKM)。ここが主催するのが、毎年4月ごろに発表されるドイツ映画賞(Deutscher Filmpreis)ですよね。総額で300万ユーロもの賞金が各部門の受賞者に贈られますです。
さらに、州レベルでも様々な支援団体が存在するとのこと。一例として、ノルトライン・ヴェストファーレン州の映画財団が挙げられていました。出資者は州のほかに、地方のTV局の名前もチラホラ。
この記事では、こうした細分化された支援システムの弊害も挙げられておりました。細分化されすぎていて、支援が小さなプロジェクトに分散されてしまう傾向。一方で、最初から赤字にならないことが分かっている大規模プロジェクトに複数の資金が集中してしまう傾向もあるみたい。小規模にちびちび支援するか、成功を約束されたビッグなプロジェクトに多額の支援をするかのどちらかで、その中間がないということでしょうか。成功の可能性が未知数のプロジェクトにある程度まとまった額の投資をする、ということが少ないのでしょうね。うーん、確かにそれだと無名の若手が大きめのプロジェクトに挑戦することが難しくなりますよね。
…と、いろいろ分かりやすく書かれていてナットクでした。ご興味がありましたら、ぜひリンク先を読んでみてくださいね。
*************************
明日からドイツ映画祭なのです。上映される作品や、会場の様子など、ブログに書いちゃいますっ 書かせてくださいっ 書きたいんですぅぅ~ それがですねー この週末、我が家では感染性胃腸炎(ひらたく言いますと、恐怖のノロ・ロタ、いわゆる「吐き下し」)が蔓延しておりました。子供の学校ではじわじわ広がっているんだそうで、今年のはかなり強力。娘の場合は吐き気が強く、トイレからまったく出られない状態でして、冗談抜きで便器を抱え込んでそのままぐったりしちゃうほど。私はどうやら罹らずに済んだようですが、皆様どうぞお気をつけください…。
ちょびっとご無沙汰しておりました。実は今日、ほにゃく作業をしておりましたら、愛用のビデオデッキが…
ガチャッ ガチャガチャ ガ…
…となり、そのあとシーンとなってしまいました(ToT)。映画やドラマのほにゃくをするには、映像が不可欠でして(←当たり前ですが)、昨今は DVD や mpeg1 などの映像データでやり取りすることが増えたのですが、ワタシんちはまだVHS もバリバリの現役なのです。昔ながらのVHSを宅急便でやり取り。使い慣れていることもあり、このガチャガチャって操作が大好きでした。
…が!ちまたではDVDが主流ですよね…。せめてあと1、2年は何とかもってほしかった…!このビデオデッキ、修理は可能なんでしょうか?部品はあるのかなぁ?買い替えるにしても、純粋にVHSだけの機能の機械って売ってるかなぁ?とりあえず、今夜はアマゾンや家電メーカーのサイトをチェックしてみます。あーあ。
******************************::
おまけ その1:
古い話ですが、ドイツ人の作家がノーベル文学賞を受賞しましたよね。翌日のニュースをiPodで聞きましたら、「町の人に聞きましたが、誰に聞いても『誰、それ?』という答えが返ってきました~」という報道でした。本国でも意外だったみたいですね。
おまけ その2:
この週末、テレビでサッカーワールドカップ予選のドイツ対ロシア戦を見ました。ドイツが勝って出場を決めたアレです。ドイツ人ってば、体でかっ
ガチャッ ガチャガチャ ガ…
…となり、そのあとシーンとなってしまいました(ToT)。映画やドラマのほにゃくをするには、映像が不可欠でして(←当たり前ですが)、昨今は DVD や mpeg1 などの映像データでやり取りすることが増えたのですが、ワタシんちはまだVHS もバリバリの現役なのです。昔ながらのVHSを宅急便でやり取り。使い慣れていることもあり、このガチャガチャって操作が大好きでした。
…が!ちまたではDVDが主流ですよね…。せめてあと1、2年は何とかもってほしかった…!このビデオデッキ、修理は可能なんでしょうか?部品はあるのかなぁ?買い替えるにしても、純粋にVHSだけの機能の機械って売ってるかなぁ?とりあえず、今夜はアマゾンや家電メーカーのサイトをチェックしてみます。あーあ。
******************************::
おまけ その1:
古い話ですが、ドイツ人の作家がノーベル文学賞を受賞しましたよね。翌日のニュースをiPodで聞きましたら、「町の人に聞きましたが、誰に聞いても『誰、それ?』という答えが返ってきました~」という報道でした。本国でも意外だったみたいですね。
おまけ その2:
この週末、テレビでサッカーワールドカップ予選のドイツ対ロシア戦を見ました。ドイツが勝って出場を決めたアレです。ドイツ人ってば、体でかっ
とっくの昔に劇場で公開された作品なのですが、近所(チャリで20分!)の映画館でまだ上映していることを知り、先週行ってまいりました。あちこちで映画評が読めますので私が今頃になって感想を書くのもナニかな~と思いつつ、ちょびっとだけ疑問に思ってしまったことがありましたので、書いちゃいます。物語の重要なカギとなる内容は(超ネタばれになっちゃう)隠してありますです。ご興味がありましたら、一番下をクリックして開いてくださいませ。
「愛を読むひと」
(原作:ベルンハルト・シュリンク『Der Vorleser(朗読者)』
監督:スティーブン・ダルドリー
出演:ケイト・ウィンスレット(ハンナ役)、ダーフィット・クロス(若き日のマイケル)、レイフ・ファインズ(中年以降のマイケル)、ブルーノ・ガンツ(ロール教授)
そのほかにも、証言を行ったユダヤ人女性にアレクサンドラ・マリア・ララ、裁判官にブルクハルト・クラウスナー、法学部の友人にカロリーネ・ヘアフルトなど、ドイツ人の俳優が脇を固めておりました。
あらすじ(また横着してウィキから引用しました):
『第二次世界大戦後のドイツ。15歳のミヒャエルは、気分が悪かった自分を偶然助けてくれた21歳も年上の女性ハンナと知り合う。猩紅熱にかかったミヒャエルは、回復後に毎日のように彼女のアパートに通い、いつしか彼女と男女の関係になる。ハンナはミヒャエルが本を沢山読む子だと知り、本の朗読を頼むようになる。彼はハンナのために『オデュッセイア』『犬を連れた奥さん』『ハックルベリー・フィンの冒険』『タンタンの冒険旅行』といった作品を朗読した。
だがある日、ハンナは働いていた市鉄での働きぶりを評価され、事務職への昇進を言い渡される。 そしてその日を機に、ハンナはミヒャエルの前から姿を消してしまうのだった。
理由がわからずにハンナに捨てられて長い時間が経つ。 ミヒャエルはハイデルベルク大学の法科習生としてナチスの戦犯の裁判を傍聴する。そしてその被告席の一つにハンナの姿を見つけるのだった。』(以上、引用終わり)
今頃書くのも恥ずかしいのですが、すごーーくよかったです。ウワサどおり、ケイト・ウィンスレットの演技はすばらしかった。昨年から密に目をつけておいた、ダーフィット・クロス君も熱演。当時の街並みを再現したと思われる風景を見て、50年代のドイツって、まだこんなに混乱していたんだ…などと思いながら見ておりました。が、ドイツかぶれのワタシが気になったのは、登場人物の名前がすべて英語表記になっていたことです(涙)。ミヒャエル → マイケル、ユリア → ジュリアなどなど…。せめて名前だけでもドイツ語読みにならなかったのかなぁ?
自分がトシを取ってくると、以前は理解できなかったことが分かるようになってきます(←あまり嬉しくない)。ハンナが20歳以上年下の若くて純粋な少年に惹かれるのも、分からないでもないという気になってきたのが自分としても辛いところでした^^;
実は私、お恥ずかしいことに原作をまだ読んでいないのです。以前、spatzさんが、原作 Der Vorleser の冒頭部分を紹介してくださいました。ミヒャエル(映画ではマイケル)は病気で3か月も寝込むわけですが、Amsel(クロウタドリ)の鳴き声を聞いて、春の訪れを知り、自分の病も快方に向かうことを知るそうなのです。ですが、その部分は映画では描かれていなくて残念。以前、拙ブログでも書いたのですが、ウグイスの声に春の訪れを感じ取る日本人と同様、ドイツ人は Amsel の鳴き声に春の到来を感じてめでている模様。ここを描いてほしかったな~。ドイツ人監督じゃないと、ここは難しかったかも。
ここからネタばれです(クリックしてね♪)
「愛を読むひと」
(原作:ベルンハルト・シュリンク『Der Vorleser(朗読者)』
監督:スティーブン・ダルドリー
出演:ケイト・ウィンスレット(ハンナ役)、ダーフィット・クロス(若き日のマイケル)、レイフ・ファインズ(中年以降のマイケル)、ブルーノ・ガンツ(ロール教授)
そのほかにも、証言を行ったユダヤ人女性にアレクサンドラ・マリア・ララ、裁判官にブルクハルト・クラウスナー、法学部の友人にカロリーネ・ヘアフルトなど、ドイツ人の俳優が脇を固めておりました。
あらすじ(また横着してウィキから引用しました):
『第二次世界大戦後のドイツ。15歳のミヒャエルは、気分が悪かった自分を偶然助けてくれた21歳も年上の女性ハンナと知り合う。猩紅熱にかかったミヒャエルは、回復後に毎日のように彼女のアパートに通い、いつしか彼女と男女の関係になる。ハンナはミヒャエルが本を沢山読む子だと知り、本の朗読を頼むようになる。彼はハンナのために『オデュッセイア』『犬を連れた奥さん』『ハックルベリー・フィンの冒険』『タンタンの冒険旅行』といった作品を朗読した。
だがある日、ハンナは働いていた市鉄での働きぶりを評価され、事務職への昇進を言い渡される。 そしてその日を機に、ハンナはミヒャエルの前から姿を消してしまうのだった。
理由がわからずにハンナに捨てられて長い時間が経つ。 ミヒャエルはハイデルベルク大学の法科習生としてナチスの戦犯の裁判を傍聴する。そしてその被告席の一つにハンナの姿を見つけるのだった。』(以上、引用終わり)
今頃書くのも恥ずかしいのですが、すごーーくよかったです。ウワサどおり、ケイト・ウィンスレットの演技はすばらしかった。昨年から密に目をつけておいた、ダーフィット・クロス君も熱演。当時の街並みを再現したと思われる風景を見て、50年代のドイツって、まだこんなに混乱していたんだ…などと思いながら見ておりました。が、ドイツかぶれのワタシが気になったのは、登場人物の名前がすべて英語表記になっていたことです(涙)。ミヒャエル → マイケル、ユリア → ジュリアなどなど…。せめて名前だけでもドイツ語読みにならなかったのかなぁ?
自分がトシを取ってくると、以前は理解できなかったことが分かるようになってきます(←あまり嬉しくない)。ハンナが20歳以上年下の若くて純粋な少年に惹かれるのも、分からないでもないという気になってきたのが自分としても辛いところでした^^;
実は私、お恥ずかしいことに原作をまだ読んでいないのです。以前、spatzさんが、原作 Der Vorleser の冒頭部分を紹介してくださいました。ミヒャエル(映画ではマイケル)は病気で3か月も寝込むわけですが、Amsel(クロウタドリ)の鳴き声を聞いて、春の訪れを知り、自分の病も快方に向かうことを知るそうなのです。ですが、その部分は映画では描かれていなくて残念。以前、拙ブログでも書いたのですが、ウグイスの声に春の訪れを感じ取る日本人と同様、ドイツ人は Amsel の鳴き声に春の到来を感じてめでている模様。ここを描いてほしかったな~。ドイツ人監督じゃないと、ここは難しかったかも。
ここからネタばれです(クリックしてね♪)
夏~秋にかけて繁忙期となり、毎日バタバタしておりました。ワンコの散歩も近場になったり、子供に頼んだりで、なかなか幼稚園の先生ともお会いできずにおりました。さきほど、ふと先生やめいちゃんのことを思い出し、「手術後、どうなったかしら…」とHPを見てみましたところ…
…無事帰国できたとのこと!よかったです。HPは → コチラ
(初めて当ブログにお立ちよりいただきました方へ:かつて同じ幼稚園に通っていたお子さん(学年は1つ違いでしたが)が心臓移植でしか助からないということで、周囲の方々が募金活動を始めたのです。そのことをこのブログでご紹介しました。海外での臓器移植については様々なご意見があるのは承知しておりますが…)
補助心臓の装置を2つつけての渡米・手術は国内で例もなく、また渡米前に幼稚園の先生に伺ったところでは、ご本人の体調も思わしくなく、かなり危険な賭けだったとのこと。また、上にも書きましたように募金活動で大金を集めて外国で移植手術を受けることについては賛否両論あり、私のこの弱小ブログでもHPをご紹介した際には厳しい意見を頂きました。
…でもやっぱり、若い命が助かったのはうれしい。最近、幼稚園の先生にはお目にかかっていないのですが、きっと涙をこぼして喜んでおられるはず。臓器移植については今後も議論を重ねていく必要があると思いますし、私は素人なのでただただオロオロするだけなのですが、とにかく1人の高校生が元気になれてよかった…。昨年、このブログでめいちゃんのことをご紹介し、それを見て協力してくださった方もいましたので、遅くなりましたがお礼とご報告をと思いまして、日記に載せました。ご協力や温かいお言葉をいただきましたこと、改めて御礼申し上げます。
…無事帰国できたとのこと!よかったです。HPは → コチラ
(初めて当ブログにお立ちよりいただきました方へ:かつて同じ幼稚園に通っていたお子さん(学年は1つ違いでしたが)が心臓移植でしか助からないということで、周囲の方々が募金活動を始めたのです。そのことをこのブログでご紹介しました。海外での臓器移植については様々なご意見があるのは承知しておりますが…)
補助心臓の装置を2つつけての渡米・手術は国内で例もなく、また渡米前に幼稚園の先生に伺ったところでは、ご本人の体調も思わしくなく、かなり危険な賭けだったとのこと。また、上にも書きましたように募金活動で大金を集めて外国で移植手術を受けることについては賛否両論あり、私のこの弱小ブログでもHPをご紹介した際には厳しい意見を頂きました。
…でもやっぱり、若い命が助かったのはうれしい。最近、幼稚園の先生にはお目にかかっていないのですが、きっと涙をこぼして喜んでおられるはず。臓器移植については今後も議論を重ねていく必要があると思いますし、私は素人なのでただただオロオロするだけなのですが、とにかく1人の高校生が元気になれてよかった…。昨年、このブログでめいちゃんのことをご紹介し、それを見て協力してくださった方もいましたので、遅くなりましたがお礼とご報告をと思いまして、日記に載せました。ご協力や温かいお言葉をいただきましたこと、改めて御礼申し上げます。
いつもしょ~もないことばかり書いておりますが、またボヤかせてくださいまし。読んでいただいても、大した内容ではないので申し訳ないのですが^^;
この週末、ほにゃく以外に何をしたかというと…
●その1
窓枠の木の部分にニスを塗ってみた
日がさんさんと当たる窓って気持ちがいいのですが、木の部分が傷みませんか?皆さん、どうしていらっしゃるのでしょう?塗装のつやがなくなって、よ~く見ると小さなひび割れが…。こりゃアカンと思い、近所で水性のニスを買い、はけで塗り塗りしてみました。素人が勝手にやっていいのかなぁ?ぱっと見はキレイになって喜んでいるのですが…。問題はフローリングの床。汚い話で恐縮ですが、ワンコが小さいころ、トイレに失敗して何か所か床でお粗相してしまったのです。んでもって、そこの塗装がはげているのです。そこにもニスを塗ってみたのですが、かえって汚くなってしまいましたorz… フローリングの塗装がはげてしまった場合、対処法をご存じの方がいらっしゃいましたら、ご教示びって。塗装そのものが傷んでしまったため、ワックスを塗ってもイマイチなのです。
●その2
「ぽす●ん」でレンタルしてみた
それまでDVDをネットでレンタルするときはTSU●AYAのディ●カスを利用していたのですが、貸し出し中でずっと待っているのになかなかレンタルできない作品も多く、ちぇっと思っておりました。「ぽ●れん」のほうがストックが多いと聞き、試してみたところ、前から借りたかった作品もあり、早速登録&レンタル。翌日には届きました。おおっ これは便利。次からはこっちで借りよう。
●その3
シャトルシェフを頼んだら届いた
数年前に両親が購入し、「便利よ~」と購入を勧められていたのですが、ずるずるそのままにしておりました。今さら感はあるものの、ようやく購入。ブツが昨日届きました。煮立ったお鍋をそのまま丸ごと大きな魔法瓶に入れて保温する仕組みです。さっそくおでんを作ってみましたところ、なかなかの出来栄え。10分加熱して1時間以上保温するだけで終わりです。ぐつぐつ煮ないので煮崩れせず、大根も面取りをする必要がなくて楽ちん。確かに短時間なのに味がよくしみていました。便利。台所にずっと立っている必要がないので、締め切り前に重宝しそう。エネルギー節約にもなってエコだし。
ただしちょっと後悔したのはサイズ。3リットルにしたのですが、ちょっと小さかったな~。スープやシチューは大量に作って翌日の朝にも回したいので(育ち盛りの子供は喰います)この倍あってもよかったかも。2サイズ揃えておくと便利だと思うのですが、場所を取るので買い足すならキッチンの片付きをして場所を作るのが先かも。
●その4
近所にできた新しい眼科に行った
職業柄、パソコンやテレビを近距離で凝視することが多く、ドライアイに悩まされております。ひどくなると、目を開けていられなくなることも…。これまで行っていた、1駅先の眼科の先生は、とってもキツいキレイな女医さんです。虫の居所が悪いときに質問すると、ピシャリ!とキツイ言葉が返ってきます。ウザい忙しいんでしょうね。でもワタシは小心者なので何も言えず、尻尾を巻いてすごすごと退散するのみ。ところが最近、近所に別の眼科ができたので、さっそく土曜日に行ってみました。涙の量を調べるということで、目に濾紙みたいなのを貼り付けて5分間(よくありますでしょ、涙の量をはかる検査)そのまま。ところが濾紙を目に貼られたとたん、激痛が。痛くて痛くて涙がボロボロ。貼るところ間違えてるんじゃないの? その濾紙、とがっていない?と思いつつ5分間耐えました。当然、濾紙は涙でびっしょり。それを見た先生曰く「あら、涙は十分出てますね。心配ありません」
…もう二度とここには行かないことを固く心に誓いました。
この週末、ほにゃく以外に何をしたかというと…
●その1
窓枠の木の部分にニスを塗ってみた
日がさんさんと当たる窓って気持ちがいいのですが、木の部分が傷みませんか?皆さん、どうしていらっしゃるのでしょう?塗装のつやがなくなって、よ~く見ると小さなひび割れが…。こりゃアカンと思い、近所で水性のニスを買い、はけで塗り塗りしてみました。素人が勝手にやっていいのかなぁ?ぱっと見はキレイになって喜んでいるのですが…。問題はフローリングの床。汚い話で恐縮ですが、ワンコが小さいころ、トイレに失敗して何か所か床でお粗相してしまったのです。んでもって、そこの塗装がはげているのです。そこにもニスを塗ってみたのですが、かえって汚くなってしまいましたorz… フローリングの塗装がはげてしまった場合、対処法をご存じの方がいらっしゃいましたら、ご教示びって。塗装そのものが傷んでしまったため、ワックスを塗ってもイマイチなのです。
●その2
「ぽす●ん」でレンタルしてみた
それまでDVDをネットでレンタルするときはTSU●AYAのディ●カスを利用していたのですが、貸し出し中でずっと待っているのになかなかレンタルできない作品も多く、ちぇっと思っておりました。「ぽ●れん」のほうがストックが多いと聞き、試してみたところ、前から借りたかった作品もあり、早速登録&レンタル。翌日には届きました。おおっ これは便利。次からはこっちで借りよう。
●その3
シャトルシェフを頼んだら届いた数年前に両親が購入し、「便利よ~」と購入を勧められていたのですが、ずるずるそのままにしておりました。今さら感はあるものの、ようやく購入。ブツが昨日届きました。煮立ったお鍋をそのまま丸ごと大きな魔法瓶に入れて保温する仕組みです。さっそくおでんを作ってみましたところ、なかなかの出来栄え。10分加熱して1時間以上保温するだけで終わりです。ぐつぐつ煮ないので煮崩れせず、大根も面取りをする必要がなくて楽ちん。確かに短時間なのに味がよくしみていました。便利。台所にずっと立っている必要がないので、締め切り前に重宝しそう。エネルギー節約にもなってエコだし。
ただしちょっと後悔したのはサイズ。3リットルにしたのですが、ちょっと小さかったな~。スープやシチューは大量に作って翌日の朝にも回したいので(育ち盛りの子供は喰います)この倍あってもよかったかも。2サイズ揃えておくと便利だと思うのですが、場所を取るので買い足すならキッチンの片付きをして場所を作るのが先かも。
●その4
近所にできた新しい眼科に行った
職業柄、パソコンやテレビを近距離で凝視することが多く、ドライアイに悩まされております。ひどくなると、目を開けていられなくなることも…。これまで行っていた、1駅先の眼科の先生は、とっても
…もう二度とここには行かないことを固く心に誓いました。
新聞の記事のご紹介ばかりで恐縮ですが、今朝の日経土曜版に通訳の記事が載っていました。G8など、複数の言語が飛び交う会議の通訳はどうなっているのか、という内容です。マンツーマンの対談の場合は問題ないでしょうが、G8だと英語、ドイツ語、ロシア語、フランス語、イタリア語、日本語が出てくるわけですし、G20だと言語の数はもっと増えるし大変そうだな~。私はてっきり、日本のブースには各国語⇔日本語の通訳さんが待機して対応していると思っていたのですが…
…違うんですね。びっくり。リレー方式と呼ぶんだそうですが、英語ブースで各国語から英語に訳されたのを聞き、英語⇒日本語にするんだそ~です。日本人が日本語を話す場合は日本語ブースが英語に訳し、それを聞いた各国のブースが英語から母国語に直すんだそうな。間に英語を介すため、伝言ゲームとまではいかないけど、意味がそれてしまったりすることってあるのかなぁ?でも、言語の数だけ通訳さんをブースに入れるわけにはいかないんでしょうね。
もっとも、G8の場合は日本語以外はヨーロッパの言語なので英語スルーでも大きな違いはなさそう。日本語→英語→中国語などのアジア言語だったりすると、直接訳すよりズレが大きくなるでしょうが・・・。ちなみに欧米では、複数の言語の同時通訳OKという人が多いため、こうした国際会議でも2、3人を組み合わせれば全部の言語を網羅できちゃうんだそうです。すごっ そのため、日本のケースのように英語を介す必要もないそうです。
実は大昔、同時通訳にあこがれてスクールに通っていたこともありました…。ブースに入って通訳するのがとっても格好よく思えて。でもモノになりませんでした(恥)。通訳をしている友人から同時通訳の話を聞くにつれ、その大変さに「ワタシには無理だ…」と思います。
*****************
この記事にはさらに面白いことが書いてありました。今のような同時通訳が初めて他言語間で使われたのは、第2次大戦後のニュルンベルク裁判だったとのこと。英語、フランス語、ロシア語、ドイツ語の4カ国語で同時通訳されたんだとか。(追記:ざざっと検索してみましたところ、ニュルンベルク裁判が同時通訳の起源だという説について触れているブログの記事を見つけてしまいました。プロの方の記事でとても興味深いです → コチラ この方によると、ニュルンベルク裁判は「同通の起源」という見方は厳密には正確ではなく、「同通がひとり立ちし、一貫して継続的に使用された初めての現場」とするほうが正確だとのこと。ナルホド~。興味深いです。)
日本の通訳史(?)についても触れられておりました。遣隋使や遣唐使との交流は、筆談でOKだったそうですが(当時の日本語は漢文で書かれていたからだそ~です)、小野妹子には鞍作福利(くらつくりのふくり)という通訳が同行したんだとか。渡来人の家系だったそうで、今で言うバイリンガルですな。
話は前後してしまうのですが、大昔NHKの大河ドラマに「山河燃ゆ(原作:ニつの祖国)」ってありましたよね(←これだけでトシがバレそう)。確か、東京裁判を同時通訳した日系アメリカ人を描いた作品だったような記憶があります…。
…違うんですね。びっくり。リレー方式と呼ぶんだそうですが、英語ブースで各国語から英語に訳されたのを聞き、英語⇒日本語にするんだそ~です。日本人が日本語を話す場合は日本語ブースが英語に訳し、それを聞いた各国のブースが英語から母国語に直すんだそうな。間に英語を介すため、伝言ゲームとまではいかないけど、意味がそれてしまったりすることってあるのかなぁ?でも、言語の数だけ通訳さんをブースに入れるわけにはいかないんでしょうね。
もっとも、G8の場合は日本語以外はヨーロッパの言語なので英語スルーでも大きな違いはなさそう。日本語→英語→中国語などのアジア言語だったりすると、直接訳すよりズレが大きくなるでしょうが・・・。ちなみに欧米では、複数の言語の同時通訳OKという人が多いため、こうした国際会議でも2、3人を組み合わせれば全部の言語を網羅できちゃうんだそうです。すごっ そのため、日本のケースのように英語を介す必要もないそうです。
実は大昔、同時通訳にあこがれてスクールに通っていたこともありました…。ブースに入って通訳するのがとっても格好よく思えて。でもモノになりませんでした(恥)。通訳をしている友人から同時通訳の話を聞くにつれ、その大変さに「ワタシには無理だ…」と思います。
*****************
この記事にはさらに面白いことが書いてありました。今のような同時通訳が初めて他言語間で使われたのは、第2次大戦後のニュルンベルク裁判だったとのこと。英語、フランス語、ロシア語、ドイツ語の4カ国語で同時通訳されたんだとか。(追記:ざざっと検索してみましたところ、ニュルンベルク裁判が同時通訳の起源だという説について触れているブログの記事を見つけてしまいました。プロの方の記事でとても興味深いです → コチラ この方によると、ニュルンベルク裁判は「同通の起源」という見方は厳密には正確ではなく、「同通がひとり立ちし、一貫して継続的に使用された初めての現場」とするほうが正確だとのこと。ナルホド~。興味深いです。)
日本の通訳史(?)についても触れられておりました。遣隋使や遣唐使との交流は、筆談でOKだったそうですが(当時の日本語は漢文で書かれていたからだそ~です)、小野妹子には鞍作福利(くらつくりのふくり)という通訳が同行したんだとか。渡来人の家系だったそうで、今で言うバイリンガルですな。
話は前後してしまうのですが、大昔NHKの大河ドラマに「山河燃ゆ(原作:ニつの祖国)」ってありましたよね(←これだけでトシがバレそう)。確か、東京裁判を同時通訳した日系アメリカ人を描いた作品だったような記憶があります…。
< 前のページ
次のページ >
gremz
最新のコメント
| ★すーさん♪ コメントあ.. |
| by ありちゅん at 10:58 |
| 何度もお邪魔してスミマセ.. |
| by すー at 12:55 |
| ★takuyaさん おは.. |
| by Alichen6 at 10:41 |
| ★mauさん おはようご.. |
| by Alichen6 at 10:39 |
| ★すーさん♪ おはようご.. |
| by Alichen6 at 10:37 |
| ★mihanaさんっ お.. |
| by Alichen6 at 10:36 |
| ★フランツさん、 おはよ.. |
| by Alichen6 at 10:34 |
| ★Annaさん♪ おはよ.. |
| by Alichen6 at 10:31 |
| ★takboutさんっ .. |
| by Alichen6 at 10:29 |
| こんなにドイツ人俳優が出.. |
| by mau at 09:34 |
リンク
プロフィ~ル
プロフィ~ルその2
それでもドイツ語が好きなんだワン♪(旧宅)
芸術と暮らし(あむさん)
樅の木の新明解独毒辞典
サイテー1号の日記
すーちゃんの字幕翻訳日記
ミントの映像翻訳者への道
字幕翻訳家:蒼井尚子の生活
mauのしっぽぽ図書館
うっちーのSPECIAL DAYS!!
復活♪ 平凡の中に宝石を見つける(mihanaさん)"
Hitoshiさんの新しいブログ(Hitoshiさん)
flicks review blog II(makoさん)
チンタオ・ドイツ兵俘虜研究会
ya!besprit(yabeさん)
しょーきゅーし(尚休さん)
Ts Schlaraffenleben(takuyaさん)
道楽ねずみ(フランツさん)
マニアの戯言(takboutさん)
プロフィ~ルその2
それでもドイツ語が好きなんだワン♪(旧宅)
芸術と暮らし(あむさん)
樅の木の新明解独毒辞典
サイテー1号の日記
すーちゃんの字幕翻訳日記
ミントの映像翻訳者への道
字幕翻訳家:蒼井尚子の生活
mauのしっぽぽ図書館
うっちーのSPECIAL DAYS!!
復活♪ 平凡の中に宝石を見つける(mihanaさん)"
Hitoshiさんの新しいブログ(Hitoshiさん)
flicks review blog II(makoさん)
チンタオ・ドイツ兵俘虜研究会
ya!besprit(yabeさん)
しょーきゅーし(尚休さん)
Ts Schlaraffenleben(takuyaさん)
道楽ねずみ(フランツさん)
マニアの戯言(takboutさん)
カテゴリ
以前の記事
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
ネームカード
検索
タグ

