ちょっと調べ物があり、先々週をシシー週間と位置付けたワタシはシシー関連本をざざーっとではありますが、読んじゃいました。

…面白かった!

 ミュージカルで「エリザベート」が流行って久しいので、今さら感はありますがご紹介させてくださいっ ちまたでエリザベート熱が高まっていたころ、へそ曲がりのワタシは「ふ~ん」って感じだったのです。が、やっぱりこの女性は外見だけでなく、その生き方も魅力的。世の中のマダムが惹かれるのがよく分かりました。おまけにワタシったら、ベルばら~オル窓で青春時代を過ごした世代。こういったコスチューム系は大好きなのであります。

 なお、厳密には「エリーザベト」のほうが原音に近いと思うのですが、「エリザベート」で定着してしまっているので、ワタシもその表記に合わせました。

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『皇妃エリザベートの生涯』
マルタ・シャート著、西川賢一訳
集英社文庫

皇妃エリザベートの入門編でした。生い立ちから皇帝とのドラマチックな出会い、さすらいの日々、暗殺に至るまでが分かりやすく書かれており、初心者のワタシ向けでした。





『皇妃エリザベート』
マリールイーゼ・フォン・インゲンハイム著
西川賢一訳
集英社文庫

こちらも入門編でした。同じ集英社から出ており、翻訳者さんも同じ。でも、書き手が違うと、やはりどことなく違うのが面白いです♪




『皇妃エリザベートの真実』
ガブリエーレ・ブラシュル=ビッヒラー著
西川賢一訳
集英社文庫

こちらは、生涯を追うというよりは、知られていないエピソードを紹介する、といった内容でした。ダイエットの話だとか、ミョ~な美容法の話だとか。上の2冊を読んでいたので、隠れたエピソードも楽しく読めた次第でございます。





『マンガ 皇妃エリザベート』
名香智子 絵
ジャン・デ・カール 原作
塚本哲也 監修・解説
講談社+α文庫

やっぱりワタシってば、マンガ世代なんだな~と思ってしまった1冊。シシーの波乱万丈の生涯がビジュアルで表されていて楽しめました♪ 本もいいけど、マンガっていいな~~~ 何よりも、目に優しい・・(文庫本の字が小さくて、だんだん辛くなってきました・・・ヤヴァイ)




『皇妃エリザベート 永遠の美』
南川三治郎 写真・文
世界文化社 ほたるの本

これも楽しかった!写真が豊富で、見ていてうっとり。シシーを描いた数々の肖像画や美しいドレス、豪華なお召し列車にトイレ(!)、愛用していた馬具にアクセサリーに小物たち。日本にいながらシシーの美術館に行った気分になれちゃう楽しい1冊でございました。



しかし。 シシーさん、ゼイタクしすぎです。ためいきが出るほど美しい品々ですが、それでもシシーの心を満たすことはできなかったんでしょうね。何不自由なく育ち、親や夫からの愛情を一身に受けて何の憂いもなく暮らしていけたはずなのに満たされなかった。人間ってフクザツです。
 すごぉぉぉ~く面白かったです!上田先生のお話を聴くのは10年ぶりくらいですが、相変わらずパワフル&お元気で、話題も豊富。下っ端ほにゃく者からすると、雲の上の上の上のほうにおられる方なのに、誰に対してもフレンドリーでとっても気さく。偉い先生にこういう言い方は大変恐縮ですが、本当に頭脳明晰な方でいらっしゃるな~と毎回思います。

 全部で1時間半くらいの講演でしたが、あっという間に過ぎました。前半はドイツ語の翻訳について。後半は辞書編纂についてのお話。これから翻訳を始めようと思っている人に向けたお話だったのですが、「にゃるほど~」と思うお話ばかりで、とってもためになりました。

 そして後半は、楽しみにしていた辞書作りのお話。新しい辞書を作るにあたり、最初に考えるのは、「対象を誰にするか、目的は何にするか」なんだそうです。ドイツ人向けに和独を作るのと、日本人向けに作るのでは、おのずと変わってきてしまうんだそうな。日本人をターゲットにするなら、当然あいうえお順になるでしょうが、ドイツ人向けならアルファベット順にならざるをえない。さらに、日本語の「活用」(五段活用とか、サ変とかの活用です)などの文法事項に配慮しながら作成しなければなりません。我々が使う独和に、「3格支配」「4格支配」とかが書いてあるのと同じですね。さらに、見出し語の選定も時間がかかるそうです。複数の辞書(広辞苑など)を突き合わせて見出し語を選ぶそうなのですが、その作業だけで2年くらいかかったとおっしゃっていました。さらに、ありとあらゆる分野を網羅する関係上、各方面の専門家の協力も不可欠。システマティックに作業を進めるため、分業体制が必要ですが、それをどう組織するかもポイント。ちなみに編集者と書き手というのは別なんだそうです。そして大切なのがチェック(校正)。パソコン上では気づかなかったミスや、校正ソフトをすり抜けたミスを見つけるため、初稿をプリントアウトしたものを見ながら目を皿のようにしてチェックするんだそうです。ドイツ語の正書法が何年か前に改正されたため、ネイティブのドイツ人が書いた文章でも、どうしてもミスが出てくるんだそうな。それを専門にチェックする人もいれば、文法が正しいかをひたすらチェックする人もいる。さらに、百科項目(イロイロな専門用語)をチェックする人もいれば、用例をチェックする人も。とにかく手間と時間とお金がかかりそうな作業です。

 ドイツ語の辞書に限らず、どの言語でも言えることでしょうが、感覚や感情を表す言葉というのは、訳語を見つけるのが大変難しいんだそうな。先生が例を挙げていらっしゃいましたが、「懐かしい」という形容詞はドイツ語にはない。渋柿の「渋い」とか、「旨味」という言葉もそのものスバリは、やっぱりニャイ。その逆ももちろん同じで、ドイツ語固有の言葉で日本語に訳しづらいものもゴマンとある…。辞書作りってタイヘンだな~。

 …というわけで、辞書は万能ではないから、ほにゃくする際は、「手掛かり」を得るために引くことも当然あります。だいたいの意味を知った上で、コンテクストにぴったり合う訳語を自分の引き出しの中から見つけ出さなきゃいけないんだな~というのを再認識した次第です、ハイ。こう書くとごく当たり前のことに思えますが、やっぱり辞書の言葉をそのまま使っちゃうことが多くて反省いたします。

 なお、気になるのが続編の予定。とりあえず3年後に第2巻が、そしてその3年後に第3巻が出る予定だそうですが、第一巻の売れ行きにも左右されるそうです。。。。ちなみにCD-ROM化は3巻そろってからの話だそうですぜ。

 今回、ためになる面白いお話を伺えただけでなく、先生のドイツ語への愛を感じ、感化されて帰ってまいりました。ここしばらく、プライベートでイロイロあって凹みがちだったのですが、またパワーが戻ってきたような気がする・・・。頑張りますっっ (ご心配くださった方々、ありがとうございます。私は元気です
 先日、和独大辞典がドイツで出版されたことが話題となりました。私の仕事は独和なので、この辞書をすぐ仕事で使うことはなさそうなのですが、ドイツ語ほにゃく者としてとっても気になります・・・。うん、気になる。しかも編者は、かつてゲーテで教えていただいた上田浩二先生。ドイツ語通訳・翻訳界の第一人者でいらっしゃいます。もう10年も前の話になりますが、ワタシはもともと通訳志望でして・・・。が、ひょんなことで字幕ほにゃくにハマり、現在に至っております・・・。なお、今回出版されたのはこんな辞書です → コチラ



 関東限定の話で恐縮ですが、その上田先生が辞書出版を記念して特別講演会でお話をしてくださることになったんだそ~です。HPは → コチラ

 来週2月6日(土曜日)17時~、場所は新宿のハイデルベルク学院。大学生のとき、1年だけ通いました。この講演会、行きたいっ! 行きます、行きますとも! 今、電話で問い合わせてみました。ご興味のある方、お電話をなさってみてくださいね~



 2、3日前から風邪をひいていたのですが、昨日の午後くらいから本格化してしまいました~ 熱はないのですが、声が出ましぇん。咳ゴホゴホ、鼻ガビガビです(←ばっちくてすみません)。だから勝手に冷房ボタン押さないでって言ったのに~(笑)
 ちゃちゃちゃ、ちゃちゃちゃ、ちゃ~ちゃちゃっちゃ、ちゃらちゃらちゃっちゃっちゃ♪

(はいっ そこのアナタ、手拍子っっ!)



…といえば、当然「ラデツキー行進曲」ですよね(って、この「ちゃちゃちゃ~」の文字だけで分かった人はエライ!)。今、19世紀後半のオーストリア帝国と北イタリアの関係を調べております。あのラデツキーって、北イタリア(ロンバルディア=ヴェネチア王国)の総督を務めた軍人さんだったんですね・・・。知らなんだ(恥)。ハンガリー貴族の流れをくむ伯爵家の人なんだそうです。19世紀の北イタリアはオーストリア帝国の支配下にあり、国王もオーストリア皇帝が兼任していました。でもって、絶えず独立運動が起きていたのだそうですが、そうした反乱を鎮圧した立役者がラデツキー伯爵なんだそ~です。あのラデツキー行進曲は、伯爵を称えて作られた曲だったんですね。ラデツキーが北イタリアの総督だったなんて・・・。知らなかったのは私だけかも。

 で、調べている過程で「へぇ~」と思ってしまったのは、ちゃちゃちゃ、ちゃちゃちゃ♪ではないのです。このラデツキー伯がウィーンにカツレツ(ミラノ風カツレツって日本でも有名ですが)を持ち込み、それがウィンナー・シュニッツェルになった、という都市伝説。かなり有名な話だそうで、日本語ドイツ語両方で検索をかけてみたところ、かなりヒットしました。本当なのかなぁ?


うまそ~ですが、お皿からはみ出ていないのが不満だーーー!








 ・・・すみません、続きはあとで。なんだか連日バタバタしていて息切れがしております。あとでまた続きを書かせてください~m(_ _)m
 映像ほにゃくつながりのお友達に教えていただきました。昨夜、この画像を見て爆笑。一人で笑うのがもったいないので、娘もわざわざパソコンのところまで呼んで観賞し、またまた爆笑。



 茂原? サッポロ? むっちゃ風邪ひいてん?

 それにしても。このアナウンサーさん、このテンションを90分間持続させたのかが気になります…
 なんだか慌ただしい今日この頃です。ふぅ。ふと気づくと、グリムスの木が大人になっていました。今月のキーワードは「ゴミ分別」なんだそうです。ゴミ分別。これを書くと、また動物が来てくれるそうなのですが、大人になったグリムスにも来てくれるんでしょうか?ドキドキ。


 ちょっとイロイロあって、ちぇっ て言いたい気分だったので、ついついドイツのオークションサイト eBay を物色し、Echt Bürgeler という陶器の小物類を落札してしまいました。ま、安いものなのでお値段的にはオッケ~なのですが、こんなに陶器類を買ってどこにしまうんだ?って感じです(実は陶器が大好き♪ 以前はアルザス陶器やブンツラウアー陶器に凝ってました。素朴なドイツのお菓子によく合うのです) 無事届きましたら、またご紹介しちゃいます。PayPal で支払いをしたのですが、先方が慣れていないらしく、どうもうまくお金を受け取れていない様子・・・。トラブルなく送金が完了するといいんだけど。

Echt Bürgeler 陶器のサイトは → コチラ
旧ブログの日記は → コチラ


 ハイチの地震は本当に胸が痛みます・・・。被災者の方々が一刻も早く救出されますように。そして少しでも多くの人の命が助かりますように。

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  またまた「今さらですが…」なのですが、このお正月に「マルタのやさしい刺繍」をレンタルして観ました。忘れないうちに感想を書かないと。公開当時、ちょっと話題になっていたので、ご覧になった方も多いかも。ホント、「今さら感」があってお恥ずかしいのですが、せっかくなのでご紹介しちゃいます。他愛のない話と言っちゃえばそれまでなのですが、ほのぼのとしていていい映画でした♪ 

横着して、あらすじを公式HPから引用させていただきます:
『スイスの小さな村、トループ村に住む80歳のマルタは、最愛の夫に先立たれ生きる気力をなくし、意気消沈しながら毎日をただ何となく過ごしていた。そんなある日、彼女は忘れかけていた若かりし頃の夢、“自分でデザインして刺繍をした、ランジェリー・ショップをオープンさせること”を思い出す。しかし保守的な村では、マルタの夢はただ周りから冷笑され軽蔑されるだけ。それでもマルタは友人3人とともに夢を現実のものとするために動き出す。スイスの伝統的な小さな村に広がる、夢に向かって頑張るマルタと彼女を支える仲間たちの夢と希望の輪。マルタの刺繍が、人々の心をやさしくあたたかく紡いでゆく―。』(以上、引用終わり)

 これまたスイス映画でしたので、言葉は聞き取りにくかった・・・ とゆーか、スイスドイツ語ってほとんど分かりましぇん。マルタ役を演じた女優さんは、1920年生まれ(!) この映画を演じたのは86歳のときというからビックリ。夫の死にすっかりふさぎ込むものの、友人(←この友人も村では変人扱いされている女性なのです)の励ましに元気を取り戻し、若い頃の夢を実現するべく前向きに奮闘するマルタの姿がとっても輝いて見えました。エメンタールチーズで有名なエメンタールが舞台。いかにもスイスといった風光明媚で牧歌的な村で繰り広げられるプチ騒動が見ていてとっても楽しい。女性監督ならではの細やかな演出が随所に見られました♪
『僕のピアノコンチェルト』
監督:フレディ・M・ムーラー
出演:テオ・ゲオルギュー、ブルーノ・ガンツほか

ORICONデータベースより引用いたします:
『スイスを代表する名優ブルーノ・ガンツ&神童テオ・ゲオルギュー共演で贈る感動作!思い描く夢を全て叶える能力を持つ少年ヴィトス。しかし、頭脳は天才でも心は少年のままの彼はその溝を埋めることができないでいた。そんな彼が自分自身でいられれるのは大好きなおじいさんと一緒に過ごす時間だけ。その優しさに満ちた時間の中で、人生は様々なパートの音と奏でるコンチェルトのようなものと気づいた時、大きな奇跡が起きる…。 』(引用終わり)

 以前、映画館でこの作品の予告編を見てからずっと「み、み、見たい!」と思っておりました。が、そうこうするうちに2、3年も経ってしまいました。このたび、レンタルでDVDを借りてようやく観賞。すっごーーーくよかったです。たわいのない話と言ってしまえばそれまでなのですが、スイスの景色の美しさ(都会しか出てこないのですが、スイスって町も美しいですよね)もさることながら、神童ヴィトスがチョ~カワイイ!幼少期のヴィトスもキュートだし、少年になってからのヴィトスも素晴らしい。ピアノを弾くシーンが半端じゃないな~と思いましたら、この少年は本物の神童だったんですね。ナットク。エンディングの演奏が素晴らしいよ、と人から聞いていたのですが、予想以上にぶらぼ~でした。感心しましたのが、おじいさん役のブルーノ・ガンツ。まったく、この俳優さんは何を演じさせてもスゴイの一言なのですが、このおじいさんは特にはまり役でした。トボけた感じなのに、一言一言に味わいがあり、愛があふれているのです。おじいさんは、ヴィトスの唯一の理解者であり、同志のような存在でした。両親は我が子が天才児と知って「ムフフ・・」とか思っちゃって、過度の期待を寄せてしまいます。だけど親だって人の子、そうなっちゃうのも理解できます。その我が子が突然、その才能を失ってしまったことに失望するものの、凡人となった子供にやっぱり変わらぬ愛を注ぎ続ける親の姿もよく出ており、とっても好感が持てました。やっぱり音楽物ってステキ♪ 字幕はどなたがつけられたのか、クレジットが出ていなくて分からなかったのですが、個人的に好きな字幕でした。

 スイスドイツ語って、Hochdeutsch(標準のドイツ語)とはかなり違うのです。ブルーノ・ガンツはスイス出身だからスイスドイツ語が話せて当然といえば当然。だけど標準語を話しているところしか見たことがなかったので、「へ~ スイスドイツ語も上手!」と思ってしまったあたり、自分でも笑えましたぜ。
 今頃クリスマスの話題っちゅーのもナンなのですが、書いておかないと私は片っ端から忘れていってしまうので、備忘録も兼ねて書かせてください。先日、ちょこっと一部だけご紹介した本です。すごーーーーーく面白かったです!

『クリスマスの文化史』 若林ひとみ著、白水社

 クリスマスに魅せられた著者が、毎年ドイツやオーストリア各地を回り、長年にわたってこつこつ調べてきたクリスマス研究の集大成といった本です。とっても分かりやすいだけでなく、ドイツへの愛が随所に感じられ(しかも下っ端ほにゃく犬が言うのは大変おこがましいのですが、自分と同じノリを感じてしまいました・・・スミマセン)時ににフムフムと頷きながら、時に「どっひゃーー!」と驚きながら読みました。もしかしたら、知らなかったのは私だけなのかもしれませんが、せっかくですのでご紹介しちゃいます。なお、残念ながら著者の若林ひとみさんはこの本を書かれたあと、病気で亡くなっています。もっと研究や翻訳を続けたかったでしょうに、と思うとお気の毒です。

下に目次をざざーーーっと書いちゃいます。

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第一章 クリスマスの起源

クリスマスについて
アドヴェントについて
十二夜について
ハンブルクで生まれたアドヴェント・クランツ
ミュンヘンで生まれたアドヴェント・カレンダー

第二章 クリスマスツリー

クリスマスツリーの起源
マルティン・ルターが提唱したクリスマス・ツリー
クリスマスツリー、ドイツから世界へ
一般市民への広がり
絵で見る皇帝一家のクリスマス
ガラス玉および様々な素材の飾り
ツリースタンドとミニツリー

第三章 イエス・キリストと生誕シーン

聖フランチェスコが始めた生誕シーン
ゲーテも見たナポリの生誕シーン
生誕シーンの普及
キリスト降誕劇(クリスマス劇)

第四章 聖ニコラウスからサンタクロースへ

聖ニコラウス祭
オランダの聖ニコラウス祭
ベルヒテスガーデンの聖ニコラウス祭
シント・ニコラスからサンタクロースへ
北極に住むニコニコ顔のサンタクロースの生みの親

第五章 クリスマスの歌

ドイツのクリスマスの歌
マルティン・ルターが作ったクリスマスの歌
「きよしこの夜」の生みの親
「きよしこの夜」はなぜ世界中で知られるようになったか
「きよしこの夜」の作者探し

第六章 クリスマス市

クリスマス市の起源
十九世紀ベルリンのクリスマス市
ニュルンベルクのクリスマス市
世界のおもちゃ工場ドイツ

第七章 クリスマスカードとクリスマスの手紙

ヨーロッパにおける郵便制度の確立
クリスマスカードの前身
クリスマスカードの登場
クリスマスカードのモチーフ
幼児キリスト郵便局
クリスマスカードの書き方
クリスマスの切手

第八章 クリスマスの料理・お菓子

クリスマス・ディナー - ガチョウか七面鳥か
ドイツのクリスマス菓子レープクーヘン
ヘンゼルとグレーテルのお菓子の家
その他のクリスマス菓子と飲み物
クリスマス柄の食器
「ブッデンブローク家」のクリスマス

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 この本を読んでギョギョ!(←魚くんにあらず)となりましたのは・・・

★クリスマスツリーはドイツが起源だった…!知らなんだ。イギリスへ広めたのは、ヴィクトリア女王のダンナ様、アルバート公(ドイツ人)だったとか。アメリカへ広めたのは、ドイツ系の移民や、イギリスの傭兵として独立戦争に加わったドイツ兵だったんだそ~です。ちなみにクリスマスのリースもドイツが起源なんだそ~です。

★北極に住み(ノルウェーやフィンランドではなく)、ぽってり太ったニコニコ顔サンタを初めて描いたアメリカ人イラストレーターは実はドイツ移民で、ドイツでの子供時代の思い出をもとに「元祖ニコニコ顔サンタ」を描いたんだそ~です。トーマス・ナストという名で、「アメリカ政治風刺画の父」と言われているとおり、本職は新聞などに載せる風刺画を描いていたんだそうです。

★ザルツブルク近郊で19世紀初頭に誕生した「きよしこの夜」を世界中にひろめたきっかけとなったのは、チロル地方のファミリー合唱団だったんだそうな。当時、チロリアン・フォークロアがブームだったそうで、民族衣装に身をつつんだ合唱団は人気を博し、ヨーロッパ各地やアメリカで公演を行っていたそうで、「きよしこの夜」もクリスマス曲というよりは、チロルの音楽ということで受け入れられたそうな。それほどカトリック色も濃くない内容のため、プロテスタント圏でもすんなり受け入れられたそ~です。

★クリスマス市は、悪名高い「免罪符」と密接な関係があるんだとか。教会が特定の日に免罪符を販売したんだそうですが、それを求めてくる人々目当てに市が立つようになり、クリスマス時期に立った市がいつしかクリスマス市に発展したんだそ~です。

 その他、いろいろもりだくさん。聖ニコラウスがサンタ・クロースの元だったという話は有名ですが、本書ではそれがどう変わっていったかが詳しく述べられておりました。特にドイツではニコラウスと Weihnachtsmann(本書では「クリスマスおじさん」と訳されています)の両方がいて、イマイチよく分からないですよね。それとも、分かってないのは私だけ?さらに南部では Christkind (幼児キリスト)もメジャーですし・・・。これら3者の関係も説明されていて、頭がゴチャゴチャだった私には助かりました。
 先日の「Jud Süß(ユダヤ人ジュース)」の続き・・・とゆ~か、補足でございます。私ったら健忘症か?もう脳の老化が始まったのか?と自分でもコワくなるほど、忘れっぽいことが再び発覚。大変恥ずかしいことに、この映画については既に本で読んでいたハズなのです。以前、拙ブログでもご紹介した「ナチ娯楽映画の世界」(瀬川裕司著、平凡社)に詳し~く載っておりました。読み返してみましたら、確かに読んだ記憶がありました。が、ざざ~っと読んでしまったため、頭に定着してなかったみたい・・・ ううぅっ お恥ずかしい・・・。

 図書館へ行って再びこの本を借り、気を取り直して読み直しました。今度こそ頭に入るはず。ゲッベルスお気に入りの映画監督、ファイト・ハーランは、スウェーデン出身の女優クリスティーナ・ゼーダーバウムをいたく気に入り、何本も主演させています。その中でも最も有名で、彼女の名声を不動のものにしたのが、「Jud Süß」 だったんですね。典型的なアーリア人女性(金髪碧眼)として出演しております。この映画でもそうでしたが、入水自殺や溺死という悲劇の結末を迎えることが非常に多かったらしく、「帝国水死体(Reichswasserleiche」という、ありがたくないニックネームを頂戴していたそうです。「帝国(ライヒ)」がつくのは、彼女がハーラン監督のプロパガンダ映画に数多く出演していたことから来るようです。ちなみに、「Jud Süß」を撮る前に、妻と正式に離婚し、ゼーダーバウムと結婚しています。

 ・・・ということで、きっとドイツ映画やドイツ映画史にお詳しい方なら当然ご存じであろうことを、ワタシったら知らなかったのです・・・orz.. 知らなかっただけでなく、本を読んだのに頭に入っておりませんでした。アホか?って感じですな。恥ずかしや~ 恥ずかしや~ 恥をさらすためにブログを書いているようなものでして・・・ お肌のアンチエイジングだけでなく、脳のアンチエイジングも真剣に考えないとあきまへんな。

 先日、ちょこっとだけ「ロマーニッシェス・カフェ」という、第二次大戦前に栄えたカフェのことを日記(コチラ)に書きました。芸術家のたまり場となり、あらゆる分野の天才たちがが集結したという、キラキラ輝くカフェ。先日もご紹介した本をようやく図書館で借りてきて読んだというワケでございます(返却期限ギリギリになってしまったので、実は1日で斜め読み・・・スミマセン)。

『ベルリンのカフェ 黄金の1920年代』 (原題:Damals im Romanischen Cafe)
ユルゲン・シェベラ著、和泉雅人。矢野久訳、大修館書店

 とにかくスゴかったんだそうです、このカフェ。何がスゴイって、集まる面々がです。締め付けの厳しかったヴィルヘルム2世時代の反動からか、ワイマール時代は華やかな才能がベルリンを中心に一気に開花。そうした文化の担い手たちが連日のようにロマーニッシェス・カフェに通い、コーヒーをすすりながら熱く語り、激しく議論し、互いの才能に触発され、切磋琢磨し・・・ だから私は、このロマーニッシェス・カフェって垢ぬけて、モダンで、時代の先端を行くおしゃれなお店だと勝手に想像しておりました。

・・・が! 実際のロマーニッシェス・カフェというのは、どちらかというと場末感漂う退廃的な酒場っぽい場所だったみたいですね。いえ、むしろそういう所だったからこそ、多くの天才たちを惹きつけたのかもしれません。オープンは1916年。カイザーヴィルヘルム記念教会(ゲデヒトニスキルヒェ)の向かいにあったそのカフェの名は、すぐ近くにあったネオ・ロマネスク様式の大きな商館にちなんで名づけられたんだそうです。同書から引用いたします:

『店そのものは、後期ヴィルヘルム時代のロマネスク趣味からとられたその名前と同じように、生彩を欠き、あたり一面冷やかな雰囲気を漂わせていた。(中略)回転ドアのはす向かいにはカウンターがあった。建築様式が不愉快このうえないもので、しかも料理がまずいという点では、プロイセンのあらゆる待合室となんら変わるところはなかった。』

『ロマーニッシェス・カフェはたいへん汚かった。第一に、窓ガラスは大きかったものの、精神の発揮される場所にふさわしいようにと曇りガラスがはめられていた。第二に、絶えずタバコの吸い殻を床に棄てる客のマナーの悪さのため、第三には、絶え間なく出入りする数多くの客たちのせいで、このカフェは汚くなっているのだ。客たちは、職探しのため、音楽をするため、映画を撮るため、絵を描くため、芝居を打つため、文章を書くため、監督をするため、彫刻をするため、さらに車、絵画、地所、敷地、絨毯、骨董品を売るためにベルリンへやってくる。』(以上、引用終わり)

 恥ずかしい話ですが、ワタシって文学や演劇に疎いので(恥)、有名どころと言われる人たちの名前を見ても、ピンとこなかったりするのです。恥ずかしや~ 恥ずかしや~ でも、たぶんスゴいに違いない。うん、きっとそうだ。栄華(?)を極めたロマーニッシェス・カフェですが、この時代を語るのに避けて通れないのがナチの影。33年に政権を掌握する前後から、店にはSA(突撃隊)の制服を着た輩が大きな顔をして出入りし、目を光らせ、特にユダヤ系の客たちはびくびくするようになったんだとか。それまで大きな声で活発に議論していたのに、いつのまにか「ひそひそ声」になり、やがて多くの者が亡命し、そのひそひそ声さえ聞こえなくなっていきます。ミュージカル「キャバレー」の元となった「ベルリン物語」を書いたとされるイギリスの若手作家クリストファー・イシャーウッドも1933年当時は英語教師としてベルリンに住んでいたんだそうです。彼が記したカフェの様子が同書に載っていました。(以下、再び上述の本から引用いたします)

『私は毎晩、記念教会堂(ゲデヒトニスキルヒェ)のそばの大きな、半分くらいしか席のうまっていない芸術家カフェに座っている。そこでは、ユダヤ人や左翼系のインテリたちが大理石のテーブルの上で額を集めては、低い声で不安げに話しあっている。多くの者たちは、自分たちの逮捕が目前に迫っていることをはっきりと知っていた。たとえ今日でなくても、明日か来週には逮捕されるのだ。ほとんど毎晩のように突撃隊(SA)がカフェにやってきていた。』
『今日の午前中、ビューロウ街をぶらぶら歩いていると、ちょうどナチの連中が無名の平和主義的作家の本を積み込んでいた。連中はトラックをもってきており、そのトラックにこの作家の本を積み込んでいた。運転手が群衆に向かって、馬鹿にした口調で本のタイトルを読み上げた。『戦争は繰り返すまじ』と彼は大声で告げ、さも胸糞が悪そうに本の表紙をつかんで、それを高く掲げた。見るも汚らわしい爬虫類ででもあるかのように』(以上、『ベルリンのカフェ 黄金の1920年代』より引用いたしました)

 藤原紀香さん主演のミュージカル「キャバレー」が見たくなってきました・・・。映像ほにゃくつながりのお友達、すーさんが観に行かれたそうです。ブログで感想を書いていらっしゃいます → コチラ
 ドイツとは全く関係ない話題でございます。実は私、豪徳寺の近くに住んでおります。あまりに近すぎて、めったに豪徳寺へは行きません。が、奉納されたKatzen が久しぶりに見たくなり、先日チャリを飛ばして行ってきました(チャリなら5分くらい)。以前、招き猫饅頭について日記に書いた際にもチラっと書いたのですが、豪徳寺駅前の商店街って、とってもとってもひなびております。タイムスリップしたのか?と思っちゃうくらい。昔ながらの畳屋さんやら、布団屋さんやら、ガラガラ~っと硝子戸を開けて入る和菓子屋さんやら、イロイロ。でもって、商店街のキャッチフレーズが「Let's 豪徳寺」。センスがあるんだかないんだか分からないビミョ~なコピーです。


                 これが入り口の門。

                 奉納された招き猫たち。圧巻でございます。

                 横から見たら、こ~んな感じ。豪徳寺の招き猫は小判を持っていないのが特徴。

                 実は塔の上にも招き猫が置かれているのですが、撮ってくるのを忘れました・・・。残念!


 豪徳寺に伝わる招き猫の伝説はご存じの方も多いと思います。招き猫饅頭のときも書きましたし、今さら私がここで偉そうに書くのもナンなのですが、もしかしてご存じじゃない方もいらっしゃるかと思い、例によってウィキから引用しちゃいます。(以下、ウィキ「招き猫」より引用)

『江戸時代に彦根藩第二代藩主・井伊直孝が鷹狩りの帰りに豪徳寺の前を通りかかった。そのときこの寺の和尚の飼い猫が門前で手招きするような仕草をしていたため寺に立ち寄り休憩した。すると雷雨が降りはじめた。雨に降られずにすんだことを喜んだ直孝は、後日荒れていた豪徳寺を建て直すために多額の寄進をし、豪徳寺は盛り返したという。
和尚はこの猫が死ぬと墓を建てて弔った。後世に境内に招猫堂が建てられ、猫が片手を挙げている姿をかたどった招福猫児(まねぎねこ)が作られるようになった。ちなみに、この縁で豪徳寺は井伊家の菩提寺となったといわれる。幕末に桜田門外の変で暗殺された井伊直弼の墓も豪徳寺にある。 』

 彦根城のゆるキャラ、ひこにゃんがネコなのは、豪徳寺の招き猫からきているんだそ~です。
 皆様、もしかして薄々お気づきかもしれませんが、ワタシってば甘いお菓子が大好きなのです。でもって、ドイツ(ヨーロッパ)かぶれなので、舶来物に弱いのです。先日、毎日お邪魔しているブログでオーストリアの Manner というお菓子のことを知り、食い意地の張ったワタシは「た、た、食べてみたい・・・」とひそかに思っておりました。

すーさんのブログのMannerのエントリー

 お恥ずかしながら、ワタシはこの Manner というお菓子の会社を存じておりませんでした。すごーく有名なんだそうです。ドイツでいうバールセンみたいな感じ?「食べたい・・・ 食べたい・・・」と思っていた矢先、祈り(?)が通じたのか、この Manner のお菓子をいただいてしまいました~~~(感涙) お友達が送ってくださった貴重なお菓子をおすそわけしてくださったのでした。N子さん、ありがとう~~~

         ↓ フラッシュが反射しちゃいましたが・・・

          ↓ 開けると、こんな感じです。


 ヘーゼルナッツのクリームをはさんだウエハースのチョコレートコーティング。この、ヘーゼルナッツのヌガーを食べるとドイツやオーストリアを思い出します。この Manner は初めて食べたけど、とっても懐かしい味でした。いったん開けたら止まらないサガ。いきなりムシャムシャいってしまいましたぜ。

 このManner という会社、もともと19世紀の後半にウィーンのシュテファン大聖堂のそばでチョコレートとイチジクコーヒー(Feigenkaffee、代用コーヒーの1種だそうです。最初、「臆病者コーヒー」かと思ってしまいました。feig- って臆病者という意味もあるので)を売るお店だったそうなのですが、1890年にチョコレート工場を設立してから、ビッグになっていったんだそうです。ピンク色がコーポレートカラーみたいですね♪ 美味しかった&楽しかった&うれしかった! あらためて、ありがとうございます♪ 
 第二次大戦中の1940年、ナチお気に入りの映画監督ファイト・ハーランによって『ユダヤ人ジュース』というプロパガンダ映画が製作されました。もちろん、ゲッベルス宣伝相が強く勧めた結果です。この映画はドイツでは、条件付きでのみ上映が許可される作品です。いつもお世話になっている方のご好意で、アメリカ版のDVDを観ることができました。ありがとうございます…!ちなみに「ズュース」のほうが原音に近いと思うのですが、「ズュ」というのは日本語には本来存在しない表記なので、「ジュ」にいたします。

 なぜに「ユダヤ人ジュース」を?と言いますと、実はですね~。先日、「素粒子」のオスカー・レーラー監督が、この映画に出演せざるをえなくなった主演俳優の苦悩を描く(・・・と思われる)新作を撮影中、という記事を読んだからなのです。過去ログは→コチラです。 下に「ユダヤ人ジュース」のあらすじと感想を書いちゃいますね。

<映画 『ユダヤ人ジュース』について>
 時は18世紀前半。ユダヤ人ヨーゼフ・ジュースキント・オッペンハイマー(実在の人物です)は、今で言う「闇金業者」。高利貸しってやつです。お金に困った貴族たちに高利で金を貸してのし上がってきた人物です。そしてヴュルテンベルク公爵に取り入り、公国の財務官吏となります。不正に通行税を取り立て、私服を肥やして市民の憎悪の対象に。さらにあくどいことに、アーリア人の人妻に手を出してしまうのです(下品な表現で恐縮ですが、“手込め”にするというヤツです)。そしてこの人妻はショックのあまり、自殺してしまいます。やりたい放題のオッペンハイマーでしたが、後ろ盾となっていたヴュルテンベルク公爵が急死したのち逮捕され、命乞いも空しく絞首刑に処せられてしまいます・・・


 プロパガンダ映画というだけあり、悪意を持って史実をかなり歪曲して描いている印象を受けます。登場するユダヤ人はみんな悪人面で、「金の亡者」といったステレオタイプ。見ているだけで嫌悪感を抱くような演出になっております。オッペンハイマーによって死に追いやられた妻の仇を討たんとする夫(当然、アーリア人)が最後に凛とした顔で大写し。モロ、勧善懲悪の世界でした。印籠は出てこなかったけどねっ

 私は原作や史実を知らないので、この映画だけを見ると確かに「正義は勝つ!」という印象を受けますです。が、ざざっと検索してみたところ、オッペンハイマーというのはこの映画で描かれたほど悪人ではなかったような気もするのです。金融業で頭角を現し、ヴュルテンベルク公国では公爵のよきアドバイザーとなり、財政再建のために大ナタを振るった模様。そのため、確かに憎悪の対象とはなっていた模様です。このオッペンハイマーに関する本を見つけました。未読なのですが、内容紹介を読む限り、映画で描かれた人物像とは違うような気がする・・・

「消せない烙印 ユート・ジュース」 → コチラ

『一八世紀のユダヤ人金融業者、ヨーゼフ・ジュース・オッペンハイマーの生涯をたどる伝記。その才覚によって権力の中枢へ接近していくジュース・オッペンハイマー。ヴュルテンベルク公爵カール・アレクサンダーに見出されたジュースは、この開明的な君主の財務コンサルタントとして活躍、その栄達を極める。しかし、公爵の急死によって事態は一変。公爵死後の権力闘争に巻きこまれるかたちでジュースは投獄され、罪状も明らかでない裁判によって不当に死刑判決を受け、ついには刑死にいたる。その劇的な生涯を、厖大な歴史的資料に基づいて描き出す。』(リンク先、版元ドットコムの紹介文より引用)

 
 1月も既に4日めとなってしまいましたが、おめでとうございます。本年もよろしくお願いいたしますワン。読んだのはかなり前になってしまうのですが、面白かったのでご紹介いたします~

『ドイツ料理万歳!』 川口マーン恵美、平凡社新書 目次は → コチラ

「ドイツというと、ビールとジャガイモとソーセージばかりが有名になってしまったが、こうなると、私はやはりドイツの弁明をしなくてはいけないと思う。(中略)旅行者が、不味いレストランで不味いものを食べて、挙句の果て、「ドイツには美味しいものがなかった」などと悪態をついているのは聞き捨てならない。それは、ドイツ人にしてみれば、とんだ濡れ衣というものである。ビールとジャガイモとソーセージ以外にも、この国には地方色豊かな美味しい食べ物がたくさんあるのだ。」(同書の帯に掲載された「まえがき」より引用)

 これを読んで、「分かるっ!」と思ってしまいました。そりゃ~確かにフレンチやイタリアンは美味しいです。食通をうならせるって感じがします。ワタシも大好きです。一方、「ドイツ料理も美味しいんだよ~」と言うと、「あの人、味音痴だ~」と言われかねないので、公言するのがはばかられます。やっぱり、「大味」「てんこ盛り」「イモ」「革の半ズボン」「ビール腹」「オヤジ」のイメージがつきまとっちゃう。日本に住んでて本場のドイツ料理やドイツの食材を日常的には口にしていないワタシには、偉そ~に語る資格がまったくないのです。だけどドイツ在住25年のエッセイストさんが書くとやっぱり説得力がありますです。

 …が、この本は「私、ドイツに住んでるから何でも知ってるのよ~ふふん」といった、上から目線では決してなく、ドイツやドイツ料理、ドイツ文化をこよなく愛している筆者が、「ね、ね、これ美味しいから食べてみて~」「だけど紹介する以上、きっちり調べてありまっせ」といった内容で好感が持てます。ひねくれ者のワタシは、現地の文化や現地の言葉を知らずに料理を語ってくれちゃうグルメリポーターの雑誌記事などを読むと、「ふんっ」とついつい思っちゃうのです(←現地へなかなか行けないヒガミです^^;) 食文化って、その国や地方の歴史や風土と密接に結びついたものだと思うから。私は決して出版社の回し者ではないのですが、この本は分かりやすいし、テンポのいい文章なのでご紹介しちゃいます♪ ドイツの食文化にご興味がありましたら、読んでみてくださいね♪

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…と、ここまで書いて、あとから追記です。読んで日にちが経ってしまったので、もう一度ぱらぱらめくってみました。私はトシのせいなのか、付箋を貼っておかないと、内容をすぐ忘れてしまうのです(泣) 本を1度読んだだけで、内容が全部頭にびしっと入ってしまう人を尊敬します・・・

 で、付箋を貼ってあったところを読み返しました。よく言われていることですが、なぜにドイツ人は一般的に食に無関心なのか?(食通はもちろん大勢いると思うのですが、それでも一般的には食に対する関心は若干低めかと) 筆者はその時代背景として、3つ挙げていました。

その1)もともと食材が乏しい・・・気候が寒冷、土地がやせており、海が少ないため海の幸も少ない。食材が乏しいと、自然と食に対する関心も薄れる。
その2)ドイツ人は元来、狩猟民族だった・・・地中海沿岸地方では古代より農耕が発達し、さまざまな野菜が栽培され、パンが焼かれ、ワインが作られていたのに比べ、ドイツ人は深い森の中で狩猟と採集、家畜の飼育で生活していた。
その3)ドイツは中世以降も、イタリアとフランスの文化的優位に甘んじていたという歴史的事実・・・ドイツ諸国の宮廷は栄えても、一流の音楽家はイタリアから招聘し、一流の料理人はフランスから招くというのが相場になっていた。筆者の言葉を借りますと、「ドイツの宮廷は、文化に関しては、はなから高級ブランドの輸入に徹していた」と。でも、筆者は、「だからドイツ料理はガサツで不味い」と言っているのではなく、質素倹約に徹しながらも、ドイツにはイタリアやフランスとは文字通り“一味違う”食文化がある、ということを言っているようです。

 あと3時間弱で2009年が終わりますね。早かった・・・!今年はホントあっという間に月日が経ったような気がします。今年は更新が途絶えたり、しょ~もない日記しか書かない日が続いたり、とブログ上では かつてのような元気さがなくなってしまったのですが、それでも遊びに来てくださった方々、改めて御礼申し上げます。プライベートであまりにもイロイロありすぎて、正直な話しんどい日が実は続いたのですが、凹むときに支えてくれるのは、やっぱり仕事、そしてネットを通じて仲良くしてくださっている方々との交流なのでした。ありがたや~ありがたや~~ (ネットの功罪というのはあちこちで語られますが、私の場合はネットで知り合った方々、リアルで知り合い、その後もネットでつながっている方々、そしてネットで再会した方々に支えてもらっています♪ 感謝です) 2010年も、いただくお仕事1つ1つに全身全霊をささげるつもりで取り組もうと今から鼻息を荒くしております。バッファローと呼んでください。冗談はさておき、皆様にとって2010年がステキな年になりますように。読んだ本や観たDVD の感想ですとか、感動の駄菓子たちの画像ですとか、載せたいことはたくさんあるのですが、ど~も頭がぼ~っとしてあきまへんな。また1月になりましたら、少しずつ。

 友人からのクリスマスプレゼントを載せちゃいます。ぐふふ。手作り Lebkuchenmann (レープクーヘン・マン)セットです!いわゆるジンジャーマンみたいなヤツかと。缶の中にレープクーヘン・ミックス(小麦粉に香辛料を加えたものみたいです)と、飾り用のチョコが入っておりました。これにハチミツと卵を1個、牛乳大さじ4杯を加えて生地を作り、それをのばして缶の蓋で型抜きして焼くんだそ~です。うわ~い♪ 楽しそう♪♪ この休日に作ってみます。うまくできたらご喝采
 今日の夕方、焼いてしまいました、ブレ~ツェル(1つ前の日記にレシピをリンクしております)。実はですね~ 苛性ソーダを使って本格的にやりたかったのですが、薬局が今日から休みというところが多く、入手できなかったのです。普通のドラッグストアだと置いてなくて。だもんで重曹でやってみました。(苛性ソーダって何じゃ?と思っていたのですが、中学の実験で使った水酸化ナトリウムなんですね!知らなかった。このまま流しに捨てたら確かにヤバいかも、と思って塩酸で中和しようかな~と思ったりもしたのですが(確か水酸化ナトリウム+塩酸 → 食塩だったような・・・)、塩酸だって劇薬だからそう簡単に手に入らないですよね~)

 で、結果は・・・

 まあまあの出来  種は大昔使っていたパン焼き器でこねたので楽ちんでした。重曹が薄かったのか、種をゆでても黄色くならず、香りも薄め。どちらかというと、ベーグルのような風合いに仕上がりました。ま、これはこれで八の字ベーグルって感じで美味しかったのですが、ブレーツェル特有の香りが足りないのは寂しいかも。次は重曹の溶液をもっと濃くするか、苛性ソーダでトライしてみることにします。見た目がイマイチだったので画像は載せられません・・・ 
旧ブログでも一度載せたのですが、ドイツのパン屋さんの早技。こうやって作るんですね~ → クリックしてね♪

 今夜のメニューは Butterbrezel (ブレーツェルを2枚におろしてバターを挟んだもの)と、ドイツ(風)ソーセージ、そしてザウアークラウトのクリーム和え(Mさんのレシピです。ありがとうございます)、そしてSuppengrün(スープ用の香味野菜、人参やセロリ、パセリなど香りの強いヤツです) を入れたコンソメス~プ。久しぶりに食べたザウアークラウトは懐かしい味で涙が出ましたぜ。鍋に刻んだベーコンを入れてみじん切りの玉ねぎを炒め、しんなりしたらザウアークラウトと水少々を入れて加熱します。黒コショウをふって最後に生クリームを回しかけてできあがり。生クリームが入るとアラ不思議。酸味が和らいでマイルドになるんですね♪ 食べやすくなってウマかったです。ザウアークラウトを食べ慣れていない子供たちは「・・・」となっておりましたが、ワタシは大満足でございました。また作って食べよう♪
 プチご無沙汰しておりました。今日、今年最後のお仕事を納品しまして、ようやく一息ついたところでございます。それがですね~ クリスマス(25日)に一度、イルミネーションの画像を載せようと思ったのです。夜中に半分寝ながらデジカメのSDカードをパソコンにつっこんだりしておりました(せっかくだから、携帯ではなくカメラで撮ったのです)。そしたら!操作を間違えたのか、デジカメの中の画像データと、パソコンにもともと保存しておいた過去の画像データが一気に飛んでしまったんです・・・

 あれ?なんでファイルの中身が真っ白なんだろう?と思った次の瞬間、データがぶっ飛んでしまったことに気付きました。ちぇっ バックアップを取っていなかった、ここ1カ月くらいの画像は全部消えてしまいました。悲しい・・・ 寝ぼけていたため、いまだに何が起きたのか分からずじまい。寝ながら操作するもんじゃありませんな。ま、仕事のデータが飛んだわけじゃないから、よしとします。でも惜しいっ


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 この休みにやりたいと思っていることがあります。それはですね~ ブレ~ツェルを焼くことです♪ 先日、クリスマスマーケットに行って久しぶりにブレ~ツェルを食べたのですが、おうちでも作ってみたくなっちゃって。ドイツや日本のサイトでレシピを探してみたところ、よさげなレシピを発見。

本格的!ブレッツェル(クリックしてね)

ドイツ語のサイトもいろいろ見てみましたが、写真が豊富で分かりやすく、さらに本格的なサイトとなると、やっぱりこれ↑みたい。本場では Natronlauge (苛性ソーダ溶液)を使うのですが、このサイトでもばっちり、それを使った焼き方が出ておりました。うっしゃー 焼くぞ~~~!! 今日、薬局へ行って苛性ソーダを買ってきます。

 もし上手に焼けた暁にはブログ上でご紹介いたしますね。お正月の間、ブレ~ツェルについてあえて触れないようにしている様子がアリアリだとしたら、「ははーん、失敗したんだな」と思って知らん顔してくださいまし。
 ひゃ~ ここにきて、バタバタしております。ふと気づくともう23日。もうすぐクリスマスになっちゃう・・・。先日ご紹介した「クリスマスの文化史」も途中でストップ。まだ3分の1しか読んでいません。が、へ~と思ったところがありましたので、ご紹介しちゃいます。ツリーの飾りの由来です。以下、「クリスマスの文化史」(白水社、若林ひとみ著)から引用いたします:

(ワラの)星:占星術師(三王)を幼児キリストのもとに導いた星を表す。またワラは幼児キリストが寝ていた飼い葉桶を意味する。

天使:新約聖書のマタイ、ルカの二つの福音書にイエス・キリストの生誕が記されている。両福音書では、記述にかなりの違いがあるが、その1つが礼拝者の導き手である。「マタイ」では前述のように星が、「ルカ」では天使の一群が、占星術師や羊飼いを生まれたばかりのイエス・キリストのもとに導いて行く。ただ、いずれにせよ、星も天使もイエス・キリストの誕生と深い結びつきを持っている。

楽器:前述の天使は、それぞれ楽器を演奏しながら天から降りてくる。そのため楽器はそれ自体で天使を表す。古典的な楽器は、横笛、ハープ、ヴァイオリン、ラッパである。

ベル:古代ヨーロッパで、冬至の厄払いに使用されていたものの名残である。

鳩:洗礼者ヨハネは鳩の姿をした聖霊がイエスの体内に入るのを見た。そこから、白い鳩は聖霊のシンボルとされる。また、鳩は魂、閉鎖、無垢、優しさ、純潔のシンボルでもある。(以上、引用終わり)

 ドイツでよく見るワラの星のオーナメントって、ここから来てたんだ・・・。ビックリです。星を飾るのは分かるけど、なんでワラ?と思っていたのでした。そういえば、12月から毎日、飼い葉桶にワラを1本ずつ入れていく風習というのもかつてあったという記述を読みました。それとも関係あるのかも。古い写真で恐縮ですが、載せちゃいます↓

ワラ製のベルやモミぼっくり(?何て言うんでしょう・・・たんねんつぁっぷふぇん)もあるでよ。

エルツの天使たちって、よく楽器を持ってますよね~

これまた古い画像…。オーナメントではありませんが、クリスマスのマストアイテム、天使の楽隊です。

 翻訳をしていらっしゃる方、オリジナルの原稿のワード数を数えることが多いと思うのですが(仕上がりでカウントするのではなく、原本で数える場合です)、ワードやエクセル以外のファイル(pdf など、スキャンした場合)では、皆様どうやってカウントしていらっしゃるのでしょう?

 実は、とって~もお世話になっている方(かつての私のドイツ語の先生であり、翻訳をする際にいつも泣きつかせていただいている方であり、大切なお友達であり、ほにゃく者仲間でもある方・・・おいおい、私ったら頼りすぎ^^;) がこの方法を探していらっしゃるのです。いっつも助けていただいているので、たまには役に立ちたいと思い、このブログで皆様にお聞きしてみようと思った次第です もしご存じの方がいらっしゃいましたら、ご教示いただけるととってもとっても嬉しいです。日本語→欧米言語の翻訳なのですが、欧米言語→日本語の場合もあり、できれば両方オッケ~という頭のいいソフトがあると助かるのですが、無理かなぁ?
 ちまたで湯たんぽがブ~ムでございます。前から気にはなっていたのですが、「そのうち買おう」と思っていてズルズル・・・。先日、ようやく買いました。fashy の湯たんぽ。


 湯たんぽコーナーに行きましたところ、流行っているせいか各種湯たんぽが山積み。アルパカやマトリョーシカの形したカワイイ系や、モコモコふんわり系など、種類も豊富。だけど日本の湯たんぽって伝統的に固い素材でできていますよね。柔らかいのがいいな~と思って(しかもドイツかぶれな私の好みも満たしてくれるから)ドイツ製の fashy にしました。 なんてったって TÜV(ドイツ技術検査協会)の検査にも合格した品質でございます。(余談ですが、技術系のほにゃくをしていた頃、このテュフとDIN は頻出度ナンバーワンのキーワードでございました~)

 湯たんぽの先輩 spatzさんからアドバイスもいただき、90度ギリギリ(耐熱温度が90度なのです)のお湯をたっぷり詰めて(3分の2までにしろ、と取説には書いてあるのですが)みたところ、朝までほんのり温かくて幸せでした~♪ あ、でもこの使い方はおススメできないのかも。キケンなので、よい子の皆さんは まねをしないようにしましょう。昼間もお仕事中に腰が冷えて辛いので、愛用しようと思っています。湯たんぽバンザ~イ!


湯たんぽとは関係ないのですが、再びホウロウの子供用カップを撮っちゃいました。受け皿は大昔に買ったアルザス陶器、中に入っているのはハーブティでございます。このホウロウ、裏に EMAIL MÜNDER と書いてあります。先日、E-Mail のことを調べた際、「ハイフンをつけてEmail と区別しましょう」とありました。ハイフンがないと、エマ~(ホウロウ)と混同されちゃう可能性があるからでしょうね。) ただしこのカップ、左手で持つと柄が見えないのだ。右利き専用なんですね(涙)。左利き用のカップも作ってください、メーカーさん。(全面柄なら問題ないんだけどねっ)
 昨日の夕方、行っちゃいました、六本木ヒルズのクリスマスマーケット。mau さんのお宅でマーケットのことを知り、行きたいな~とずっと思っていたのです。で、念願かなって昨日、行ってしまったというワケでございます。こぢんまりとしてはいますが、本物ソックリ雰囲気。おまけに昨日は寒波到来で寒かったこと・・・!足元から底冷えがし、「こ、ここはドイツ?」と思ってしまうほど。お値段はどれもヒルズなプライスでしたが、場所代を考えると、仕方ないんでしょうね~。ホカホカのぶれーつぇるを2枚におろしてバターをはさんだ「Butterbrezel」がウマかった!

 マーケットの入り口に巨大なピラミッドとくるみわり人形が。

 お店はこんな感じ。

 でもって、中にもピラミッドが。カワイイ♪

 お店の壁にあったくるみわり人形。

 でもって、こんなのを食べました~(カリ~ヴルスト、ぶった~ぶれーつぇると普通のぶれ~つぇる、ザウアー^クラウト、グーラッシュにも似たシチュ~、飲み物はクリスマスティーやグリュ~ヴァイン)



 でもって、けやき坂のイルミネーションも見ちゃったりなんかして・・・

 正面に東京タワーが見えます~♪

 ルイ・ヴィトンのお店のイルミネーションは素敵♪


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 でもって、戦利品たち。

 子供用ホウロウのコップ(これでワタシはお茶を飲むつもり)と・・・


 スズ(錫)製の飾り。これもオーナメントかな?


 楽しかった~♪ 〆にホットチョコレートを飲まなかった(帰り際に気づいたので・・・)のが心残りです。Mさん、Oさん、ありがとうございましたーー 来年も行くぞーーー!
 先日、伊東屋さんへ行ったところ、ドイツ製の子供用万年筆を見つけました。色鉛筆で有名な、ファーバー・カステル社製の Schulfüller (スクール万年筆)。パッケージに ”für Rechtshänder”(右利き用) と書いてあり、商品のそばに貼ってあった紙には「当店では右利き用しか輸入しておりません」とありました。えっ じゃあ、左利き用のもあるの?

 実はワタシ、左利きなのです。小学生のころ、書き方のおじいちゃん先生に矯正(強制ともいふ)されたのですが、どうしても直らなかった経験の持ち主。あの矯正って、とっても辛いのです。自由や個性が尊重される現代なら考えられないことですが、昭和の時代はまだ矯正ってあったんですね。ありゃ、拷問です。

 左利きの方なら経験あると思うのですが、左手では筆と万年筆がどうしてもうまく使えません。筆の場合、「留め」「はらい」がうまくできない。万年筆だと、ペン先が紙にひっかかったり、インクがうまく出なかったり。文字って日本語もアルファベットも右利き用にできているからですよね。おまけに横書きだと、万年筆の場合はインクがこすれてしまう。だから万年筆を使いたくても我慢してボールペンにしておりました。

 でも、左利き用の万年筆があると知ってビックリ。ペン先はどういう風になっているんだろう・・・。検索してみたら、日本のメーカーも左利き用を出しているんですね。知らなかった!日本のセーラー万年筆や、ドイツのファーバー・カステル社以外にも、同じくドイツの老舗文具メーカー、ステッドラー(シュテットラー)も左利き用の万年筆を出しておりました。よ~し、これを試してみます♪ 子供用のせいか、デザインは「?」なのですが、久しぶりの万年筆なのでちょっと楽しみだったりして。(中学の入学祝にいただいたのですが、うまく書けなくて悲しい思いをした経験アリ) もっとも、「中字」とあるので、日本語を書くには太いかも・・・。

 ・・・ところでほにゃく者つながりやドイツ語つながりの方に左利きって多いような気がします。どうでしょう?
 先日、拙ブログでご紹介した本「クリスマスの文化史」(若林ひとみ著、白水社)を読み始めました。まだ最後まで読んでいないのですが、面白いです!読み終わったらまた感想をUPしちゃおうと思っているのですが、年末ってイロイロあってなかなかゆっくり読めなくて。「イロイロ」と書くと、まるで私が年末のお掃除やら片づけやらをやっているように見えてしまうのですが、それはやってません(キッパリ)。換気扇を掃除したいけど、見て見ぬフリをしています。寝ている間に Heinzelmännchen Wichtelmännchen が来て掃除してくれたらいいのに。

 クリスマスツリーはドイツで生まれた、という項をを読んでおります。ご存じの方も多いと思いますが、同書によりますと、ツリーは『キリスト教以前の異教時代に、冬至に魔よけとして常緑樹を家の内外に飾った週刊にその起源を持つ。しかし、このときモミもしくはドイツトウヒを用いていたのはオーストリアの一部やエルザス地方で、ドイツ東部ではセイヨウイチイ、南西部のシュヴァーベンやファルツではツゲ、スイスではセイヨウヒイラギが用いられた(以上、引用終わりです)』 一方、飾り付けをしたツリーが記録に登場するのは、1419年が最初だとか。場所はフライブルクで、『パン職人の信心会が精霊救貧院にリンゴ、洋梨、オブラート、レープクーヘン、色を塗ったナッツ、金紙などの紙飾りを付けたツリーを飾った(引用終わり)』 その後、こうしたツリーが少しずつ広まっていったとのことです。フランスでは1840年に、オルレアン公爵(ベルばらに出てくる人の子孫?)と結婚したドイツの王女が嫁ぎ先でツリーを飾ったのが最初だとか。翌1841年、イギリスのバッキンガム宮殿でヴィクトリア女王の夫アルバート公が生まれたばかりの皇子へのプレゼントとして、ドイツから取り寄せたモミの木にプレゼントの飾りつけを行ったのがイギリスにおける最初のツリーだそ~です。アメリカでは既に1746年、ドイツ移民がツリーを飾っていた記録があるのだそうですが、本格的に広まったのは独立戦争(1774~83年)にイギリスの傭兵として参加したドイツのヘッセン兵の功績なんだとか。

 で、日本では誰が最初に飾ったの? と思いましたら、意外と早くてビックリです。同書によりますと、まだ江戸時代の1860年、プロイセンの公使オイレンブルクが杉、竹、椿の木などを使ってツリーを飾ったんだそうです。和と洋の合体! 和洋折衷! 椿だったら花も赤くて華やかだし、なかなか素敵なセンスだったのでは。

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 このオイレンブルクって何者?毎回ウィキの引用で大変恐縮なのですが、図書館へ行って調べたりする時間もないのでお許しください。この人です → コチラ

フリードリヒ・アルブレヒト・ツー・オイレンブルク伯爵 (Friedrich Albrecht Graf zu Eulenburg) 貴族の家柄を表す「von (フォン)」ではなく、「zu (ツー)」なのはなぜでしょう?マカフシギ。プロイセン王国の外交官・政治家で、オイレンブルク使節団として1859年に中国や幕末の日本、シャム(タイ)へ行ったんだそうです。日本とは1861年に日普修好通商条約(これもまた不平等条約だったとか。日本史の世界ですな)を幕府と締結しています。年号からすると、ビスマルクによるドイツ統一の前ですね。さらに普墺戦争よりも前。うーん、時代を感じます。帰国後はプロイセン王国の内相に任命されています。



 メールを書く際に、「●月●日付けのメール、ありがとね♪」と書くのはよくあるパターンですが、この E-Mail って女性名詞? それとも中性? 私の友人はみんな「die E-Mail」と書くのですが、昨夜知人から届いたメールには、das E-Mail となっておりました。実は以前も中性で使われているのを見て、げげっと思った経験がございますです。女性と中性、どっちなの?

ドイツ語のウィキには下のように出てました。以下、引用いたします:

『Standardsprachlich hat sich in Deutschland die feminine Form („die E-Mail“) des grammatischen Geschlechts weitgehend durchgesetzt, in der Schweiz hingegen das Neutrum („das E-Mail“), während in Österreich und in Teilen Südwestdeutschlands beide Formen Verwendung finden.[2]

Gemäß Duden, Wahrig und dem amtlichen Regelwerk der deutschen Sprache ist „E-Mail“ die einzig richtige Schreibweise.[3][4][5] Daneben sind jedoch auch die inkorrekten Schreibweisen Email (nicht zu verwechseln mit Email/Emaille), email sowie eMail, e-Mail, E-mail und mail weit verbreitet.』

ドイツでは女性、スイスでは中性、オーストリアとドイツ南西部では両方が見られるとのこと。ナルホド。でも、das を使った知人はベルリンの人なんだけどなぁ…。

なお、Duden や Wahrig の独独辞典や官公庁では E-Mail が正しいとのこと。だけど一般的には Email や email、eMailに e-Mail、E-mail などもあるらしいですぜ。友人たちはみんなハイフンを入れずに、Email と書いているような気がするなぁ…。

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13時追記です:
上でご紹介しましたウィキの記事には、次のようになっていました。以下、引用いたします。

『Die (auch das) E-Mail [ˈiːmeɪl] (kurz Mail; von englisch: „electronic mail“; zu Deutsch: „die elektronische Post“ oder „der elektronische Brief“) bezeichnet eine auf elektronischem Weg in Computernetzwerken übertragene, briefartige Nachricht. Eindeutschungen wie „E-Brief“, „E-Post“, „Netzbrief“ oder „Elegramm“ sind weniger verbreitet.』

英語のE-mail をドイツ語化(Eindeutschungen) した語も存在したんですね・・・。E-Brief, E-Post, Netzbrief, Elegramm など。でも、あまり広まらなかったと書いてあって、笑えました・・・。「E電」を思い出してしまったから。(←コレが分かる人は、あらふぉ~以降です)
 グリムスの木をブログ上で育てております。キーワード「酸性雨」を書くと、木にお客様が来てくれるとの話。どこかのグリムスには、ネコが来たと聞きました。こちらの木にもお客様が来てくれますように♪ でもって、黒い森地方の酸性雨の被害がこれ以上広がりませんように。

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 先月パソコンを買い替えたばかりなのに、インターネットが急に遅くなってしまいました。悲しすぎ。クリックして1~2秒してから「カシャっ」という音がして、さらに7~8秒してようやく画面が変わるという遅さ。明らかに異常です。こりゃ~何とかせにゃ。

 パソコンが得意な方なら、ちゃっちゃっと調べて原因を突き止められると思うのですが、パソコン音痴の私は何をやってもモタモタ。ネットでいろいろ検索しながら原因を探しました。まどろっこしいと思われるかもしれませんが、備忘録として書かせてくださいまし。

①ハードディスク → 以上なし。新しいPCだからスカスカ。
②メモリ → 4ギガにしましたので、小さいってことは考えられない…。
③通信速度が遅い? → KDDI に電話をして調べてもらったところ、「むしろかなり速いですよ」とのこと。
④ウィルスソフトの不具合? → 実は最近、ウィルスソフトを変えたのです。古いやつを削除して新しいのをインストールしたのですが、削除が不完全で残骸が残っていると、相互干渉をしてしまう可能性があるとのこと。実は削除したのはウィルスバスターだったのですが、これってコントロールパネルの「プログラムの追加と削除」ではアンインストールできないんだそうです。「すべてのプログラム」から入っていってアンインストールしないと完全には削除できないとのこと。あわててトレンドマイクロ社から削除ツールを教えてもらい、削除しました。面倒臭いこと・・・。でも、これで解決と思いきや、削除後も激重状態は変わらず。
⑤パソコンに原因が? → メーカーの相談窓口に電話で泣きつき、お姉さんと一緒にあれこれ試すこと30分。ようやく原因が分かりました。もとから入っていた、Phish Wall (フィッシュウォール)という、フィッシング対策ツールでした。お姉さんいわく、「これが悪さをすることがあるんです」。なんで悪さをするツールが入ってるの?って感じですが、これを無効にしたとたん、ウソのようにサクサク動きだしたのでビックリ。

…というわけで、3日間くらいに及んだワタシの死闘は終わりました・・・。ふう、疲れた。実は昨日は仕事の納品日でもあり、なかなか変わらない画面にイライライライラ…。サクサク感が戻ってきたからよかったものの、えらく疲れました。

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 話は変わりますが、ドイツの友人&そのお子ちゃまたちへのクリスマスプレゼントを買いに、ちょっくら町まで行ってまいりました。今から送ったらクリスマスを過ぎてしまうのですが・・・^^; コインのコーナーで見つけたのが、寛永通宝。お子ちゃま(男の子)へのプレゼントの包みに、飾り代わりにつけてしまおうと思って買っちゃいました。五円玉のように穴のあいた硬貨って人気があると聞きますが、私の友人たちも以前、五円玉と五十円玉を見て Cool! と言ってくれました。寛永通宝だと、さらに面白いのでは?と思いまして…。これって日本版 Glückspfennig(お守りの小銭)ですよね。



 先日、パソコンを買い替えた際にモニター台が必要となり、ネットで注文いたしました。その際、衝動買いしてしまったのがコレ(画像はベルメゾンさんから拝借いたしました) ↓

 パソコンの USB ポートにつなぐアロマライト。ロウソクみたいに LED の光がチラチラします。が、実際のブツは、画像よりチャチいです(笑) 前からアロマキャンドルとか、お香とか焚いてみたいと思っていたのですが、火が出るから危険。特に私はウッカリしているので(年を追うごとにひどくなる・・・)、火をつけていることすら忘れてしまう危険性大。でも、このライトならパソコンをつけている間のみなので安心なのだ。

 早速、家にあった買い置きのアロマオイルを垂らしたところ・・・

  くっさーーー  

古いものだったので、変質していたのです 気を取り直してフランフランで新しいラベンダーのオイルを購入。垂らしてみたら、こんどは…

  いい香り~~~

 そういうわけで、今私の机周りはラベンダーの香りがプンプンしております。
 先月の話で恐縮ですが、スイスで29日に国民投票が行われ、ミナレット(イスラム寺院の塔)建設の禁止が賛成多数で可決されたんだそうです。ネットニュースは → コチラ

一部引用いたしますと:
『スイスで29日、ミナレット(イスラム教寺院の塔)の建設禁止を求める国民投票が行われ、賛成多数で可決された。反対投票を呼びかけていた政府は、結果を受け新規建設を禁止するとみられている。イスラム系移民が急増する欧州では移民排斥を訴える声が次第に広がり、オランダや英国では極右政党が台頭している。スイスでの国民投票も、そうした潮流を反映したものだ。一方、イスラム社会の反発は避けられず、外交問題に発展する恐れもある。』(以上、2009年11月30日付け産経ニュースのウェブ版より引用しました)

 このニュース、恥ずかしながら知りませんでした・・・。非常に難しい問題ですよね。この決定を受けて、ファティ(ヒ)・アキン監督が12月半ばに予定されていた新作「SOUL KITCHEN」スイス・プレミアの出席をキャンセル。そのニュースは → コチラ

 アキン監督は、トルコ人の両親を持ち、ドイツで生まれ育った移民二世です。この記事によりますと、監督は「生まれや人種、宗教が違っても平和に共存することは可能だと信じる」とし、スイスの決定を遺憾に思っているとのこと。一貫して異文化、人種問題、難民などをテーマに作品を撮り続けてきたアキン監督には到底受け入れがたい決定であることは想像がつきます・・・。

 上にリンクしました記事では、アキン監督が書いた声明の一部が紹介されておりました。移民排斥に傾く風潮に強い不安感を抱いている模様です。以下、引用いたします:
『Angst ist die Quelle allen Übels. 'Angst essen Seele auf' heißt ein Film von Rainer Werner Fassbinder. Vielleicht hat die Angst in der Schweiz schon zu viele Seelen aufgegessen"』(以上、引用終わりです)

「不安はあらゆる悪の根源である。ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー監督の作品に「不安は魂をむしばむ(邦題:不安と魂)」というのがある。もしかしたら、すでにスイスでは不安があまりにも多くの魂をむしばんでしまったのかもしれない」

…難しいテーマですね。危機感を抱く住民の気持ちは分からないでもないし、アキン監督の気持ちも分かるような気がします。

 昨日、ナチ時代のアドベントカレンダーは宗教色を排除して古代ゲルマンちっくにした、という記事を読んでワタシは「へぇ~」となってしまったのですが、それから気になっちゃって検索を続けました。なんでも、クリスマスと政治利用についての特別展が現在ケルンで開催されているらしいのです。で、ナチ時代のクリスマスについても展示されているとの話。

ケルンの特別展についての記事(ドイツ語です) → コチラ
Führers Weihnachten (総統のクリスマス) → コチラ
(ハーケンクロイツのオーナメントや蝋燭立ての画像が載っています)

ナチは宗教色を排除(entchristlichen)してゲルマン化(germanisieren)するため、クリスマス関連の事柄はことごとく古代ゲルマンの冬至祭(Julfest)と置き換えてしまったとのこと。Wikiに具体例が載ってました:

Weihnachten(クリスマス) → Julfest(冬至祭)
Weihnachtsbaum(クリスマスツリー) → Jultanne(冬至祭のモミの木)
Weihnachtsschmuck (クリスマスのオーナメント) → Jul-Schmuck (冬至祭の飾り)
Nikolaus (ニコラウス) → Frau Holle (ホレおばさん)
十字架の飾り → ハーケンクロイツの飾り

…などなど。なぜにニコラウスがホレおばさんに??ウィキによると(何でもウィキを参照してしまってスミマセン)、それでも庶民は従来のクリスマスのほうが好きだったとの話。オフィシャルでは「冬至祭」だったのでしょうが、各家庭ではどうだったのでしょう・・・?そのあたりが知りたいのですが、こういう問題はデリケートすぎてドイツ人には聞けないですよね。何かいい書籍はないかな~とさらに検索を続けましたところ、非常に面白そうな本を発見。

『クリスマスの文化史』 白水社、若林ひとみ著


 さっそくネットで注文してしまいました。届くのが楽しみです。著者の若林さんは、ドイツ語の通訳・翻訳・ライターとしてご活躍だったのですが、2005年にガンで他界されたとのこと。コツコツとためたアンティークのコレクションが圧巻。妹さんがサイトを作っておられ、それを昨夜拝見しました。ナチ時代だけでなく、それ以前のものもありまして、時が経つのも忘れて見入ってしまったわけであります。

若林ひとみさんのアンティークコレクション → コチラ


コレクションのごく一部だそうですが、スクロールしていただくとナチ時代の Julkugel (ユールクーゲル、冬至祭の飾り玉)の画像もあります。 → コチラ
昨日書きました、1908年に出たラング社のアドベントカレンダーもありました → コチラ
ナチ時代、軍用資金を集める目的で売られた豆本だそうです。ツリーに下げるオーナメントだったそうです → コチラ
時代はいつのものか分からないのですが、クリスマスのお菓子を載せるお皿。今のものとあまり変わってない! → コチラ

…などなど。その他、ドールハウスなどは細かいところまで凝った造りになっていて驚かされます。さすがマイスターの国だ!と改めて感心してしまったのでありました。

★ナチ時代のことをブログに書きますと、たま~にナチ寄りの方がお見えになります。私はドイツ史全般に興味はありますが、ナチの信奉者では決してありません。もしそういったメールやコメントをいただきましたら、削除させていただくことになります・・・。こんなことを書きたくないのですが、以前に何度もありましたので・・・。